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17 リゼ、密かに喜ぶ


 公爵さまはポケットから魔石を取り出した。


 あ、それ、わたしが作ったやつ。


 公爵さまはじっと石を見て、そしてわたしを見た。


 ドキリとするくらい情熱的な瞳でわたしをじっと見る。


「……彼女なしで、今の私はありませんでした。彼女は私の命の恩人で、目標、そして励ましてくれる友だったのです」


 なるほど、彼女(の魔石)、ということですね、とわたしは心の中であいづちを打った。


 でも、あの、忘れてませんか。


 わたしたち、まだ出会って一か月です。


 声に出せないツッコミをずらずら並べ、わたしは顔で笑って、心で冷や汗をかいていた。


 さすがにその設定は無理がありすぎる。


 お姉様は頭もいいし、会話もすごくできるので、絶対に突っ込んでくるはず――


 と思いきや、お姉様はなぜか、わたしが作った魔石の方に注目していた。


 公爵さまは姉の視線に気づくと、そっけなく魔石をポケットに入れ直した。


「今の、君の魔石? なかなかよさそうだね」


 王子も魔石に突っ込んできた。


 公爵さまは気取った微笑みで王子に向かって手を広げてみせる。


「とてもいい品です。本当に貴重なものなので、王子殿下にもお見せできません」

「そんなこと言わずに、見せてよ。私が今愛用しているものは、アルテミシアに作ってもらったものなんだ」


 そして王子が取り出した魔石も……あぁ、やっぱり。


 わたしが作ったものだった。


「純魔石だよ。混じりけなしの百パーセントの魔石さ。これが作れる魔道具師は本当に稀少でね。わが国なら少なくともファブニール級以上の実力に相当するようだ」

「竜級……?」

「わが国の魔術師の十等級だよ。わが国の魔術師はこの十等級のどれかに割り振られているんだ。第七級の魔女ウィッチ級にたどり着けるのは魔術を学んだ人間のうちの一パーセント以下、そこからさらに第二級の竜級にたどり着けるのは、魔女級認定者一万人のうち一人だけだと言われている」

「そうなんですね……数字が大きすぎて、何がなんだか……」

「とてもすごいことだよ。おそらくこれが作れるのはうちの国だとアルテミシアだけなんじゃないかな?」


 そうなんだ。


 わたしの作った魔石って、そんなにすごいものだったんだ……


 王子はキラキラした目で喋ってるから、たぶん嘘ではなさそう。


 この魔石、家族の中でも作れるのってわたしだけだったもんなぁ。


 それで、作れるようになったころから、お母様が急に怖くなったんだ。


 何をしていても――それこそ息をしていても――すごく怒られるようになった。


 わたしはそれがすごく悲しくて、せっかく新しい魔道具の技を覚えたのに、褒めてもらえないどころか、すごく怒られるの、どうしてなんだろうって悩んで、悩んで……


 それ以来、新しい物が作れるようになっても、あんまり人に話さなくなった。


「アルテミシアには魔術師の等級認定試験も受けるように勧めているんだけど、なかなかうなずいてもらえないんだ」


 魔道具作ってるのわたしだから、そんなことしたらバレちゃう。


 ハラハラしているわたしをよそに、姉は控えめに笑った。


「殿方はランクづけがお好きですこと。でも、わたくしには興味ありませんわ」

「これなんだよ。だからこそ私は彼女が好きなんだけどね」

「殿下ったら」


 姉たちがいちゃついてても、わたしは上の空だった。


 だって、わたしの作った魔石はすごいんだって、王子様が直接認めてくれたんだよ。


 わたしが作ったって名乗り出られないのだけが残念だけど、それでも、これまでの苦労が報われたみたいで、すごくジーンとしてしまった。


 ぼーっとしていたら、急に目の前に手袋をはめた手が生えた。


 公爵さまがわたしの視界をさえぎったようだ。


 何かと思って横を振り向くと、ちょっとだけ不機嫌そうな公爵さまがいた。


「楽しそうだな?」

「えっ……ええと……」

「そうだな、柔和で紳士的と名高いアルベルト殿下との会話はさぞ楽しかろう」

「いえ、そういうわけでは……」

「たまには私の方も見てもらえないか?」


 公爵さまがわたしの頭を抱き寄せて、誰にも聞こえないようにひそひそとささやく。


「見る目がない。君は間違いなく伝説級なのに」

「!」


 わたしは嬉しさと好奇心を抑えきれずに、ひそひそと耳打ちをし返す。


「伝説級っていうのも、魔術師の十等級なんですか?」

「ああ、その第一級だ。ちなみに私は第二級のファブニール級」


 公爵位をもらうほどの功績がある人でも、第二位なんだ……と、わたしはちょっと意外に思った。


 それなら、わたしなんかが伝説級になれるとは思えないなぁ。


「そのうち君にも試験を受けさせよう」


 た、楽しそう、かも?


 いきなり一位になれなくても、自分がどのくらいの実力か知れたら、次を目指す指標になるし。


「やってみたい、です」

「いいだろう。しばし待て」


 わたしはそわそわする気持ちを抑えきれずに、背筋をピンと伸ばして座り直した。


 公爵さまのところに来てから、わたしはやりたいことがたくさんできてしまった。


 浮かれた気持ちが顔に出ていたのがまずかったのかもしれない。


 ふと気づくと、姉がじっとりした目つきでわたしを見つめていた。


 一瞬にして背筋が冷える。


 にらみたい気持ちを必死で抑えているのだろうということは、覆い隠したまま絶対に見せようとしない口元からなんとなく想像がついてしまった。


「ねえ、リゼ、わたくしの可愛い妹? 仲がよろしいのは結構ですけれど、節度はお守りなさいな。出会ったばかりですぐ婚約しておうちにお邪魔するなんて非常識すぎるわ」

「おや、私たちは意外と以前から付き合いがあるのですよ。ご存じありませんか? 私はリヴィエール魔道具店で何度も注文していて、その縁でちょっと……ね」

「まあ、婚前の娘にちょっかいをかけてらっしゃいましたの? なんて悪い殿方なのかしら。姉として、女性として、ロスピタリエ公爵閣下にも節度を求めますわ。わたくしの妹を愚弄するのもいい加減になさってくださいまし。いったん離れて交際していただいて、公爵閣下が真に妹をお預けするに相応しい方かを見極めさせていただきませんと」

「それはできません」


 と、公爵さまは意味もなくまたポケットから魔石をチラつかせた。


 姉の眉がかすかに動く。


 ……あれって何か意味あるのかなぁ。


「私の心はすっかりリゼ(の魔道具)のとりこですので、たとえ一分一秒だって離れることは考えられません。この(魔道具を作る)手を守る役目は私に務めさせてください」


 わたしはまた公爵さまに手を取られた。ぎゅーっと手のひらに握り込まれて、宙ぶらりんになる。


 今日の公爵さまはよく触ってくる。


「もしも今無理に引き離されたら、私は正気を失ってしまうかもしれません。彼女を手元に取り戻すためなら、どんなことでもするでしょう」


 そして彼はまた魔石を取り出して、握りしめ、手をかざしてみせた。


 それは魔術師が技を使うときの定番ポーズ。


 ここまでくれば、鈍いわたしにもちょっと分かる。


 これは、つまり、『脅し』だ。


 だから姉はさっきから口数が少ないんだね。


 いつもならもっと喋って相手を圧倒するのに、何か警戒しているような感じだった。


 姉は公爵さまから目を離すと、今度はわたしに笑顔を向けた。


 姉の笑顔は世界一怖い。悲鳴が出そうになる。


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