178 火と鍛冶の神
見事に燃え尽きている。
高炉も、建物も、内部に大量に蓄えられていたであろう鉄や魔素材などの資材も、何もかも炭の塊で、煤まみれ。
焼け焦げたあとの炭の匂いと一緒に、空気から金属っぽい味がする。
……当たり前だけど、高炉や鉄はそう簡単に燃えない。
鉄だって、空気中で普通に火事に晒されたくらいじゃ、こんな蒸発したみたいにとろけることはまずない。
でも、お店は燃えて、黒い煤の塊になっていた。
――現場は騎士さんたちに囲われていて大盛況だ。
その中に、大人数の魔術師さんを侍らせた、キラキラの金髪の男の人もいた。
「リゼルイーズ嬢! 無事だったんだね。もうすぐ来るはずだから保護してほしいって親方に頼まれてたから、心配したよ」
アルベルト王子がわたしを見つけて、ぱっと笑顔になる。
「あ……あの……? これって……」
「ゆうべ、火事になったそうなんだ。どうも、内弟子のひとりが炎の魔術の威力を間違えたとかで、燃え移ってしまったらしい」
それは嘘だと、直感的に思った。
いつも火を扱ってるので分かる。
うっかり燃え移っちゃいました、なんて火力じゃあない。
こんなに火力が出せるのは、ものすごく強い魔術だけ。
一介の魔道具師には到底不可能なほどの大魔術だ。
そしてこのくらい徹底的に焼くには、おそらく、複数の魔術師で集中攻撃しないといけない。
「あ、あの、皆さんは!? 親方はご無事なんですか?」
「うん、大丈夫。無傷とはいかなかったけど、一応生きてる」
「ほ、本当ですか……?」
ここから無事に生き残れることってある……?
ぞっとするくらい無慈悲な攻撃だ。
「本当だよ。危ないから、即刻王都を離れてもらった。まだ魔法書の製作者が君だと確定させるわけにはいかないからね。なんとしてでも回復してもらわないと」
アルベルト王子が落ち着いていたので、なんとなくわたしも、本当なのかな、と思った。
「ゴーレム狩りの遠征で人手を割いてたのが痛かったな。氷使いがいればここまでやられなかったと思うんだけどね」
「やられたって、どういうことですか? 失火なんじゃ」
「失火は失火だよ。ただ、安全に保管していたはずの火の魔石が大爆発したのが故意か過失かは、現時点では分からないというだけ」
あぁ……と、わたしは納得した。
魔鋼の製造業なら、おびただしい量の火の魔石が資材として置いてあって当然だ。
そこに火をつけたら、確かに、建物は吹き飛ぶかも。
「うちは公爵がいるから、火の魔術関連への備えはちょっと薄めだったんだ。つくづく油断した隙を突かれてしまった」
王子様はもうほとんど故意だと確信しているみたいな口ぶりだった。
怖すぎる……
やっぱり親方たちも無事なのか怪しくなってきた。
わたしがこの爆発を受けたら、たぶん消し飛んでいる。
急にあたりが寒くなってきた。震えているわたしに、アルベルト王子が困ったように笑う。
「怖くはないよ。職人たちの方はね、無事は無事なんだ。彼ら、火の神やかまどの神、鍛冶神の加護を受けてるからね。炎の攻撃には強力な耐性があったみたいだ」
そ、そうなんだ!
嘘なんじゃないかと思ってた。
神様の【祝福魔法】は極まると強力だから、本当に無事なのかも。
「向こうも加護までは計算に入れてなかったんだと思う。それに引き換え、被害が想定以上に大きいのは騎士たちの方だ……」
王子様が陰鬱そうに呟き、現場を見やる。
数百人くらいの騎士がひしめく火事の焼け跡は、ちょっとした野戦病院みたいになっていて、怪我をした人が大勢転がっていた。
「……魔法書をもっと作っておくべきだったな。遠征部隊に数多く回してしまったのも失策だった」
さりげなくそう付け加える王子に、わたしはヒヤッとした。
「……わ、たし、の、せい……ですか?」
昨日、わたしは魔法書も作らずに遊んでいた。
あのときちゃんと二十冊作っていれば、こうはならなかったのかな……?
「ううん。君が魔法書を完成させても、そこからさらに魔術師の力を借りないと大魔術が吹き込めないからね。早め早めに戦力を整えなかった私の落ち度だ」
慰めのようなことを言われても、わたしは全然気分がよくならなかった。
……わたしがもっと早く用意していたら、どうにかなったんじゃないかと思うと、喉が締まる感じがする。
騎士さんたちにも、大魔術とは言わないまでも、強い結界を張れる人はいたはずだ。
魔法書があればもっと戦術の幅は広がっただろう。
「……在庫百冊あまりが一晩で消えているからね。プラス二十冊で戦況がひっくり返ったとも思えない。建物の全焼程度で抑えられたのが奇跡なくらい、立派な戦果だ」
魔法書百冊って、大きい魔法が百回弾けたって……こと?
もうイメージ映像が花火大会になってしまうほどの大規模なドンパチだ。
「……戦争でも起きたんですか?」
「どうだろう。この惨状だと、それに近い戦力を持った戦闘集団が襲ってきたのだとしても不思議じゃないね」
王子様は終始落ち着いている。
でも、この焼け野原を前にして平静なのも、不自然ではある。
「大丈夫だよ」
根拠のない慰めを口にして、貼り付けたような薄い笑みをわたしに向ける。
「とりあえず、君を街中に置いていたのは正解だったかな。見晴らしのいい郊外や、王宮の一区画に騎士と一緒に詰め込んでおいても、一網打尽にされるだけだ。障害物、特に一般人に紛れていた方が攻めにくいんだろうね」
「……それってどういう」
「こちらも守りやすい。だから、何も心配はいらないよ」
王子様はどことなく、自分にも言い聞かせているみたいだった。
そういえば、とわたしは嫌なことに気づく。
王子様、さっきからよかったことばかり並べている。
もしかしてこれ、強がりだったりするんだろうか。
無理やりポジティブに捉えているのかな。
そうだとしたら、王子様も怖いのかもしれない。
「ともあれ、親方が回復するまで、いったん魔法書の製作は中止だ。君を狙われるのが一番困る。公爵が戻るのを大人しく待とう」
親方のことは心配だけど、今の時点でわたしにできることなんてない。
わたしは王子様とその護衛に付き添われて、元来た道を戻ることになった。
◇◇◇
魔剣工房の大爆発を目の当たりにしたあと、わたしは馬車の中でもずっと考え事をしていた。
……あれが身近に起きたとき、わたしにできることって何だろう。
あれを防ぎきれる護符はない。
打撃を連続で受けるのだったらちょびちょびと魔石を足せばいいけど、あんなに強火でステーキにされたら手も足も出ない。