160 生徒が増えました
「まず目の前のことに集中しろ。あっちこっち手を出すのは効率が悪い。今やるべきことは何か考えるんだ。リゼ、君は今日何をするべきだった?」
「て……テストのおべんきょう……です……!」
「そうだ。それが一番効率的だろう。明日からはちゃんとやりなさい。そしてハーヴェイ。君もだ」
ディオール様はわたしと並んで立っているハーヴェイさんにも容赦なかった。
「テスト前の子どもにものを教わってどうする。立場が逆じゃないか。君は彼女の何だ?」
「護衛であります」
「そうだ。子どもを保護して、指導するのが君の仕事だ。しっかりしてくれ」
ハーヴェイさんにまで叱られを発生させてしまった。
わたしは申し訳なさでいっぱいだった。
公爵さまだから実際ディオール様は偉い。えらいんだけど、ハーヴェイさんは別にディオール様に雇われてるわけじゃないので、怒られる義理なんてないんだよね。
そこはちゃんとしておかないとと思ったので、わたしはさらなる叱られ覚悟で、おそるおそる口を開く。
「あの……ディオール様、ハーヴェイさんはわたしに雇われてるので……指示に従って一緒に遊んでくれただけで、悪いのはわたしなんです」
「君が度しがたいのは今に始まったことじゃない」
ぴえ……!
いくらなんでもそれはひどすぎない?
わたしがちょっとムッとしているのにも構わず、ディオール様がハーヴェイさんを睨む。
「リゼの性格も織り込み済みで行動しろと言ってるんだ。散歩紐をつけておくわけにもいかないから、君が頼りなんだよ、ハーヴェイ」
わたしとディオール様の板挟みで困り果てているハーヴェイさん。
見ていたら、なんだか反抗心が湧いてきた。
「わ、わたし……そんなにおかしいことはしてないです」
「何だと?」
冷たくすごまれて、わたしは肩がビクリとした。
でも、ここで引き下がる気にもなれなかった。
今日のディオール様は意地悪すぎる。
「た、確かにテスト勉強は大事ですけど、わたしには実技がありますし、それに、九級の試験だってもうすぐです。ハーヴェイさんにはお仕事がかかってるので、そっちを手伝うのだって、効率的! だと、思います!」
「やみくもに自己流のトレーニングをするのは効率がいいとは言えん。手先のコントロールと魔術のコントロールはまったく別だ。サッカーの訓練で縫い物をさせてどうする?」
ディオール様のお説教が留まるところを知らない。
わたしはだんだん挫折感が強くなって、反抗心がしぼんできた。
「だから、君は人に教えられる段階じゃない、と言ったんだ。自己流で解決しようとせず、先に相談するべきだった。でないと私も、教えられるものも教えられない」
それはそうです……
ポキッと折られたわたしは、しゅんとなった。
「ハーヴェイさんも、わたしなんかじゃなくて、ディオール様に教えてもらった方がよかったですよね……」
「え……いや……そんなことは」
「明日からはディオール様に授業してもらってください……わたしは陰から応援しているので……」
「待て。いつ私がハーヴェイに教えると言った?」
……あれ? 言ったよね?
「わたしのような者が人に教えるなんて恐れ多いので、ディオール先生が教えてあげたらいいって話では?」
ディオール様はなぜか、すごく嫌そうな顔をした。
「やめろ。誰が先生だ」
「え? 先生ですよね? ディオール先生」
「だからやめろ」
もしかして、先生って呼ばれるの嫌なのかな?
さっきまでお説教ばっかり食らっていたわたしは、ちょっとニヤリとした。
「先生、困っている生徒がいるんです。ほら、ハーヴェイさんからもお願いしましょう?」
悪乗り気味のわたしが強めに「さあ!」と圧すと、ハーヴェイさんはものすごく困ったようにしつつ、長いものには巻かれることにしたようだ。
「せ……先生」
「先生教えてください!」
「ふざけているのか? 私は君に教えるのが仕事なんだ。勝手に仕事を増やさないでくれ」
「違います!」
ディオール様は間違えてる。
「アルベルト殿下のご命令は、わたしと仲良くすることだったはずです。王様だって学園で仲良くしてきなさいって言ってましたよね?」
王命を持ち出されて、ディオール様は初めてぐっと言葉に詰まった。
「ディオール様が仲良くしてくれるって言うなら授業を受けてもいいですけど、こんなのは違うと思います……」
ずっと怒られてばっかだし、つまんないし、もう泣きそう。
ハーヴェイさんは無理して授業受けなくていいって言ってくれたし、一緒に魔道具作ってくれたし……よっぽど仲良くしてくれてたと思う。
「というわけで、ちゃんと仲良くしてください! わたしに詰め込むばっかじゃなくて……! もっとこう、優しさとかを発揮してもらってですね……!!」
ディオール様が言い返してこないのをいいことに、わたしはちょっと勢いづいた。
「先生はすっごい魔術師なので、ハーヴェイさんもすぐ上達すると思います。そしたらハーヴェイさんはわたしに筆記を教えてくれますし、みんな仲良くなれると思います!」
完璧なソリューション!
「ハーヴェイさんも! そう思いますよね? 教えてくれる先生いたらいいなって思いますよね?」
「それはもちろん、そうなのですが、しかし」
「ね、先生!」
わたしがダメ押しで呼ぶと、ディオール様は根負けしたように頭を抱えてしまった。
「分かった」
やったぁ!
「ハーヴェイさん! 先生いいって言ってくれましたよ!」
「分かったから、先生は本当にやめてくれ……」
「学園で先生やってるのに嫌なんですか?」
わたしが不思議に思って聞いても、ディオール様は軽く口を曲げただけで、何も答えなかった。
……なんだろ?




