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169 リゼ、おじさん同士の密談とは無関係に満月全席を食べて過ごす


 魔獣が多く出没する国、キャメリア王国。


 人や家畜を食らい、国土を荒らし回る獣たちが生活に与える損害は計り知れない。人の手が入っていない原野や森の中は必ずといっていいほど魔獣が跋扈し、家畜や、積荷の食糧を奪われるばかりか、ときには人間さえもその餌食となった。流通を阻む害獣の存在により、自由な経済活動は難しい。また、人同士の行き来が途絶えがちであることから、文化の断絶も根深かった。地方によってはほとんど言葉が通じなくなるほど、国内の交流は希薄なのである。


 まだキャメリア全域が国家の体裁を為していないような時代から、道路の警備・保守や、どの村にも属さない土地の警護は生命に関わる重要課題だったが、その指導者として王が定着するには長い年月を要した。過去の王たちが巨大な組織の統制に幾度となく失敗し、人の屍を多数築いた果てに、ようやく現在の王家が地方をまとめあげるに至ったのである。


 さらに、王家だけでは各地域をすべて守り切ることができなかったので、権限は地方の貴族に分割されることになった。


 そこからさらに月日が流れ、やがて貴族たちが泥臭い戦闘行為を嫌うようになると、魔獣狩りを専門とする組織ができあがった。


 強力な騎士団の興りは、ざっとこのような経緯であった。


 貴族たちの家臣として誕生したはずの騎士団は、やがて対等な武力や財力を持つようになる。魔獣の処遇を巡って、王侯貴族としばしば意見が対立した結果、騎士たちの自治と独立の気風が高まり、貴族の支配を逃れようとする動きが出はじめたのである。


 そして現在、王の直轄領を守護するサントラール騎士団が、過去最大規模の成長を遂げた。


 危機感を持った王家は、サントラールを弱体化させるための政策を次々と打っている。


 王立騎士団、などと名付けて始めた組織も、サントラールの勢力を削ぐために立ち回っているようだ。王領内第二の騎士団という位置づけで様々な狩り場を荒らし回り、魔獣の素材を片っ端から収集しているようだが、素材そのものが目的なのではなく、サントラールの活動資金を奪うことが本命のようで、人的被害がない場所を集中して包囲するなど、不毛な活動も目立っていた。


 そんな王立騎士団がこのところ集中して狩りに当たっているのは、ゴブリンの生息域だという。


「新設の騎士団がヒト型の魔獣を狙っている?」


 サントラール騎士団内で、その可能性が議題に上がったのは、王家が付近の山林に陣を置き、哨戒に当たるようになってから、しばらくしてのことだった。


 魔獣としてのゴブリンは、厄介で狩りにくい割に、有用な部位がなくて一般的には素材がすべて廃棄される、価値のない存在だ。


 冒険者も積極的には狩りたがらないので、もっぱら騎士団が定期的に巣穴を焼き払っていた。


「ゴブリンが定着しなくなるなら素晴らしいことだと思うが」


 サントラールの騎士団長は、素朴な感想を述べた。


 ゴブリンは性質が邪悪であり、まず、交易で財貨を増やすより、持てる者から略奪する方を好む。種籾を撒いて収穫を待つより、収穫の季節を迎えた田畑を根こそぎ荒らし回る畜生だ。その凶暴な獣性から、知性ある亜人ではなく、道具を用いる害獣に位置づけられているのである。


「どうも狩り方が実験的だというのです。一体ずつ罠にかけて、慎重に効果を確かめているようでした。罠の実験を行っているのではないかと噂されています」


 奇妙な行動に出ているものである。


 サントラールの騎士団幹部は思い思いに意見を交換し始めた。


「ゴブリンは厄介だから、安全に狩れるようになるなら悪くはない」

「しかし、知性を持つ魔獣は一般に高位魔獣と位置づけられております。教会が禁じる、罠を用いての高位魔獣狩りに該当します」

「神々の怒りに触れる、とでも?」

「ペナルティがあるかどうかは分かりませんが、教会からは非難されるでしょう。敵対してまで厄介なゴブリン退治に出張してくるなら、相応の理由があるはずです」

「罠が欲しいということか?」

「ただの罠がほしいのであれば、ターゲットは下位の雑魚魔獣で十分でしょう。ゴブリンのように知性のある魔獣は罠にかかりにくく、対策も取ってくるので、少しずつ試して耐性をつけさせるのは下策です」


 ひとつずつ可能性が吟味されていき、会議は最終的にある結論に達した。


「対人間用の罠を開発して、ゴブリンで試用テストしているのか」

「ええ。現物は鹵獲できなかったのですが、報告によると――」


 手元の資料を読み上げる男の声は疑念に満ちていた。


「――その罠は魔道具化されていて、高度な迷彩技術を施されているというのです」


 非常に珍しい効果だったが、王家がちょうどその技術を持つことを、誰もが瞬時に悟っていた。


「マントの開発を行っていたのではなかったのか?」

「透明化が解析しきれずに行き詰まっている、と聞いたが」


 王家は【幻影魔術】の最上位クラス、『透明化』の技術を欲しがっているものの、製作者の幼い少女から思うように技が盗めず苦戦している、ということは、騎士団の側でも把握していた。


