181 リゼ、おじさんたちの作戦会議とは関係なく魔剣を制作中
◇◇◇
サントラール騎士団内では、特別作戦会議が連日のように開かれている。
先日、王家に対する方針を『牽制的に攻撃する』に変更したあと、いくつかの作戦が動いていた。
騎士団長のル=シッドは、直近で起こした事件の責任をすべて負っている。些細なことも丹念に報告させ、慎重に細かく指示を飛ばしている。
「魔法書の製作工房となっていた鍛冶屋はもう再起できないとみていいのか?」
「ええ。確実に」
報告書には、火の魔石に細工をしておき、徹底的に破壊した、とある。鍛冶場を再建するまで早くとも一年かかるとの見積もりも添えられていた。
それだけならば首尾のいい結果であった。
しかし、続く報告に、ル=シッドは肝を潰した。
「同時に、手薄であるのを好機とみて、一部の護衛騎士らと交戦しました」
戦うのは絶対にまずい。
『こちらは反逆者です』と名乗り出るようなものだ。
「死傷者を出すなと厳命したはずだ!」
「お叱りはごもっともですが」
副団長は涼しい顔で受け流す。彼は自分の判断に自信を持っている。そのため、ル=シッドにも忖度なく自分の意見を言う。
「しかし、理想的な状況が整っていたのです。魔法書を数十冊は無駄打ちさせましたので、かなり痛手であったはず」
今回の戦闘行為の損益だけを、数字として捉えるのなら、大きな戦果だ。
「でかした。あれがなければ、ほぼ攻略できたようなものだ」
「あっけなかったですね」
騎士団の幹部連中が口々に成功を祝っている。
「なぁに。元から我らの敵ではなかったのだから、驚きめさるな」
そう。敵ではないのだ。そんなことは百も承知であったはず。それなのに、どうして対抗組織を作ろうと思ったのか、それが分からない。サントラール騎士団への不信任の表明なのだろうが、彼らは賢明にもずっと直接的な戦闘を避けていた。いきなり方向を転換したのはどういう意図があってのことなのか。
しかし、今回の問題の本質は、そんなところになかった。
「強力な火の魔術師など数えるほどだ。アシがつくに決まっているだろう!」
「目撃者はすべて骨も残さず焼いています。死人に口なし」
「そんな指示は出していない!」
怒鳴りつけた頭領を見返す幹部たちの視線は、実に冷ややかなものだった。
騎士は概して、臆病者を徹底的に嫌う。命惜しさに魔獣の前で足踏みをする軟弱者は、要するに、仲間に対して『自分は死にたくないからお前が犠牲になれ』と間接的に表明しているにも等しい。
一番に危険な魔獣へ突っ込んでいく蛮勇こそが最大の敬意をもって讃えられる。
その彼らにしてみれば、死傷者の数を異常に気にして、味方の犠牲を労わないなど、言語道断であった。まして、ル=シッドが気にしているのは敵の損傷である。
ほとんど吐瀉物でも見るかのような視線が寄せられる中、ル=シッドは無言のうちに弁明を迫られることになった。
「我らは政治に疎い。つけいる隙を作れば宮廷の魑魅魍魎どもに祟られるぞ。明日やあさってにも、我らの首は街の外に晒されているかもしれぬ」
「その覚悟がないとでも?」
ル=シッドは騎士団の幹部たちに比べると、やや入団して日が浅い。
配下の騎士を盤上の駒に見立てることに慣れなかったので、部下を死なせるよりはと考え、自ら魔獣相手の戦闘に繰り出し、屠って屠って屠って、気づけばトップに担ぎ上げられていた。
彼らの考える理想の騎士であったがゆえに騎士団長に選出されたが、それは魔獣が相手の話。
人同士の争いで死傷者を出すことは断じて見過ごせぬ。
おそらく彼らも同様の思いであったろうに、いつの間に、王立の騎士団員たちを魔獣と同等のものだと認識するようになっていたのか。
愕然としながら記憶を辿るが、心当たりはまったくなかった。
ひょっとすると、今回の作戦行動で、実際に『攻撃』行動に移ったことがトリガーだったのかもしれない。ひとたび戦闘になれば、彼らは密に連携する。連携すれば、騎士たちは自分の身をも顧みずに味方を救おうとする。味方を守るために、攻撃は最大の防御とばかり、敵に容赦のないダメージを与えるよう行動が最適化される。
一度でも刃を交えたことで、認識がガラリと変わってしまったのだろうか。そうだとすれば、いくら後悔してもし足りない。
――交戦、いや、接触自体を禁じるべきだった。
信頼のおける数名だけを向かわせ、魔石の細工をさせるだけに止め、迅速に離脱させるべきだった。
「……今の段階ではまだ、殺しはまずい。我らへの追及が段違いに激しくなる」
「今更でしょう」
「テウメッサの狐を放ったときに、我らの肚は決まっていたはずだ」
指南役たちは覚悟と開き直りをはき違えている。
彼らに意見できる人間を求め、騎士団長は魔術師長に水を向けることにした。
「しかし、魔術師長どのも同じ意見か? おそらく今回、実行犯は生け贄にする必要があるぞ。最低でも全員差し出さねば、王家は納得しない。部下が犠牲になるのだぞ?」
