179 祝福と慈愛の魔法
現実的なのは【祝福魔法】かなぁ。
神様は、自分に捧げられた祈りや捧げ物に応じて、人間に力を貸してくれる。
簡単ではないけど、魔道具師であれば、作ったものを奉納し続けることで、作品の出来に応じて能力が上がる。
人間からもらう供物は神様にとっても嬉しいらしくて、優れた職人には特別な加護をくれたりする。
……親方があの焼け跡から無事に見つかったのだとするなら、それは何十年も魔剣を捧げ続けた自分の信者に対する、神様の慈愛なんだと思う。お弟子さんたちに加護が分け与えられたのも、『まだまだ魔剣を作ってね』という意思表示かもしれない。
「まだ悩んでる?」
馬車の隣席にいる王子様から声をかけられて、わたしはハッとした。
いけない、ぼーっとしてた。
「あまり心配はいらないよ。今回はいくら何でもやりすぎだ。実行犯は必ず処罰するから、二度目はないよ」
「ほ、ほんとですか?」
捕まえてくれないと、もう安心して魔剣が作れない。
悪い人に燃やされるんじゃ、わたしも廃業だ。
「……それにしても、なんで親方を襲ったんでしょうか?」
「どうだろう? いくつか思いつくけど、いずれにせよリスクに見合わないね。魔術師は全員、等級付与時に詳しく魔術紋や得意魔法などを調べられて身元が割れているから、手口ですぐに犯人が分かる。敵ながら愚かで心配になるよ」
そ、そっか。等級試験って、そういう意味もあるんだ。
冒険者ギルドとかで取得が必須なのも、身元保証の意味も兼ねてなのかも。
でも、わたしの気がかりは別のところになった。
「魔法書が狙いだったりしたんでしょうか」
「どうかな……あれは強力だけど、扱いは難しいね」
「わたしが、あんなにたくさん作らなければ、あんなことには」
「それは違う」
王子様はかなり強い調子できっぱり否定した。
「あそこが王家の御用達である限り、平凡な武器屋だったとしても狙われたよ。武器を潰したかったのではなくて、戦力を殺ぎたかったのだろうからね。でも、本当に戦力を殺ぎたいなら、先に公爵や私を狙うはずだ。正確には『狙いやすいから狙った』。狙いやすいと思わせたのは私の落ち度だ。魔法書を分散させて隠すなり、手を出すとまずいことになると思わせるなりすればよかった。王子の私を直接狙うと徹底的に殲滅された上に全員処刑が妥当になってくるけど、火災に見せかけた武器屋の破壊は首謀者にたどり着きにくい」
一気に喋る王子様に、わたしは目を回しそうになった。
アルベルト王子の話は難しいのに、まるで子ども相手に簡単に教えてるみたいな態度で優しく話すから、ギャップでときどき頭が痛くなってくる。
……目の前がキラキラ、チカチカしているわたしに、王子様はにこりとした。
「要するにね。私と同様、君に手を出すと怖いことになる、と思わせればいいんだ。一族郎党処刑されると分かっているなら手を出せない」
「えと……つまり、王子様みたいに、すごい身分に格上げするってこと、ですか?」
「うん。君が非公式の席では王族に準じる待遇だと周知するのもひとつの手だね」
ははーん……
前にそんな話をしてたけど、そういう意味だったのかぁ。
「ただ、私はね、『君に手を出すと氷の公爵に徹底的に殲滅される』――と、はっきり分からせてあげるのが一番だと思うんだ」
「……」
やるかもしれない。ディオール様、すぐムキになって怒るからなぁ。
冷静そうに見えて、実は子どもっぽいんだよね。
「何かいいアイデアはないかな? ちょっとだけ公爵を煽って、怒らせてみたいんだ。私も怖いから、あくまでちょっとだけ」
「う、うーーーーん……」
ディオール様はちょっとしたことですごい怒るので、加減とかできる気がしない。
「あ、あんまりしたくないかもしれないです……わ、わたしも結構怖いのでぇ……」
「そっかぁ……」
王子様は困ったように首を捻る。
「なら、私が身体を張るしかないかなぁ……イヤだな。私も公爵を怒らせるのは怖いんだよね」
「そ、そうですよぉ……やめときましょうよぉ……そんなことしなくても、そのうちちょっとしたことで怒ると思いますよぉ……」
「そうかもね――君もけっこう言うね」
わたしはハッとした。
……悪口になってしまった。
よくない。次からは気をつけよう……
「――ただ、どちらにしろもう少し私の手元に武器がほしいかな。魔法書が今の数倍保管してあったら、敵も攻略法を見出しかねて、もっと慎重路線を取っていたかもしれない」
「……」
そこらへんはよく分からない。
わたしからすると、危ないものはあんまり作りたくないなって感じもある。
……でも、さっきの事故現場はすごかった。
どんな護符でも無駄だと思うような、凄惨な焼け跡だった。
防御結界を敷いたらよかったんだろうか?
