177 リゼ、魔剣製作現場を見学する(3/3)
レギン親方が隣に来てくれたので、わたしはさっそく質問をぶつけてみる。
「はい! これ、【重量軽減】が少なめなの、どうしてですか?」
「少ないかね?」
「わたしが振り回すにはちょっと重いです」
「それで世界最軽量クラスだよ」
「あっ……これが一番バランス取れてて使いやすい感じなんでしょうか?」
「いや。もっと軽くする方法を知ってるなら教えてほしいもんだね。お嬢ちゃんには造作もないんだろうが」
そういえば、ハーヴェイさんも重量ゼロの魔剣は初めて見たって言ってたっけ。
本当にゼロな訳じゃなくて、力の制御でわずかにゆらぐから、振り回せばほんのちょっと手応えはある。でも、静止するとゼロなのは間違いない。
「じゃ、じゃあ、この剣、全部の力を【反転】するみたいですが、たとえばこう、斜めから打ち込みを受けたら斜めに力が逸れちゃいますよね? 力を前向きに合成する方法とかって」
「ないこたないが、容量オーバーで乗り切らんよ。そっちには重ね文字もあるんじゃろうが」
重ね文字、知ってるんだ。
わたしはそっちの方に驚いた。
だってこれ、誰にも真似できない、お祖母様しか知らない記述法だと思ってたから。
「はっきり言おう。わしの作ったもんは魔法の効果で言やお前さんの足元にも及ばんよ。見てどうだったかね?」
「綺麗な【魔術式】だなって思いました」
「そうだろうよ。一切の無駄なく敷き詰めてある。苦心して作り上げたものだ。しかし、お前さんのものはそんな次元を超えていた」
レギン親方はそこでニヤリとした。ハーヴェイさんから借りたわたしの魔剣をその手に持って、鞘から少し刃を引き抜く。
「しかし、鋼の鍛造はまだまだのようだな」
「はい……」
「切れ味がいい魔剣がほしいと言ったかね?」
レギン親方は棚から上等な鞘に収めた魔剣を手に取って、降ろした。
「欲しけりゃ持っていけ」
「い、いいんですか!?」
とんでもなく綺麗な剣なのは、もう見ただけで分かる。
「そいつにお前さんが【魔術式】を書き込めば、いいもんが出来上がるだろうよ」
最初から美しい構造をしているものに【魔術式】を載せた方がより負担が少なく、ノイズがないものになる。
でも、これはきっととんでもない業物だ。
経験が浅いわたしでも分かるくらい、美しく整然と魔鉄の構造が並んでいる。
「わしの技術はもう過去のもんになりつつある。そいつも旧時代の遺物と呼ばれるようになるまで、時間の問題だろう」
「そんな……! いい魔剣は時代を超えるってお祖母様も言ってました!」
何百年も前の魔剣が残っていることだってある。
きっとこの魔剣もそうなると思う。
「ああ。お嬢ちゃんがいい魔剣にして、次の時代に受け継いでくれるなら本望だ。新しい魔道具の時代を築くのはきっとお嬢ちゃんだろうからな」
感動よりも先に、ウッとなる。
わたしにかかる期待が最近重い。
なんで皆そんなに大げさなんだろうと思ってしまう。
「読み取りにくい部分はあるか?」
でも、親方のそのひと言で、全部忘れた。
な、なんて親切な人なんだろう……!
こんなことなら、怖そうだなんて言ってないで、もっと早くに話しかけてみればよかった。
「わたし普通の【魔術式】は全然読めないので、聞きたいことがいっぱいあるんです!」
「おお。何でも聞いていいぞ」
わたしはお言葉に甘えることにした。
……王宮からの依頼そっちのけで。
魔法書も作らずに矢継ぎ早に質問を浴びせ続け、気づいたら夜になっていた。
しまった、と思ったけど、もう遅い。
「明日も来りゃいいじゃねえか」
「い、い、い、いいんですか!!?」
やったやったやった!
今ほど『魔剣作っててよかった』と思ったことはない。
その道の最高峰の職人さんに直接教えてもらえる機会なんて、そうそうないからね!
ハーヴェイさんもすごく楽しそうだった。
「古今東西の伝説級の魔剣を試し斬りし放題で、たいへん有意義な時間を過ごせました。明日も来れるものならお供したく思います」
「明日も来てくれますか……?」
「もちろんです」
こうして三者の利害は一致した。
◇◇◇
ディオール様がいないので授業はしなくてよくなった。
そしてディオール様の依頼で、魔剣を作らないといけないという大義名分が立った。
さらに魔剣職人のおじいさんの好意で、明日も通わせてもらえることになった。
なんて充実した魔道具製作ライフ……!
わたしはこういうのがしたかったんだよ。
なんでか色々横やりが入って、全然魔道具作れてなかったけど……
こういうのがしたかったんだよ……!
幸せ!!
ウキウキしながら明くる日の朝、ハーヴェイさんと一緒に工房に来た。
すると。
昨日そこにあったはずの建物が、あとかたもなく焼け落ちていた。