161 リゼ、先生に傾向と対策を練られる(1/2)
そして次の日、学園で。
ディオール様は約束通り、わたしと一緒にハーヴェイさんも授業に参加させてくれた。
ただ、どうしてかすごく不機嫌だったけど。
「授業に参加させるのは構わないが、私はリゼのペースでしか教えん。ハーヴェイにも教えさせたければ、まずは君が一刻も早くハーヴェイのレベルまで追いつけ」
すごい無茶を言い出した。
「九級はちょっと無理だと思いますね。わたしはまだ十級の道半ばなので」
「君は十級持ちだっただろう」
「ハーヴェイさんによると、一年生の内容より十級の方が少し難易度が上なんだそうです」
「ならどうして一年の最初のテストで行き詰まってるんだ……」
それはわたしが実技一点突破だからですね。
わたしに言われるまでもなく分かっているのか、ディオール様は悩みながら、ハーヴェイさんに視線を向けた。
「今回の出題範囲と十級とでは、どの程度差があるものなんだ? 正直どちらも簡単すぎてレベルの差が分かりにくい」
「今回のテストは、十級試験の内容のおよそ五割から七割ほどに出題範囲が絞られているかと」
「範囲か……」
ディオール様はわたしの十級の試験結果を取り出した。
いつの間に持っていってたんだろう? クルミさんかな?
問いと答案をペラペラめくりながら、軽く唸る。
「できている部分も多少あるな。単元によってはギリギリ赤点は免れている。そこは飛ばすか……」
ディオール様が手早く一年生の教科書の単元を抜き出して、メモにしてくれる。
「当面はこのページだけやればいい」
「や、や、や、やったあぁぁぁ!!」
範囲が減ったあぁぁぁ!!!
喜んでいるわたしをよそに、ディオール様がハーヴェイさんにまた質問をする。
「リゼの学習状況を詳しく知ってるか?」
「【生活魔法】や【魔術式】の理解度だけであれば、高水準のように見受けます」
ハーヴェイさんはちらりとわたしを気にしてから、遠慮がちに口を開く。
「ただ、設問から期待される回答と大きく違うので取りこぼし気味でしょうか。古代魔術言語と歴史概略は少し苦手のようです」
「やはり言語全般か。教えても教えても手応えがない」
わたしの頭の上でわたしの悪口を言わないでほしい。
悲しい気持ちになっているわたしに構わず、ディオール様が嘆く。
「まず人の話を聞いていないようなんだ。君はこの子に試験勉強を教えていてどうだった?」
「聞く力自体があまり養われていないのではないかとは感じましたが」
ハーヴェイさんまで……
「しかし、実際にペンを動かして、ひとつずつ書いてみせると、目で追うことはできるようです。動くものにはよく反応します」
「……鳥獣も目で追うことはするだろうが……」
ディオール様がチラリとわたしを見たけど、結局そこで言い淀んだ。
たぶん、見てたからって犬とか猫が言葉を覚えるわけじゃないよね、って言いたかったんだと思う。ディオール様のことがだんだん分かってきたわたしだけど、こんなことまで分かりたくなかった。
「突出しているのは魔法陣の作図能力です。欠けている部分を補う問題でも、ほぼ一発で正解を導き出します」
「……言われてみれば、魔法陣の絵は最初からうまかったな」
ディオール様は教室の棚を適当に漁って、一冊本を引き抜いた。
大きくて重たい、魔法陣の図鑑だ。
「作図の問題だ。描いてくれないか」
わたしはちょっと嬉しくなった。
任せてください。ずっと悪口を言われていた分、見返してあげますからね。
わたしは真円の中に、アラベスク模様のようなものと三角形をいくつか並べ、外周に魔術文字をぐるりと書いてみせた。
「ならこれは?」
わたしがノートに同じ絵を描くと、ディオール様は手元にあった教科書を漁って、もっと複雑な魔法陣を見せてきた。呪文がびっしり描かれている。
意味が分からないまま、適当に写すと、ディオール様がぽかんとしていた。
「……驚いた。非常に正確だ。理解はしていないのに、書き写せるのか」
「それはまあ……見たまま描くのは得意ですよぉ……スケッチも、彫刻も、写実的に仕上げることって多いですし」
そこでハーヴェイさんが、そっと言い添えてくれる。
「おそらくですが、目で見て、手を動かす作業であれば、人並み以上に力を発揮するのではないかと……剣術などもそうなのです。運動を身体に覚え込ませるまでに必要な訓練量は、人によってバラつきがあります。座学が極端に苦手な人間に魔術師と同じ訓練を受けさせても、まったく身につかないとしても不思議ではありません」
「そうですそうです!」
わたしは思わず同調してしまったけど、ディオール様はこちらを見向きもしなかった。
真剣な顔で何かを考えている。
「魔術師と同じ、口頭説明での概念理解に重きを置いた授業を受けさせるよりは、非効率的でも、ひたすらテキストを丸写しさせるなどの訓練で、人より何倍も時間をかけてでも、手先に覚え込ませた方が、却って近道かもしれません」
ハーヴェイさんが何を言ってるのかは難しくてよく分からないけど、わたしはうなずいておいた。
だってもう授業本当に嫌だし。
「分かった。どうせこれ以上教えても無駄そうだしな」
「そうですそうです!」
二度目の野次は、さすがにディオール様から睨まれた。
慌てて椅子の上で小さくなる。
「ハーヴェイがそう言うのなら、とりあえずそれで行ってみよう」
ディオール様は再度テキストをペラペラめくってから、ロウ石を握り締めた。
「いいか? これからシンプルな呪文の例文集を、ひたすら黒板に書き並べる。君はそれを『目で追いながら』、例文集をひたすら『写せ』」