「まさかもう実用化したのか?」

「現物を見ないことには何とも……」

「あくまで憶測の段階を出ません」

「しかし、もしももう完成しているのだとしたら、面倒なことになる」


 透明化した罠を避ける方法は、誰も知らない。


 初めて踏み入る場所に無数の罠が仕掛けられていたとき、その場で凌ぎきれるかなど、まったくの未知数であった。


「通常、罠を仕掛ける際には、人間が踏まないよう、目印を置くものだと思うが……もしも武器として完全に風景と同化させてしまえば、知らずに踏み込んだ人間を多数巻き添えにするのではないか?」


 あたり一帯に罠を敷設させればゴブリンは掃討できるだろうが、引き換えに人間も立ち入れなくなる。


「なんと非人道的な……」


 仮にも王家が民をいたずらに傷つけるような兵器を持ち出すことが、騎士団長には信じられなかった。


 キャメリアは魔獣が多い国。人間同士で争う暇などないはずだ。


「しかし、現実に襲ってくるのなら、我らとしても用意を調えねばならんでしょう」

「どう対処する?」

「敵戦力の要は罠でも【姿隠しのマント(タルンカッペ)】でもありません。魔法書です」

「強力な魔法書を惜しげもなく投入しているのだったか」


 情報は出回ってきている。


 一定規模以上の範囲攻撃を行える魔術を一般に【大魔術】と呼んでいるが、大魔術が吹き込まれた魔法書は珍しい。


 製作者も判明している。その道では名の知れた鍛冶師の男だ。王家の庇護があるとかで、警戒も尋常ではなく、手練れでも滅多に寄せつけぬ布陣だという。


 監視員によると、時折大量の魔法書らしきものがアトリエから王家に搬送されていくということだった。


「製作者を始末すれば王家は烏合の衆。あの程度の雑兵どもなど一日で叩き潰せます」

「……やむを得まいな」


 異論は出なかった。武器職人とはいえ、依頼を受けているだけの非戦闘員にすべてを被せるのは騎士として断じてあってはならぬことと知りながら、正義を唱える者もいない。


 しかし、もうひとつ挙がった名には意見が割れた。


「……罠の製作者はどうしますか?」


 騎士団長のル=シッドは、少女を巻き込むことに強い抵抗があった。


「まだ少女なのだろう? ウラカは友達らしい。親御さんだって目に入れても痛くない年頃だろうに」

「では懐柔しますか? 王家よりこちらにつくようにと。ウラカ嬢にもご協力願って」


 しかしその案も非現実的だった。すでに保護者として、魔術師の青年が宛がわれているのだ。しかも、いかにも少女が好みそうな美青年である。


「保護者が彼ではな……略奪できそうな人員がいない。ウラカ嬢も夢中だった」

「あのぐらいの年頃の少女を懐柔するのにうってつけでしょうな」


 まるで自分の娘が浅はかな少女であるかのように言われ、親として腹立たしかったが、さりとて反論もできない。


「ではまず婚約者の方を排除しますか?」


 無駄だと分かっていたので、誰もその案は検討しなかった。なにしろ相手は国内随一の実力者で、騎士職、魔術師職なら知らぬ者のないほどの男である。三年前の戦争で、複数の一級魔術師を相手どってねじ伏せた事件は王国軍を震撼させた。職業ごとに性格には偏りが出るものだが、特に魔術師は、忠誠心が薄く利己的な傾向が顕著な連中である。とても暗殺命令に応じるとは考えにくい。


「婦女はまず捨て置け。狙いは物の道理も分からぬ女子に危険なものを作らせる王家よ」

「ああ。本来であれば、誅すべきは卑劣で陰湿な王家の奴らであったはずなのだ」


 では、こうしましょう――と、副団長が言った。


「少し脅かすのはどうでしょうか? 罠を鹵獲し、逆に彼らを嵌めてやるのです。罠の構造からいって味方にも被害が出やすいでしょうし、自爆のように見せかけて攻撃することも可能です。彼ら自身が自分たちの武具で足元を掬われるとは、まだ想像もしていないでしょうから、対策も取りにくいのでは」

「なるほどな。自分の作る武器がいかにして人を傷つけるのか、その目で見せてやるわけか」


 名案だという声が複数上がったが、騎士団長はやはり受け入れがたかった。


「しかし、自覚したところで、王から頭ごなしに命じられれば従わぬというわけにはいくまい。王家に逆らっては命がないだろう。いたずらに苦しませるのもどうなのか」

「苦しんで、何も作れなくなった少女をどう扱うかは、王家の良心次第でしょう。腐りきってはいないと信じたいところですが。そしてこれは、少女に対する最終警告にもなり得ます」


 いきなり、何の前触れもなしに命を狙うのは抵抗がある。


 これがギリギリの妥協点であることは、騎士団長自身も察していた。


「……力を持つ者には責任が必要だ」


 そう言わざるを得なかった。


 会議のメンバーが期待している。


「自分の作るものがどのような結末を招くのか、自覚してもらわなければならない。その上で我らの前に立ち塞がる覚悟を決めたのなら、あれほどの魔道具師を無力な少女として扱うのはむしろ失礼というものだ」


 ほとんど自分に言い聞かせるようにして、言葉を紡ぐ。


「敵側の戦力として、敬意を払い、死力を尽くして排除しにいこう」

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