165 学力試験(2/4)
「どうしました? 棄権しますか?」
「い、いえ、待ってください!」
わたしの試験対策は実技頼みだから、ここで失敗するとすごくマズい。
焦りながら周囲を観察する。
【魔術阻害】の出所は、なんとなく分かる。方角からいって、生徒の魔法が外に飛び出さないよう覆われた結界からだと思う。
どこかが壊れて、こっちに力が流れてきちゃってるのかな?
とはいえ、今から結界を直してもらうにしても、本当に阻害されているのかの証明は難しい。
言い訳だとみなされて失格になっちゃったら……
ど、どうしよう……?
とにかくここを切り抜けないと、わたしは落第だ。
なんとかしないと……!
頭の中に、習いたての【集中】や【魔術阻害】の仕組みがグルグル巡る。
魔法を使おうとしている術者に向かって、本人よりも強い魔力で働きかけて、魔法を消してしまうことを【魔術阻害】と呼ぶけれど、これ、【拡散】とも言うらしい。【集中】と対をなす概念なのだとか。【拡散】する力が強力に働くと魔法は発動しないし、逆に、魔力が薄く分散している場所でも、それを上回る【集中】をかければ魔法は発動する。
わたしはすばやく辺りを見回した。
みんな退屈そうにしていて、わたしに注目している人はいなさそう。今なら変な動きをしていても騒ぎにならないかも?
魔術禁止の結界、破るとしたら方法は二通りだ。
【拡散】される以上の強い【集中】で、強引に発動させる。
もしくは、散らす力を抑えて、安定性を上げる!
わたしが大騒ぎを起こしてしまったあの授業で、わたしは最初、魔道具づくりにはあまり【集中】の力を使わない、と早とちりした。なぜって、魔道具は周囲の魔力と無関係に作られるものだからだ。
たいていの魔道具は、周囲から魔力が十分に集まらないときのことを考えて、冗長性を持たせる。つまり、もう一個くらい動かす燃料をつけておく。
ほとんどの魔道具は、【集中】も【魔術阻害】も関係ないのだ。
だから、今この場でも、魔道具だったら発動するはずだった。
魔術の試験に魔道具の技を使うなんて悪いことだけど、緊急事態だから仕方がない。
わたしはこっそり魔道具を作ることにした。
ヤケドや凍傷防止の軽い魔術式が載せられた運動着の上着に、すばやく【魔術式】を上乗せする。
強い阻害が働いても、同じ【魔術式】を五重に重ねたら安定した。
回路はわたし自身の魔力を汲み取るように書く。
これで上着の袖は、即席の魔道具として使えるようになった。
――火の玉がうなりをあげて具現化する。
わたしは真ん中の的に照準を合わせて、打ち出した。
……上下左右に中央、五発ともド真ん中を通過させ、周囲から軽くどよめきが起こる。
試験監督の先生にバレてないことを祈りつつ、判定を待つことしばし。
「結構、二十五点満点です。では次!」
わたしはドキドキしながらその場を離れて、校舎裏の、誰も見ていないところで座り込んだ。
よ、よかったあぁぁぁぁ!
たぶんこれで、落第がだいぶ遠くなったと思う。
――あとの種目では、特に問題は起きなかった。
【魔術阻害】が悪さをしていたのは最初の地点だけだったようだ。
正々堂々魔術を使い、ほぼ満点を取れた。
わたしは確かな手応えを感じつつ、三日目のテストも終了したのだった。
◇◇◇
――翌日。
下級生の試験は三日目で終了した。
本来であれば四日目から六日目までは、上級生の口述試験があるはずの日だ。
魔法学園は、基礎教練を除くと、やっぱり魔法を使えるようになることを最終的に目指しているから、口頭での弁論大会や呪文の口述試験を大事にしている、らしい。
上級生になるほど試験が増えるのだということだった。
……ところが、一年生のわたしも、なぜか学園に呼び出しを食らった。
昨日の晩に、テストも終わったからお店に行きたいなぁ、と思いながら寝る支度をしていたら、急に学園のメッセンジャーが来て、至急来るように、と言われてしまったのだ。
鬼の形相のディオール様と一緒に馬車で向かう途中、わたしは怖くてガタガタ震えていた。
「何をやらかした?」
「な、何も……」
「こっちを見ろ、こっちを」
肩を抱かれて、無理やり顔を覗き込まれる。
こ、こわぁ……
「正直に答えろ。でないと私も弁護しにくいだろう」
それはそう。
助けてくれようとしているんだから、ちゃんと話さないとダメ。
叱られを覚悟しつつ、わたしは昨日あったことを話した。
話し終わったら、ディオール様は拍子抜けしたようだ。
「色々気になる部分はあるが、人を怪我させたとか、教師を挑発したというわけではないんだな?」
わたしが勢いよくこくこくと頷くと、やれやれ、とばかりに、ディオール様はわたしの肩を放してくれた。
「よく話してくれた。なら問題ない。君はいつも通り『キャメリア語分かりません』でしらを切り通せ。あとは私がうまくやる」
「キャメリア語は分かりますよ……? 今話してますよ……?」
「いっそ『人間ノ言葉分カラナーイ』でもいいぞ。理解していたら君のようにはならないからな」
「や、やさしくなぁい……っ!」
ひどすぎる嫌味だったので、さすがに泣けてきた。
ディオール様はフォローするつもりもないのか、呆れたように目を細める。
「しかしまあ、魔術禁止の結界を突き破るとはな……」
「そんなに難しくは……」
「ないわけあるか馬鹿」
また馬鹿って言う……
でも、言われすぎてだんだん慣れてきた。
「何なんだ……? 本当に……」
人にひどいことを言っておいて、なぜかディオール様の方がちょっと憤激していた。
「君は、そんなに何でも魔道具にできるのか?」
わたしはうなずいた。
【魔術式】が載るものは何でもいける。
運動着も、そのままだったら弱い効果しかつけられないけど、わたしは威力を引き上げる方法も知っていたので、その通りにした。
「最近また幅が広がりました!」
【魔術式】を重ねる技法も、調子がよすぎて怖いくらいだ。
今なら何でも作れる気がする。
「……魔術の勉強、いるか?」
えええええ。
ディオール様がやれって言ってきたのに?
ここに来てまさかの手のひら返し。
「わたしはいらないって、ずっと言ってました……!」
「そうなんだが、いや、しかしな……」
ディオール様はこめかみのあたりを手のひらの付け根でごしごし擦っている。
疲れ切って青白くなっていた顔色が、また一段と悪くなっていた。
「ダメだ。私も頭がおかしくなりそうだ」
うつろな目つきで言われてしまい、わたしはぞーっとした。
「ディオール様まで頭が悪くなったら、わたしは誰にお世話してもらえばいいんですか!?」
「そうだな。君を死なせるわけにはいかない」
感動的なようですごい悪口を平然と口にして、ディオール様はいつになく覚悟が決まった顔つきになった。
「心配するな。学園が何を言ってきても私が何とかする」




