190 ディオール、捨て犬になる(2/3)
「……」
あ、これはないときの顔。
無表情は無表情なんだけど、悩んでるのが出ている。
「金で買えるものには困っていないんだ。その都度手に入れている」
そんなものなのかぁ。
パンばっかりでしんどいからお肉食べたいなーって思ってたわたしとえらい違いだ。
「……じゃあお金で買えないものは?」
「範囲が漠然としすぎているが」
「わたしはもう少しかしこくなりたいって思ってますねぇ……!」
「今の言い方はなかなか馬鹿っぽくてよかったが」
「ディオール様はこれ以上賢くなってどうするんですか?」
「君の願望と混ざってるが……ほしいものの話じゃなかったのか?」
「そうでした」
つい自分の話に持っていってしまった。
仕切り直し。
「お金じゃ買えないもの! たとえば何ですか?」
「そうだな……ああ、人の心だけはどうにもならないな」
なかなか話が広がりそうだったので、わたしは「たとえば?」と突っ込んでみる。
「声が小さいフェリルス」
「なるほど。どうにもならないですね……」
「口うるさくないピエール」
「しごできですもんね……」
「うざくないリオネル」
「あぁ~……ディオール様のこと好きすぎですもんねぇ……!」
分かりみが深かったので、わたしはうんうんと頷いた。
「ディオール様のお仲間って賑やかな方が多いですもんね」
「まだあるな……人のいい国王陛下。腹黒くない王子殿下」
「……ディオール様って偉い人にも好かれてますよねぇ」
「便利だからな。私は金や地位などでは買収されないし、興味もないからこれといった褒賞を用意されなくても命令通りに動く。貴族や魔術師を使うには金も手間暇もかかるんだ。たとえ国王であってもな」
「そうなんですかぁ……」
難しいお話をつらつらーっと聞き流して、わたしはいつも不思議に思ってたことを切り出してみる。
「……ディオール様って、何か、これがやりたい、みたいなのってないんですか? おうちにいるときも、ゆっくりしてる感じで、趣味に打ち込んでるってわけではないですよね」
「そうだな。君のように、仕事が趣味、というわけではない」
「仕事が趣味じゃない人たちって、何のために仕事してるんですか?」
「生活のためだろう」
そう、普通の人って食い扶持を稼ぐために働いてるんだよね。
そんで嫌なこととかしてる。
「でも、ディオール様、公爵さまですよね。何もしなくても生きていけますよね。お貴族様って働いたら恥って感覚だと思ってたんですけど」
「それはまあそうなんだが」
「じゃあ何のために、趣味でもない庶民の仕事をやってるんですか?」
「……色々あるんだ……いろいろ……」
なぜか辛そうなディオール様。
何かわたし、変なこと聞いちゃったのかな。
「アゾット家は錬金術を代々やっているから、何もなければ私も家業を手伝うことになっていたんだが、あまり好きではなくてな」
「何を研究してるんですか?」
「不老不死だ」
「へぇ~~~……なんかすごそうですね」
詳しく聞いてみたかったけど、何をやってるのかイメージしづらくて、質問もうまく思いつかなかった。
「私がロスピタリエ公爵位をもらったのはたまたまだ。アゾットは錬金術師一家で、貴族というほどの格はない。古くからの名門と言われていて、歴史があると貴族の間では一目置かれるから、新興の貴族・文官よりは社交界から歓迎される、といったところか」
「難しいんですね、貴族って」
「細かい分類など気にすることはない。社交界の人間は王族・貴族と、芸人でできている。アゾットも芸人枠だ」
「歌ったり踊ったりしてたってことですか?」
全然イメージじゃないのでびっくりしながら聞くと、ディオール様は首を振った。
「君は芸人を誤解している。色々あるんだ……世界一周旅行をしてきた冒険家だとか、有名な本を出した学者だとかな。アゾット家は、不老不死研究の副産物が貴婦人に高く買われていた」
「副産物とは……?」
