162 リゼ、先生に傾向と対策を練られる(2/2)
「……書写?」
「そうだ。何も考えなくていい。とにかく書け。これを何回か往復して、覚えるまでやろう」
「え……覚えるまでですか……?」
「そうだ。地獄のように非効率的だが、君は毎日何かしら作っているのだから、むしろ得意分野だろう」
「そ、それはぁ……ちょっとずつ完成していくのが楽しいんですよぉ……」
文字は書き写しても何も残らないよねぇ。
「だから何だ。こんなくだらないものを何時間もリピートしなきゃいけない私の身にもなれ。拷問に等しい」
「そ、それは本当にすみません……!」
「だがまあ、徹底的に頭を使わせない、というのがひとつの最適解なのだろうな。君は何も考えなくていい。言われた通りにやれ」
一方的に辛辣な評価をつきつけられて、わたしはちょっと涙が出た。
「や、やさしさ……! やさしさ忘れてますよぉ……!」
仲良くするって約束したのに……!
「やさしくしてくれないと、わたしだってお勉強投げ出しちゃうんですからね! やさしさ! やさしさをどうぞ!」
ディオール様は苛立ったように手にしたテキストをもう片方の手でバシバシ叩く。
「これ以上ないくらい優しくしているつもりだが?」
「伝わってこないんですよぉ……!」
ディオール様は少し考えるそぶりを見せてから、ハーヴェイさんに視線を向けた。
「ハーヴェイ。ここからしばらくは君には退屈だろうから、すまないがアイスとレモネードでも買ってきてくれないか」
「あ、アイス! アイスいいですねぇ! アイス!」
「希望は?」
「ホイップクリームのがいいです!」
冷たくて甘くてふわっと溶ける幸せクリーム!
「好きなものを飲み食いしてきてくれ。で、三時のティータイムごろ、リゼの集中力が尽きたあたりに戻ってきてくれるとありがたい」
さ、さすがディオール様……!
わたしのことがよく分かってる……!
「これで足りなければ店の使い走りを屋敷に寄越すように言ってくれ」
ディオール様が適当にジャラッと小さい金貨を掴んで握らせると、ハーヴェイさんはやけに恐縮しながら受け取った。わたしに「がんばってください」と激励の言葉を残して、教室を出ていく。
「どうだ? 優しいか?」
「最高です!!」
「だろうな」
見透かしていたのか、頷くディオール様は面白くもなさそうだった。
感激しているわたしの横に椅子を持ってきて、ディオール様も座った。
横並びで、半身だけわたしの方に向き直る。
かったるそうに首と肩を回して、いくぶんかリラックスした様子でわたしの顔を覗き込んだ。
「どうしても負担だというのなら、明日からの授業は切り上げにするが、どうする? 私の暇つぶしには最適だから、残念ではあるが」
「楽しそう……ですもんね……!」
わたしはほんのちょっとの恨みを込めて相づちを打った。
「苦しんでいる君には悪いんだが、リアクションがいいから、つい」
「わたしは何にも楽しくないんですよ……?」
人が苦しんでるところを見て楽しむの、よくないと思います。
「そんなにいじけないでくれ。趣味が悪いことは認めるが、それでも楽しかったんだ。楽しかったんだよ」
繰り返すディオール様が、本当に楽しかったんだろうなぁって顔で微笑んでいたので、わたしは何も言えなくなった。
ちょっと可愛いかも、と思ってしまったのだ。
最近本当に疲れてそうだったし、喜んでくれたならまぁいっか。
「君はかわいいからな。見ていて飽きない」
えっ……?
ディオール様がそんなこと言うなんて、意外すぎる……
……けど、そういえば、つい最近もかわいいって言われた気がする。
「そ……そう、ですか……?」
わたしは抑えきれなくて、ついニヤけてしまった。
珍獣だのリアクションがいいだのと言われ放題だったもんなぁ。
褒め言葉がじゅわっと身に沁みる。
「そうだ。可愛がってなければここまでしない。何もかも君のためだ」
そう言ってくれるディオール様の声はとっても優しかった。
……う、うれしい、かも。
気分がアガったら、急にやる気も湧いてきた。
せっかく手を尽くしてもらってるんだし、わたしもがんばろう。
「続きをお願いします、先生!」
元気よく言うと、ディオール様はまた不機嫌になった。
「先生はやめろと言っただろう。次に呼んだら課題を増やす」
「ご、ごめんなさい……!」
「なぜそう君は他人行儀なんだ。これだけ時間も取っているのに」
ぶつぶつ文句を言いながら、ディオール様が黒板の前に立つ。
……ん?
冷たい感じで嫌ってこと?
でも、先生をしてくれてるから学園でずっと一緒にいられるわけで……
……あれ?
よく考えたら、こんなに長いこと一緒にいられたことってないかも。
「ち、違うんです……今は先生だから、学園でもずっと一緒にいられて、嬉しいなって」
また怒らせたのかなと思ったら、焦りが湧いた。
「わたし、浮かれてしまって……あの、嫌だったらちゃんとやめますので!」
わたしに背を向けているので、ディオール様の顔色は窺えない。
「……テキストの最初から行く」
ディオール様はしれっと何事もなかったかのように無視して、そう言った。
「は、はい」
また怒らせないように、とにかくやらなきゃ。
――そして、地獄の書き写し修業が始まったのだった。
ひたすら書き写す作業はリゼでなくとも第二言語習得に非常に有効です。
この方法で習得したものは非常に長く記憶に残ります。
◇
ついでに好きな食べ物の話でも…。
レモネードは割合昔からヴェルサイユ宮殿やパリで売られていたそうですが、
炭酸入りのレモネードもなかなか早かったらしいとこの間知って驚きました。
また、サイダーといえば通常りんごの発泡酒らしいので、
ソーダとサイダーと炭酸水とラムネとレモネードの区別があまり脳内でついておりません。
私はレモン100個分のビタミンCが入っている炭酸飲料が好きです。
ソーダ、サイダー、炭酸、レモネードのどれに分類すればいいのかは…よく分かりません…。




