166 学力試験(3/4)
とはいえ、学園の呼び出しって、そんなに怖いイメージもない。
王様とかなら怖いけど。
大真面目に変なこと言っちゃって、ディオール様もだんだん壊れてきている気がするなぁ……
今度アルベルト王子に会ったら、お休みくださいってお願いしとこ。
――そんな話をしているうちに、学園についたのだった。
呼び出しをかけた先生は、結界が専門の、その道の権威だということだった。
「実は昨日、十時頃から結界が故障していたようでね。魔術の試し撃ち場で、一部の魔法が効かなくなっていたんだ」
わたしは頭がよさそうに見えるよう、精一杯キリッと顔を取り繕っている。
余計なことを喋るなと言われている手前、何も答えられない。
「そんな中でも成績を残した人間が三人だけいた。ひとりは君だよ、リヴィエールさん」
「残りふたりは?」
むしろふたりもいたのが意外だとでもいうように、ディオール様が突っ込んだ。
「どちらもたぐいまれな魔力と技量の持ち主だったからね。壊れた結界の破れを力で無理やりこじ開け、もうひとりは破れに直接魔術を発動して、強引にシュートしたようだ。しかし、分からないのがリヴィエールさんだよ」
わたしはキリッとした顔を継続中。
「あなたの魔力値は残りふたりと比べてはるかに低い。いったいどうやって発動させたのか、ぜひ教えてほしいと思ってね」
これは難問。
困っていたら、ディオール様が代わりにいろいろ喋ってくれた。
「なるほど、仕組みは何も分からない、というわけだね」
先生はすぐに納得してくれたみたいだ。
「リヴィエールさんにはもう私から教えられることはなさそうだから、むしろ教えを乞いたいところなんだが、それも難しいようだね」
「らくだを針の穴に通す方が簡単かと」
さすがディオール様、貶し言葉にも知性がある。
わたしももう慣れました。
結界の先生はとても残念そうにしつつ、最後にわたしへと視線を向けた。
「では、卒業したくなったら私のところに来てください。いつでも推薦しましょう」
「ほ、本当ですか!? じゃあ今す――ぐっ」
とにかく今すぐ卒業したいです! と言いたかったけれど、途中でディオール様に遮られてしまった。
「そのときはぜひよろしくお願いします」
口を塞がれた状態のまま、無理やり退室させられる。
ある程度廊下を行ったところで、わたしは解放された。
ぷはっと息継ぎをしてから、興奮気味にディオール様にまくしたてる。
「ディオール様! わたしもう卒業していいそうです!!」
「まだだ。まだ早い」
「でも、ディオール様も疲れましたよね? もうよくないですか? ふたりで学園抜け出しませんか!?」
「しかし仕事なんだ」
「こんなに顔色悪いのにですか!?」
ほっぺに手を伸ばすと、ひやりとした肌に触れた。
こんなに冷たくなってるのは絶対に疲れのせい!
「前からおかしいな、変だなって思ってたんですけど……」
背伸びして見上げた先のディオール様は、精気がなさすぎて、石膏の彫刻みたいだった。
こんなんじゃそのうち倒れちゃうよ!
「そもそもわたしとディオール様が仲良くするのに、学園である必要ってないですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあもういいですよね? おうちとかでゆっくり仲良くすればいいと思います! もう、一緒に学園やめましょう!?」
「それもそうだな……」
わたしに洗脳されてか、ディオール様がだんだん濁った目になってきた。
「そもそも、なぜ学園じゃなきゃいけないんだ……?」
「学園のディオール様、やさしさが足りないので、仲よくなれてないと思います! 帰りましょう!? こんなのなくても、わたしたちもっと仲良くなれるはずです……!」
もう一押しでいけそうだったので、わたしは必死だった。
学園、本当にもう嫌。
「君もやつれてきたな」
ディオール様が疲れのあまりか、ため息交じりにわたしに囁きかけつつ、わたしの頬に手を伸ばす。
「せっかく毛艶をよくしたのに」
「そうです! ほっぺもガサガサしてきました!」
うりうり、と手のひらに頬を擦りつける。
「アルベルト殿下に見せつけてやりましょうよ! わたしたちこんなになかよしなんですよって! ディオール様いつもやってますよね? 学園でもひと目を憚らずいちゃついて殿下を怖がらせましょうよ!」
ディオール様は完全に心ここにあらずといった顔で、わたしのほっぺをもにもにしていたけれど、わたしの力強い調子にのまれてか、うなずいた。
「よし……やるか……」
このときのわたしとディオール様は、完全におかしくなっていた。
特にディオール様の様子がおかしかったと、後になって思う。
◇◇◇
お昼どきが近づいてきた魔法学園。
午前中の口述試験も、ぼちぼち終わる気配が出てきた。
帰宅する人たちと入れ替わりに、午後の口述試験を受ける人たちが歩いてくる。
「日程表によれば、アルベルトの試験は向こうの校舎だ」
職権濫用して先回りしたわたしとディオール様は、渡り廊下付近のベンチに陣取っていた。
わたしはディオール様と仲良く並んで座って、おてて繋いでぴったり寄り添っていた。
ディオール様はもとからわたしに対する距離が近いので、わたしが積極的にぴったりくっついていくと、もうなんかすごい距離感になる。
さっきからイチャイチャイチャイチャ、おでことか、こめかみにちゅーばっかりされていた。
通りすがりの人たちが、ただならぬ雰囲気を察してか、怪訝そうに見てくる。
けど、わたしはもう慣れました。
「お庭の薔薇きれいですね、ディオール様」
「そうだな。花が咲いているな」
「大きくて花びらが巻き巻きでカッコいいですね」
「ああ。大きいな」
「ディオール様のおうちにもありますよね」
「あったか。そうか……」
さっきからオウム返ししかしない。
もう何にも聞いてないですよね。
「だ……大丈夫ですか……?」
けっこう本気で心配になってきた。
こんなにポンコツなディオール様、初めて。