ディオール様はなぜか私の質問を無視した。
「私は人より魔力が多かったから、魔術師として道を修めて、騎士団あたりで魔獣狩り部隊の頭数に入ることを期待されていたんだが、そっちはもっと嫌だったんだ」
「お外嫌いって言ってましたもんね……」
「今回の遭難で、改めて絶対にやるべきでないと再確認した。君だから二日も待ったが、どうでもいい騎士団員のために自分を犠牲にする気にはなれん」
そっか、二日も待っててくれたんだなぁ。
「助けにいくつもりだったんですけど、結局助けられちゃいましたね」
へらへら言うわたしから、ディオール様は微妙に視線を避けた。
「……まあそれで、消去法で学術機関の研究員が比較的マシだった」
「はは~……」
「成果を出さないと『こいつは大魔術まで使えるくせに、なぜ魔獣狩りもせずに遊んでいるんだ』と言われるから、他の研究員よりよほど真面目にやっている。つまり、因果が逆なんだ。魔術師として評価されて、公爵位を賜ってしまったから、一般の錬金術師以上に、日夜研究に明け暮れることになったんだ」
ディオール様にそんな事情があったんだ……
研究が好きだからやってるんだと思ってた。
「魔術も研究もできてすごいですけど、賢すぎるのも大変なんですね」
「王都の一級魔術師のレベルが私の想定より低すぎたんだ……知っていれば魔法学も手を抜いたんだが。そうすれば戦バカの騎士どもに目をつけられることもなかった」
「天才すぎてかわいそう……」
贅沢な悩みではあるけど、苦労は人それぞれなんだなぁ。
それにしても今日はいっぱい喋ってくれる。
ちょっとだけディオール様のことが知れた。
ついでだから、どんどん聞いちゃおう。
「ディオール様ってなんか、何してても楽しくなさそうですよね?」
「馬鹿にしているのか?」
「いえ、違うんです! ほら、何でもすぐにいやだなぁ面倒だなぁって言うじゃないですか! でも、人のお世話を焼くのはなんだかんだ楽しそうなので、どうしてそんなに嫌そうなふりをするのかなって」
「ふりでもなく、本当に面倒だとは思っているんだが……」
ディオール様はちょっと考えてから、フッと笑った。
「そうだな。君やフェリルスみたいに、お幸せそうな人生は送ってないが」
「馬鹿にしてますか?」
「気のせいだ。まあ、だからといって現状に不満があるわけでもない。不満がない環境のことを恵まれているというのなら、私はそうなんだろうと思っている。だからかもしれないが――」
淡々と話し続けるディオール様が、わずかに言葉を切った。
「ひどい環境に置かれている人間を見ると、何かしてやらねばと思う」
ふんふんと話を聞いていたわたしは、すごくドキリとした。
わたしもそうやって助けてもらった口だ。
ディオール様はすごく優しいからなぁ。
……
もしも、わたしがひどい環境にいなかったら、わたしと婚約してくれたのかな。
別の誰かのことを助けてあげにいってたのかもしれない。
それはとってもディオール様らしいなって思う。
「それはよーく分かってますぅ! ディオール様はとっても優しいんですよ!」
思ったよりも嫌味な言い方になってしまって、自分で驚いた。
……あれ? なんかこれだと拗ねてるみたい。
後ろめたさが先立って、深く考える前に、蓋をした。
「義務とかそういうんじゃなくて……好きなこととか、そういうのを知りたいです。わたしは魔道具を作らせていれば一日中作業してますけど、ディオール様は? なんかありますよね? ひとつくらい、たのしいこと……とか……すきな……こと……」
あれ、もしかして……ない……?
けっこう色々話してもらったのに、いまだに個人的な嗜好の話がない。
比較的嫌じゃなかったとか、そんなのばっかりだ。
「そうだな……好きなことか」
少し考えるそぶりを見せるディオール様。
「……私が今日君をこの部屋に呼んだのは、君流に言うのなら『仲良くする』ためだが」
そ、そうだったんだ。
てっきりお説教だと思ってた。
 




