175 リゼ、魔剣製作現場を見学する(1/2)
わたしも騎士さんたちに囲われて、『早く』と急かされ、魔法書を作りにいくことに。護衛の人もたくさんいるし、大丈夫じゃないかなぁとも思ったけど、言われたとおりハーヴェイさんにお願いして、付き添ってもらうことにした。こういうとこ適当にすると、すごく怒られるからね。
公爵家から馬車を出してもらって、郊外にある鍛冶師さんの街に向かう間、事情を説明。
「ゴーレム狩りに参加させていただけるので?」
話を一通り聞いて、ハーヴェイさんは驚いていた。
「私にまで目をかけてくださるとは。公爵閣下は面倒見のいい方でありますな」
「それで、魔剣も切れ味のいいやつにしといて、って言ってたんですよ」
「今ので十分だと思いますが」
「でも、親方って、ものすごい魔剣職人らしいですよ! どんなの作ってるか、気になりませんか?」
ただ、詳しくお話したことはないんだよね。
ちょっととっつきにくい感じなんだよ。
「わたしひとりだと、なんか睨まれて終わっちゃうのでぇ……一緒にお願いしてもらえるとぉ……」
なんて言ってるうちに、馬車がついた。
鍛冶屋さんの工房は、郊外の川沿いに建てられていた。
とても大きな塔を備えた、ちょっとした工場で、いつでもモクモクと黒い煙が流れている。
周囲はぐるりと高い塀で囲まれていて、入り口には衛兵さんの詰め所がある。あらかじめ許可証をもらってチェックを受けないと入れてもらえないのだ。
なんでも強い武器をいっぱい作っている凄腕の職人さんで、国王御用達、ということだった。
いつものように、資材置き場に馬車ごと通される。
まだ【魔術式】を吹き込む前の薄い本たちが、山積みされていた。
「今日は二十冊分だそうだ」
レギン親方はむすっとした感じの、ヒゲの男の人だけど、いつも立派な貴族の人みたいな服を着ていて、ちょっと見ただけでは鍛冶師と分からない。
普通はちょっとイケてる前掛けをしているのが工房の一番偉い人の目安なんだけど、それもしていない。
街で見かける国王文官とか、市長さんみたいな、富裕層の雰囲気がある。
「すぐ終わると思います。それで……あの、実はですね……」
付近にゴーレムが出たこと、切れ味のいい魔剣を探していることなんかを一気に話した。
「それで、その、魔剣を作ってるところを、見せてほしいんです」
険しい顔をしているレギン親方に、わたしは焦ってどんどん言い訳を考える。
「……こ、公爵さまがわたしにそうしろって命令して……そ、それで、公爵さまは王子殿下に命令されて……つまり、王子殿下がわたしに……」
レギン親方はしどろもどろのわたしに向かって、ひょいっと肩をすくめた。
「わしはもう、ほとんど自分で槌を振るっとらん。弟子任せにしている」
声のトーンが怒っている感じでもなかったので、わたしはホッとした。
怖そうだなって思ってたけど、そうでもないのかも。
「最近じゃ、この魔法書ぐらいだな。まあまあマシだろう?」
「は、はい、すごく綺麗に塗料も仕上げてあって、【魔術式】も載せやすくて」
「よせ。お前さんに言われても空しいだけだよ」
レギン親方はくいっと後ろの方、別の部屋があるあたりを親指で指し示した。
「昔作ったもんでよければ見ていくか? モノはいいはずだ。しかし、お前さんの腕なら、もう剣本体の質なんぞどうでもいい領域にいるんじゃないのかね」
「え……?」
「とぼけなさんな。どんなナマクラだろうと一流の魔剣にできるぐらいの実力があるだろうに」
「切れ味はそんなにないですよ?」
ここはちょっと大事なので、強調しておく。
魔剣の職人さんと比べたら、わたしの作る物は全然かなわない。
「実は、うちのやつって、防御主体というか……壊れにくさとか、軽さ、扱いやすさを目指しているんですよ。たとえばこう、剣でドラゴンを切りつけたとしますよね?」
わたしはだんだん早口になっていった。
だって、魔剣の専門家と話をする機会なんて全然ないんだもん。
「普通は刃こぼれしちゃうんですが、叩いたときの衝撃を和らげて散らす処理をしてあるので、丈夫で長持ちするんです。でもこれ、逆に言うと、叩いたときの力が逃げてしまうってことでもあるので……変な使い方をすると、切れ味は全然出なくなります。剣の本体の保護を優先しているので、場合によってはナマクラより切れません」
わたしはぐっと拳を握り、レギン親方ににじり寄る。
基本的には結界の仕組みと同じようにできてる。
守りが主体の魔剣なので、実は盾にも使えてしまうのだ。
斬りつけ方を間違えると本当にダメージが出ないので、玄人向けだと思う。
その点ハーヴェイさんは強いからねぇ。
うちのが特殊なだけで、レギン親方が作ってるような通常の魔剣は、攻撃を目的に、切れ味を上げるための効果を付与しているはず!
わたしがお祖母様から習わなかった、攻撃用の魔道具のあれこれ。
とっても気になる!
「こちらの剣はどういう感じの【魔術式】をのせているんですか?」
「……見りゃ分かる」
レギン親方に案内されて、奥の部屋に入る。お客様向けというのでもなく、個人的な収蔵品を並べてあるのか、よく手入れされた武器が雑然と置いてあった。
うわああああ。ひゃああああ。
研ぎ方も刀身の沸もまるで違うような、珍しい鋼の剣がいっぱい置いてある。
「きれいな剣がいっぱい……! すごい、すごい綺麗な虹色の刃文……! え、なんでなんで!?」
剣の作り方は地方によって千差万別なんだけど、特に差が出るのは刀身のところ。
いろんな合金や魔獣素材の貼り合わせで作られることが多いので、そのつなぎ目……刃文や沸のところにすごく個性が出るのだ。
剣の性能はいろんな評価軸があって、一概にこれとは言えない。
でも、『剛性』と『靱性』と『耐久性』を兼ね合わせたものが使い勝手がいいと言われていて、現状もっとも剣に適しているのは『鋼合金』だとされている。
レギン親方も魔鋼の冶金技術の専門家だと最初に王子様から紹介された。
鋼の剣ももちろんすごいけど、それ以外にも美術品みたいな剣がいっぱい置いてある。
「これ……これは、ドラゴンの牙じゃないですか!?」
「分かるか? お嬢ちゃん」
「当たり前ですよ!!」
魔獣素材も剣の材料になるけど、仕立てるには特殊な知識と経験がいる。仕組みが未解明の部分も多く、何がどうして魔法の効果が現れるのか、よく分かっていないものも多い。
鋼は研究が進んでいて、最適な鍛造のバランスなどの知見が共有されているけど、魔獣素材の魔剣のレシピはそうもいかず、専門の鍛冶座の門外不出になっていたりする。魔道具師にとって、製法の秘密は守り通すもの、独占するものなのだ。
当然のようにわたしも、ドラゴンの牙を刃物に研ぎ上げる技術は知らない。
キラリと光る白いエナメル質は、きっと見た目通りじゃないんだろう。
「さ……さ……触っても、いいですか……?」