183 リゼ、保護ディオール活動をする(2/2)
ディオール様によると、現場付近の山はゴブリンの巣穴になっているらしい。
向かう途中、山道を離れて森に踏み入ると、道というほどでもないけど、何となく通りやすいように藪が切り開かれていた。
下草がないと、山は格段に歩きやすい。
ブーツで飛べるとはいえ、できるだけ平坦なところを通った方が楽なので、途中まではその道を使わせてもらった。
ゴブリンと鉢合わせするかなと思ったけど、それもなく、無事に通過。
「なんだか静かですね……」
「何か出そうな気配はしております」
怖いなぁ……
そういえば、ゴーレム狩りの部隊は王子様の作った騎士団で編成されてたって話だっけ。
ディオール様の他に遭難している人とかもいたりするのかな?
わたしは何となく不安になって、あたりの気配を探ってみた。
わたしは自分が作った【幻影魔術】の小道具なら、ぼんやりとどこにあるか分かる。
マントをつけてる人だったら、それで居場所が分かるかも?
ひととおり探ってみたけど、近くにはなさそうだった。
でも……
なんだか違和感がある。【幻影魔術】は、自然界にない不自然な色の塊なので、存在自体がマーカーみたいなところがあるんだけど、それに似た、ざらざらした手触りがする。
何気なく地面を見ていたら、一か所、変な風になっている場所を見つけた。
「ハーヴェイさん、あそこの土、変じゃないですか?」
「何か、モザイクがかっていますな」
「ですよね」
なんだろう……わたしがよく作ってる、自然物を再現する用の、パーリンノイズ系の【幻影魔術】に似ているような……
何気なく近づこうとして、ハーヴェイさんに止められた。
「罠かもしれません。ゴブリンは簡単な道具を使いますので、うかつに触れるのは危険かと」
「なるほど……!」
余計なものには触らないに限る。
「まだあるかもしれませんので、足元に注意して進みましょう」
「は、はい……!」
こわいこわい、気をつけよう……!
ご安全に……!
あたりを警戒しつつ、わたしたちは先を急ぐことにした。
◇◇◇
野を越え山を越え、しばらくすると、見晴らしのいい広場に出た。
激しく争ったような痕があって、岩肌がむき出しの崖は、半分くらい崩れていた。
居場所を示す信号はこの崖の下だ。
ブーツにはリミッターがあって、あまりにも高低差が激しいところには飛び降りられないようにできている。
ブーツで飛べるぎりぎりまで降りて、着地して、もう一回飛んで……と、慎重にちょっとずつ崖を降っていくと、大きな犬の遠吠えが聞こえた。
――アウォォーッン! アウォーーンッ!!
「フェリルスさんだ!」
鳴き声を頼りに進んでいくと、大きな話し声も聞こえてきた。
「ご主人っ!! ごしゅじーんっ!! 見てくれー!! 鳥だ!! 鳥を捕ってきた!! 丸焼きにして食べよう!! ――な、何ぃぃぃ!! ご主人は鳥が嫌いなのか!? ……いいや、平気だご主人!! 羽根などむしらなくても皮を剥げば羽根も一緒に取れ――な、なんだとぉぉぉ!? か、皮を剥げない……!?」
ふたりとも元気そう。
わたしは飛ぶのが面倒になって、残りの崖を靴底でざりざりと擦りながら、滑り落ちていった。
「こんにちはー! お弁当屋さんでーす!」
わたしが颯爽とお弁当を掲げて目の前に登場すると、ディオール様はスンッとした無表情で、軽くため息をついた。
「……やっぱり来たか」
「お待たせしました!! おなかすきましたよね?」
「いや、来てほしくはなかったんだが……まあいい。合流できてよかった」
ディオール様は軽く屈伸すると、立ち上がった。
「帰るぞ」
「あれ? 大丈夫なんですか? おなかすいて動けなくなってたんじゃ?」
「いや」
ディオール様は本当にピンピンしている様子だ。どこも痛そうじゃないし、おなかがすきすぎて動けないってこともなさそう。
「フェリルスもいることだし、戻ろうと思えば戻れたんだが、山を一回りすると、どう考えても遭難の知らせの方が先に君に届くだろう?」
「届きました」
「入れ違いに君が遭難しそうだと思ったんだ」
「うぅっ……!」
なんて正確な現状分析……!
「君が来なかったとしても、待っていればそのうちアルベルトが捜索隊を出すだろうからな。遅くともそちらに救出されるつもりだったが、やはり待っていて正解だった」
待っててくれたのは想定外だったけど、本当に遭難して行き倒れてたら大変だったし、やっぱり来てよかったと思うんだよねぇ。
「リゼのお守りも楽じゃないな。ハーヴェイ、君もそう思うだろう?」
「自分は仕事でありますゆえに」
「そうだな。ご苦労だった」
本当に帰りそうなディオール様に、わたしは慌てて『待った』をかけた。
「せっかく見晴らしのいいところまで来たんですし、お弁当食べて帰りましょうよ」
「おい!! リゼ!! 俺の分もあるんだろうな!?」
「ありますけど、わたしと同じ量ですよ」
「なんだとー!? 足りないじゃないか!! 俺のスタイリッシュな体型維持には一日数キロの肉を必要とするというのにっ!!」
「重たかったんですよぉ……!」
「鍛え方が足らん! 飲み物百リットルを抱えて走れるようになれっ!」
「えぇぇ!? 十キログラムくらいありそうじゃないですかぁぁ……」
「百キロだぞ」
「俺は犬ぞりで千キロは引けるぞっ!」
わいわいしながらそこらへんの地面の砂利を払って、みんなで輪になって座る。
ピエールくんの特製サンドイッチは、硬めに焼き締めたパンで腐りにくい燻製チーズと燻製ハムを挟んだ、アウトドアにぴったりの一品だった。
燻した木材の甘くていい香りが、とっても食欲をそそる。塩味の強いハムに発酵チーズのやわらかい酸味、それからほんの少しミルクの風味が合わさって、濃厚なお味を作り出す。おいしそうな香りで満たされたおかげで、量が少なくても満足感があった。
食べきってほっとひと息ついたところで、フェリルスさんがごろりと横たわった姿勢から、がばっと跳ね起きた。
何かを嗅ぎつけたのか、低く上半身を伏せた姿勢で、はるかかなたの方を見やりながら、低くグルルル……と吠える。