魔術師長としてその場に隣席している男は、魔術師らしいエゴをむき出しにした、皮肉げな笑みを浮かべてみせた。
「火の魔術師は供給過剰なんですよ。全魔術師のうちでもっとも数が多い。火の魔石を使用したのだと抗弁すれば魔術師である必要すらありません。騎士のどれでも、よりどりみどりです」
「私の騎士団員を物のように言うな!」
「物ではありません。英霊として手厚く葬り、個々の家族を見舞います。死ぬまでずっとね」
騎士団員には貧困層の出身も非常に多い。死ねば家族に見舞金が出るのを当て込んで、率先して立候補するものも出るだろう。
――もはやこの流れ、止められないか。
ここまでの状況を作り上げたのは自分だと心に刻み、せめて犠牲が最小になるよう、指示を続けねばならない。
「後始末は私の方でします。心配はいりません。それより、次の報告を」
副団長が促すので、ル=シッドは話題を変えることにした。
「罠の方は?」
魔道具師の少女に警告する意図で、彼女の製作した罠を使い、騎士団員たちを自爆に追い込む作戦が立てられ、すでに実行に移されている。
「当初の予定どおりやりましたが、ほとんど痛手を負わせられませんでした」
報告によると、あらかじめ罠を多数鹵獲し、騎士団が陣を張りそうな場所に設置してみたものの、実際に引っかかったのは数名だけだった。すぐにネタが割れてしまい、対策を取られた――ということだった。
「ゴーレムは?」
こちらは王立の騎士団員たちを呼び寄せるためのエサとして、騎士団が用意したものだった。
「途中で制御を失いました。狩られたものと思います。しかし、その前に土砂崩れを起こさせることに成功しました。氷の公爵を巻き込んだ、という噂もあります」
「本当か?」
「何でも、罠にかかった人間めがけてゴーレムが土の魔術を使い、数人を地割れに呑み込ませたそうなのです。地割れが口を閉じるギリギリで、氷の公爵が地面を真っ二つに割って救出したはいいもの、自分の足場が崩れて転落したのだとか」
その話に一番喜んだのは、魔術師長だった。
「これは奇貨。やつさえいなければ王宮など即日落とせる」
「想定外ではあるが、もっとも喜ばしいアクシデントだな」
「しかし、ゴーレムに土の魔術など使えるだけの魔力はないはずだが」
「操縦者が何かを見間違えたのでしょう。味方の誤爆だとかね」
口々に喜び合う幹部連中に、騎士団長は顔をしかめた。難敵とはいえ、死を喜ぶとは、人間性を疑う。説教めいた話はひとまず呑み込み、冷静に尋ねる。
「生きているだろうか?」
「難しいでしょう」
「土砂は氷水じゃ防げんよ」
「民間への被害は?」
「調査中ですが、もとよりゴブリンの巣穴だった山です。裾野にある村はいずれも狭小、最大に見積もっても数十人程度かと」
「そうか……それはよかった。救出隊の手配も忘れないでくれ」
騎士団長のル=シッドは口先だけそう言いつつも、気分は沈んでいた。
暗い感情がそのまま口をつく。
「われらは人を守るためにあるのにな。なぜ、あたら若い命を奪わねばならぬのか」
「何を言う? 私はあの小僧に何度も煮え湯を飲まされたのだぞ」
「まだ若造だ。戦争のときなど、まだほんの子どもだった」
あれから三年経ったが、ル=シッドは昨日のことのように思い出せる。
当時はまだ公爵位を授かっていなかったので、もっぱら氷使いだとか、氷の少年魔術師と呼ばれていた。
「魔術とは残酷だな。魔力の総量は生まれ持った才能がほとんどを占める。氷の魔術師どのも、庶民として生まれていれば、生涯その才能を伸ばす機会にも恵まれなかったろうが……こんなに若くして様々なものを背負う必要もなかったはずだ。こんなむごたらしい死に方もせずにすんだろうに……」
王子はもっと幼かったことも覚えている。まだ成人したばかりだったのに、直系の王族男子として、国家の一大事に引っ張り出され、王に反発する各騎士団の連中に翻弄されていた。
どうしようもない運命に直面したとき、自分の手でコントロールできないという事実は人を簡単に壊す。そうして死んでいった人間をル=シッドは何人も知っている。あの子どもらはまだ正気を保っているのだろうか。
「魔道具師の少女は、自分の作成した罠が婚約者の命を奪ったと知って、何を思うだろうな」
胸が潰れるようだ。
どんなに偉大な職人であろうと、使い手の意志はコントロールできない。
愚かな使い手が悪いと突き放すことができればいいが、武器による殺傷を自分の責任としてすべて引き受けてしまえば、きっと耐えられないだろう。
敵に対しては情け容赦のない幹部たちも、女性と子どもはさすがに別枠で捉えているらしい。
今度はル=シッドを笑う者もいなかった。
「あの娘が自分の力を自覚してくれるよう、祈りましょう」
「切った張ったは我らの領分。婦女の出る幕ではないと弁えられれば良いが」
それがすべてだった。そうすれば、少女を手にかけるなどという、騎士として恥辱も極まる凶行に及ぶ必要もなくなるだろう。