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173 個人レッスン十回目 魔術式(4/4)


 わたしは開き直って、堂々とアホ自慢をすることにした。


「【重量軽減】は、神様にお参りして、【祝福魔法(バフ)】をかけてもらって作ります。そのあと載せる【魔術式】も、おばあさまの遺産でやっているようなものですし」


 わたしは澄んだ瞳でハーヴェイさんを見つめ返す。本当に純粋に、何にも知らない人間にしかできない表情で。


「わたしは【魔術式】の処理のほとんどをおばあさまの作ってくれたものからコピーして作ってるんですよ。仕組みは本当に分かってないんです」


 数値を入れたら直感的に分かるようになっている。


 すごく綺麗な【魔術式】だなって思う。


「しかし、あれは本当に何も分からないで作れるものではないと感じましたが……」

「そんな! 買いかぶりです!」

「いやいや……」


 ハーヴェイさんは傍らに立てかけた剣に手を伸ばして、鞘を持ち上げた。


「【重量軽減】のかかった魔剣は、手に取ると、独特の手応えがあります。理由は、店主さんの方がよくお分かりでしょう」


 わたしはうなずいた。


 【重量軽減】は、重さを本当になくしているわけではなくて、お空のほうに力を解放しているからだ。


 持ち上げて、一番高く振りかぶったところで、今度は地面の方向に力を引っ張る。


 すると、自分が持てる重さの二倍のものを、二倍の力で殴れる。


 もっと慣れた剣士さんは、そこに自分の魔力も載せるので、どんどん攻撃力が増える。


「力を魔力に変換してから【反転】をかけるわけですから、ディレイによって一瞬重みを感じるのですが」

「【反転】? かけるのは【重量軽減】だと思ってましたけど……」


 【反転】というのを初めて聞いた。


 今度は何のやつ?


「【重量軽減】は、【反転】の仲間です」


 知らないなぁ……


「この魔剣は一切ディレイを感じません。となると、単一方向の魔力ベクトルの【反転】ではとても説明がつかないわけです。何かもっと階級が高い処理を行っているはずですが……」


 ハーヴェイさんの説明がうまく頭に入ってこない。


 そもそも、【重量軽減】が重力の反対だなんて、当たり前のことで……


 ……あれ? じゃあなんで、剣を振り下ろしたときにも【重量軽減】が効くんだろう。


 もしも振り下ろすときにまだ重量を反転させていたら、抵抗を感じるはずだ。


 ……でも、わたしは自分の魔剣を振っていて、抵抗なんて感じたことはない。


 ……もしかして、もしかしてなんだけど……


「もしかして、【重量軽減】って、鏡の反射みたいに、反対方向に力を跳ね返せる……って……こと……?」

「はい」

「そうね。【反転】の【魔術式】なら、あなたもすぐに習うはずだわ。基本はX軸座標のある一点で正負の符号を入れ替えて、こういう山形のグラフにするのだけれど……もう少し進むと、ベクトルの運動量を・・・・・・・・・負に転換するようになるのよ」


 と、アニエスさんが、X,Y座標のX部分にT(時間)と書き、一,二,三,四,五...と等間隔に番号を振った。

 一から右肩上がりに上がって、ちょうど三のところでまた右肩下がりに下がる、|△【さんかく】の山を書いてくれる。


 その次に書いてもらった、なんだか複雑で形容するのが難しいグラフを見ているうちに……


 ……あれ、これ、見たことある……?


「あ~~……えー……?」


 いろんなことが頭の中で繋がっていく感じがする。


 なるほど、あれを『鏡像のような力の反射』だとすると、いろんなことが分かる。


 ……もしも、もしもだけど……


 【重量軽減】だけの魔剣が、常にこの単一方向にだけ力を反転させる【魔術式】だとするのなら――


 確かにわたしの作ってる魔剣は、そんなものとは比較にならないレベルでいろんな力を操っている。


 ……とは思うものの、それをどう言葉にすればいいのかは、まだよく分からなかった。


「……考えすぎて、頭が痛くなってきました」

「無理もありません。公爵閣下は少し急ぎすぎですな。もっと基礎からやっていくべきかと」

「……これ、等級でいったらどの段階なんでしょうか……?」

「間違いなく初級レベルではありません。七級(ウィッチ)、一般的な魔術師より、もうふたつか三つは上のランクかと」

「じゃあなんだっていうんですか。ディオール様は九級の勉強を教えてほしければ四級の問題を解けって言ってるんですか?」


 むちゃくちゃだよ!


「悪意があるわよね。リゼも真面目に取り合うべきじゃないわよ」


 そうかもぉ……


 意地悪をするんだったら、わたしもズルをして、普段の【生活魔法】で解いてしまうこともできる。


 でも、怒らせたらもっと教えてもらえなくなっちゃうよねぇ。


「あぁ~……せめて筆記の座学じゃなくて、実際に【魔術式】を動かす授業とかだったらなんとかなりそうなんですけど」


 入力と出力を見ながらだったら、間の【魔術式】がどう動いてるのかの推測も、今よりずっとやりやすくなりそう。


「名案かもしれません。実際に作ってみてはいかがでしょうか。普段使っているものはいったん置いておいて、環境を作ってみては……」


 ハーヴェイさんにも同意してもらって、その気になってきた。


 わたしはいつも適当に動かしながら魔道具を作ってきたから、そっちの方が合ってるはずだ。


「自分は理論は知っておりますが、ほとんど使ったことはありません。公爵閣下にご教授願おうと考えていたところであります」

「それって、つまり、実技……?」


 そっか、じゃあ、『わたしは実践派だから実際に動かしてみたい』ってお願いしたら、実技を先にやってくれるかも?


