189 ディオール、捨て犬になる(1/3)
ディオール様を救出して、山から下りてきて、一晩ぐっすり眠ったあと。
わたしはせっかく獲得したヘカトンケイルの腕から魔力が抜け出ないように、いっぱい魔石を置いて、一緒に保管しておくことにした。
高位魔獣の素材は魔力が多いので、基本的には腐らない。放っておくと魔力がどんどん抜けるから、管理は気をつけないといけないけどね。
ヘカトンケイルの腕は後日改めて、お医者さんと相談しながら加工しよう、ということに決まった。ディオール様がお医者さんに詳しいというので、紹介してくれるらしい。
そしてわたしは最後の仕上げ――
ディオール様のお説教を聞くために、出頭命令に応じて、お部屋のソファに座っていた。
いつもながら怖いお顔だ。
「私が何を言いたいのかは分かるか?」
嫌な攻め方をしてきた。
質問形式で怒られるのって辛い。
「えっと……その……ディオール様の言いつけを破って、前に出て攻撃なんかして、すみませんでした……!」
このあと始まる激詰めに備えて、ぎゅっと目をつぶる。
ディオール様もまだ昨日の疲れが抜けてないことだし、短めに終わるといいなぁ……!
……ビクビクしながら待っていたけれど、それっきりディオール様が喋らない。
「……?」
そっと目を開けると、ディオール様はじっとわたしを見ていた。
ばっちり目が合う。すると、気まずそうにわたしから目を逸らしてしまった。
「……分かっているなら、もういい」
お……?
も、もしかして、奇跡的にひと言ですんだ……?
「は、反省しました!」
「わかった。ならもう、いいんだ」
じゃ、じゃあ……もう、下がっていいのかな……?
ソワソワしだしたわたしに気づいた様子もなく、浮かないお顔のディオール様。
先ほどからずっと、気まずそうにしている。
「今回は私のミスだ。魔剣など悠長に作らせていないで、すぐ撤退すべきだった」
珍しく自省めいたことを口にしだした。
「痛い思いをさせてすまなかった」
わたしは思わず自分の口を両手で覆った。
……ディオール様、今、わたしに謝ったの? え?
……なんで……?
わたし別にディオール様が悪いとか全然思ってないんだけど……
「で、でも、おかげで腕も取れましたし……!」
「しかし、君を危険に晒してまですることじゃなかった」
「わ、わたしが一番元気でしたよ? 最後まで無事だったのわたしだけだったじゃないですか!?」
ディオール様はなんだか落ち込んだように視線をテーブルに落としてしまった。
「ふがいない」
「な、何でですか!? わたしが無事だったのは、ちゃんとディオール様が守ってくれてたからですよね!?」
満身創痍になってたんだから、きっとそう。
わたしが地面を転がって、目を回していた間にもちゃんと面倒をみてくれていたに違いない。
「あんなにボロボロになってたのも、自分のことよりわたしを優先させてくれたんだって分かってるので、謝らないでください」
と言ってみたものの、あんまり慰めにはなっていなさそうだった。
……うーん。
ディオール様、だいたいいつも『自分が絶対正しいです』って態度なのになぁ。
捨てられた犬みたいになってる。
これはこれでちょっと可愛い。
「わたしは一緒に戦わせてもらえて楽しかったですよ? 初めてディオール様の役に立てたので……!」
そう! 今回攻撃手段持ってきたのわたしです!
「いつも助けてもらっていたので、ディオール様はわたしにしっかりしろって怒ってばかりなのも仕方がなかったと思うんです。でも! 今回はひと味違いました!! 立派な戦力だったと思うんです! ですよね?」
ディオール様が大人しいのをいいことに、わたしはちょっとずつ調子に乗っていった。
「一緒に戦った仲間と言ってもいいはずです! いえ、もうディオール様はわたしが助けたと言ってもいいんじゃないでしょうか……?」
反論がないので、わたしはぐっと拳を握る。
「なので今回は、ディオール様に感謝されてもいいのでは!?」
「……ああ」
ディオール様は落ち込みすぎてるせいなのか、わたしの調子乗りにも素直に頷いた。
「撤退すべきだったことは間違いないが、ヘカトンケイルを早めに駆除できたのは君のおかげだ。討伐までの間に人里で被害が発生していただろうからな」
えっ、素直なディオール様かわいい……
未知のときめきを覚えて、わたしはにまーっとしてしまった。
意地悪ばかり言われていたわたしには新鮮すぎる。
わたしの調子乗りは最高峰に達しようとしていた。
「そうです! わたしがんばりました!! 優しくしてください!!」
「ああ……」
大人しく頷いてから、ふと疑問を口にする。
「しかし、優しさとは何だ?」
「えと……うれしいことを言ってもらったりやってもらったりする?」
「君が嬉しいこととは何だ。食事以外で」
「え、えーと、えーと……」
急に言われても難しい。
ごはんを封じられるとちょっともうすぐには思いつかない。
「君には実感がないかもしれないが、これでもできることはしているつもりなんだ。これ以上どうすればいいのか、教えてほしい」
どうしちゃったんだろう。
すっかりかわいい感じになってしまっている。
「いまの、その感じで、もっと仲良くしてもらう、とか?」
「……?」
その感じ、がよく分からなかったのか、ディオール様が自分の頬に手を当てた。
か、かわいい。かわいい仕草だ。
いつもむすっとしてるディオール様とは思えないあざとさ。
「仲良くとは何をすればいいんだ。学園も楽しくはなかったんだろう?」
「それはそうなんですけど……学園がどうっていうより、ディオール様のやさしさがちょっと足りなかったのが辛かったんですよぉ……」
わたしは粘土をこねこねするときの手つきで、アイデアを練り始めた。
「仲良しっていうのはなんかこう……もっと楽しく……もっと賑やかに……? フェリルスさんのように……!」
「無茶を言うな」
「ですよね」
ディオール様がフェリルスさんみたいになったらそれはそれで怖い。
「そうだ! 一緒に、楽しいことを考えたりするのが仲良しだと思います! そのためにはまずお互いを知る必要があります!! お話をしましょう!! 大事なのは分かり合うことです!」
「まあそうだな」
我ながらなかなかいいことを言ったなぁ。
学園は、勉強するための場所ではあるんだけど……勉強さえなければ楽しかったんだよね。
数式には苦しめられたけど、お話ができたのはよかった。
「ディオール様は忙しいですし、わたしもお店があるので、実は一緒にいれたことってあんまりないじゃないですか? だから、ディオール様のことよく知らないんですよね、実は。この際だから聞きたいんですけど、ディオール様ってなんか好きな物とかってないんですか? ほしいものとか……」
「……」
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