戦争や略奪だったらそれも十分有効。
でも、追い払うにはやっぱりある程度は応戦しないとだよね。
魔法書プラス二十冊ではどうにもならなかったと言ってたけど――
もしもそれがプラス二百冊だったら?
千冊だったらどうだろう。
襲ってくる人たちを止めるには、当然だけど、それより強い力を持っていないといけない。
「まあ、大きな戦略の話になってしまうと、陛下がお決めになることだから、私にも決定権はないんだ。この機に製造を縮小すべきだと言うのなら私もそうするだけだよ」
それはそう。王様が考えることだって、前にディオール様も言ってた。
「逆に、もっと武器があるべきだというのなら、君にもお願いする。陛下の意向次第だということは覚えておいて」
「……分かりました」
それにしても王子様はキラキラしているなぁ、と、関係のないことを思いながら、わたしは頷いたのだった。
――その後、わたしは王子様に頼んで、自分のアトリエに戻った。
ハーヴェイさんには引き続き護衛と、魔剣の試し斬りを手伝ってもらうことにする。
さてさて。
わたしが思いつく限り、一番有効そうな現状打破策は――
『鍛冶の神様の加護を得ること』
――だ。
鍛冶の神様に奉納する剣をたくさん作れば、親方ほどではないにしろ、火の耐性は上がる。
ついでに魔剣の威力も上がって、攻撃力アップにもなる。
そういうわけで、わたしはとにかく魔剣を作らなきゃという強い使命感にかられているのだった。
まずは、ハーヴェイさんに切れ味のいい魔剣を作ってあげないと。
◇◇◇
わたしはアトリエに揃えてある演算用の【魔術式】を一式コピーしてきて、自分の【短縮魔法】の方に移し、紙とペンを用意した。
ここから先はひたすら計算をすることになる。
基本的な【魔術式】の方向性は昨日レギン親方に教わった。
大部分はすぐに書き換わると思う。
でも、問題なのは細部なのだ。
魔道具はほんのわずかな材料の強度の違いで軋んで、擦れ合い、疲労が蓄積し、壊れてしまう。
剣なんてもっと壊れやすい。力が加わる部分、かからない部分、不均一な作用が起きて、荷重に耐えられなかったところからヒビが入り、折れてしまう。
硬い魔獣を斬っても『折れず曲がらず』の魔剣を作るには、適切な角度に力が流れるよう【重量軽減】をひたすらひたすらひたすら細かく付け足していって、全体でなめらかな力の跳ね返りを実現しないといけない。
結界であれば、それは流線型だったり、ドーム型だったりする。
魔剣であれば、もっともっと鋭く絞る必要がある。
おそらくその一番簡単な実現方法が、鏡のような反射の【反転】なのだろう。
鏡映反射を使って相手の力をそのまま相手にひっくり返して当てる場合、何よりも大事なのは、魔剣が当たった部分を判定することだ。
判定チェックを行う場所は多ければ多いほどいい。それだけ細かく力の流れを把握できる。
さらに、チェックは当たる前の段階から、ある程度場所を予測できていることが望ましい。でないとワンテンポ遅れることになる。
判定を行うチェックポイントを、わたしは制御点と呼んでる。
制御点に受ける力の流れすべてを、細かく整えて反対側に合成して力を流す。
それはちょうど、わんちゃんの尻尾の毛並みを整えるのに似ている。
逆さに吹き付ける風でもつれた毛を丁寧にブラッシングして、一方向に整える感じだ。
整えた先に相手がいれば、綺麗に力を跳ね返せる計算になる。
「理屈は分かったけど……」
結界よりもずっと難しい。
中央から散らすだけであれば、それほど厳密に計算しなくてもいい。
でも、バラけている力をまとめあげて押し返すのは……
……まあ、ひたすら計算するしかないよね!!!
わたしの感覚で言うと、今回のゴールは――
『すごくなめらかにすること』
――だ。
ひたすら制御点をたくさん設定して、その一点一点にわんちゃんのしっぽの毛が生えてると仮定して、どの方向から風が吹いても、なめらかに風上に逆巻くようにすれば完成。
……大丈夫。
わたしは計算が苦手だけど、それは全部【魔術式】がやってくれる。
わたしがするのは、とにかく何千も何万も、必死に植毛することだけだ。
ギザギザのパサパサになっちゃいけない。
とにかく美しく流れる、滑らかなつやぴか毛にしないといけない。
「さーがんばるぞー!」
こういう単純作業は得意だ。
「手を動かしていればいつか終わる……!」
昔さんざん繰り返し聞かされた教訓を声に出し、わたしは計算に取りかかった。
ときどき挟まる政治回。
五章以降くどくなってここだけ雰囲気もやや変わる予定なので、方々で読み飛ばすなどしてご対応ください。
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