「いいですね! わたしも、まず動かし方を教えてって、ディオール様に頼んでみます!」


 我ながら名案!


 次の授業でお願いしてみよう。


 方針を固めてさっさとノートと筆記具を片づけようとしたわたしを、ハーヴェイさんが止めた。


「もう少し拝見してもよろしいでしょうか」

「どうぞぉ!」


 こんなに難解なものを眺めたいなんて、ハーヴェイさんは勉強熱心だなぁ。


「……何か分かりますか?」

「はい。よく整理された実戦用の計算ルールであります」


 ……分かるのかぁ……


「今日のはハーヴェイさん向けでしたね。直接教えてあげたらよかったのに」


 わたしはもういいので……


 でも、ひたすら書き写したのが無駄にならなくてよかったなぁ。


 有効活用してくれる人がいたらディオール様もうれしいよね。


 わたしが訳分からなくなって、ハーヴェイさんとかに質問しまくるのも計算に入れてたとかだったら、今日の意地悪もちょっと意味が変わってくるんだけど。


 素直じゃないけどやさしいところもあるんだよね。


 なんでそんなことするの……? っていうくらい分かりにくいだけで……


「魔術の演算に頼らず、ある程度暗算で近似値を出せるように、近・中・遠距離レンジと、三グループに分けてあるようです」

「!? これを暗算で出すんですか!? これを!?」


 代入する変数がこれだけあって暗算は……


 いくら何でも無茶すぎない?


「簡単な距離と着弾までの時間で答えが出るようにしてありますから、慣れればなんとか使えるようにまとめてあるのです。完璧な算出は、おそらく演算用の【魔術式】の出番なのでありましょう」


 何それぇ……


 ハーヴェイさんもよくそこまで分かるよね。


 わたしなんて『猫ちゃんの記号! わーい! かわいいね!』としか思わなかった。


 そりゃあディオール様も、わたしに教えているとだんだんイライラしてくるわけだよね。


 ハーヴェイさんとかがすんなり理解してくれるのに、わたしはいつも何にも分かってないもんなぁ……


 ディオール様からすると、馬鹿って言いたくもなるよねぇ……


 アニエスさんも、やたらといっぱいある公式(?)から、比較的長さが短い(わたしにはそのくらいしか分からない)数式群を指さす。


「この群は、かなり簡単に丸めてあるわね。このくらいだったら暗算でも……と思ってしまうけれど、前提として魔術の威力を厳密に固定しなければならないし、固定した威力の着弾までの時間も四分の一秒単位で正確に測らなければならないわ。減衰時の軸の回転も簡易化してあるけれど、リアルタイムで目測を立てながら小さな演算用の魔術を回しつつ、本命の魔術を当てる……となると、ちょっと頭がどうかしてるわね」


 何を言われてるのか、本当に分からない。


 そんなに小難しくする必要ある?


 魔術なんて、なんとなく敵の方に撃ったら当たるものだと思っていた。


「環境中の魔力の濃淡による減衰もある程度目測で出しておられるようです」

「化け物なの?」

「紛れもなく天才でありましょうな。これだけの魔術師が他にあと何人いるものか」

「そうね、次元が違うわ。しかも暗算ルールはこれだけじゃないのでしょ? ここから即座に暗算をご破算にして、FPS視点の近距離直線用の暗算ルールにも随時切り換えられるなんて、理解不能よ。実戦で動き回りながらなんて、考えるだけで吐きそう」


 すみません、動き回ってなくても理解不能です。


 難解な話を、アニエスさんが最後にひと言でまとめる。


「私には想像も付かないほどの天才だわ」


 アニエスさんはディオール様のことを毛嫌いしている。


 それなのにここまで褒めるのなら、本当にすごいんだろうなぁ。


 でも、わたしにはアニエスさんとディオール様の差もあんまり分からないんだよねぇ。


「わたしにはアニエスさんが何を言ってるのかもよくわかんないですしぃ……それだけ分かるんだったら、アニエスさんも天才なんだと思いますよぉ……」

「やめてちょうだい。私なんてしょせん学年で一番程度だわ」


 学園で一番なのは……天才じゃ……ない……???


 わたしははるかな高みにあるお山を見上げている気分になった。


 下から見上げていると、百メートルも千メートルも変わらない。


 高い山は高い。


 でも、そこから見える風景は、きっといろいろなんだろうなぁ。


「分かりました。天才のやってることを理解するにはまず自分が天才にならないといけないということですね」

「それってあなたのことなのよ?」

「公爵閣下が『自分の知ってる魔術と違いすぎる』と頭を悩ませる存在が、店主さんです」


 わたしは買いかぶりと誤解の嵐に、どうしたらいいのか悩んだ挙げ句――


 ノートにもう一匹猫ちゃんを描いたのだった。


 ……魔術なんて、見た方向に撃てば当たるんだよ。


 ごちゃごちゃ計算しないといけないのって、効率が悪いと思います。


 率直な感想を口に出す気にはなれなかった。


 たぶん、きっと、ものすごく、馬鹿な感想だと思うから。




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― 新着の感想 ―
相手が向こうの常識を押し付けてくるんだから、こっちも自分の常識を押し付けてもいいと思うんだ。別にソレを知らなければ社会生活に支障をきたすとかの重大ごとじゃないんだし
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