159 リゼ、宿題を解く(2/2)
「いますぐテスト用に間に合わせる必要はなくなりましたけど、いつかは魔術言語も覚えたいので、のんびり挑戦します」
「それもいい選択です」
わたしはクッキーを欲張って多めにかじったあと、甘い後味が残る口に、ふくよかな薔薇の香りがする紅茶を運んだ。
甘いものと薔薇の香りはお互いを引き立て合う。
気分的には王宮のガーデンパーティーだ。
いやー、ハーヴェイさんと一緒に飲むお茶はおいしいなぁ。
人柄がよさすぎなんだよねぇ。
勉強もしなくてよくなったわたしは、だらだらと雑談するモードに入った。
「そういえば、ハーヴェイさんは? 九級のお勉強進んでますか?」
「それが、なかなか……」
ハーヴェイさんは浮かない顔だった。
「筆記試験の方はだいたい網羅しましたが、実技が問題で」
「あんなに大きな火が出せるのにですか?」
ハーヴェイさんは生まれつきの魔力が多いようで、ものすごい威力の火が出せる。
あれを見せたら、九級なんて楽勝で突破できそうだけどなぁ。
「それだけではなく、少々コントロールが必要であるようです。これがなかなかに難しく……」
「コントロールって?」
「炎のサイズを絞ったり、狙ったところに飛ばしたり、などですな」
ハーヴェイさんがやけに深刻そうな顔をしているのが、わたしにはピンと来ない。だってそんなの簡単だし。
「それってそんなに難しいんですか?」
「自分はどうも不器用なようです……」
しまった、無神経だった。
ハーヴェイさんをへこませてしまった。
「冒険者には必須の資格ですので、続けるしかありませんが、先が思いやられます」
魔法のコントロールだったら、魔道具の方が要求される技術が高い。
火を左右に飛ばすとか、そんな大雑把な話じゃなくて、火の温度を正確に保ったり、狙ったところだけを加熱して金属を変形させたりと、すごく細かい作業が要求される。
魔道具を作ったら魔法も上達するかも?
わたしは自分の思いつきが気に入って、ぐっと身を乗り出した。
「ハーヴェイさん、魔道具作りませんか? 練習になると思うんですよ。それだったらわたしも教えられますし」
「い、いえ……自分はどうも、細かい作業は苦手で」
「へーきへーき! 簡単なやつからいきましょう!」
わたしはハーヴェイさんを連れて、自分のアトリエにやってきた。
紡ぐ前の綿が巻きつけられた糸巻き棒を取り上げて、綿でこよりを作る。
「ここにほそーく、うすーく伸ばした魔力をからめて、つーっとするのが【魔糸紡ぎ】です」
ハーヴェイさんは戸惑っている。
「はい、どうぞ!」
手渡されても、持ち方が分からないようだった。
男の人だから、触ったことないんだろうなぁ。
糸紡ぎに関しては、女の子はみんな小さいころからやらされる。
大型の糸車である程度量産できるようになった今でも、質のいい糸はやっぱり手紡ぎでしか作れない。縒りの強さや均一性を求めると、やっぱり職人に手作業してもらうしかないのだ。自分で服を自作するのにもよし、副業として売るのにもよしで、手紡ぎの糸は需要がたくさんある。
「このへんは廃材なので、練習に使っちゃっていいですよ! とりあえず、持ち方はこうで、綿をこうします!」
スライバーから綿を引っ張り、細くこよりにする。
ハーヴェイさんは見様見真似で、同じようにした。
「こ……こうでしょうか?」
「そうです! それで、この先っちょのところに、魔力を固めて、くっつけます。分かるでしょうか……? この、ワタワタが含んでる微弱な魔力に、ぺたっとくっつけるんです」
魔力と魔力をくっつけるのは、わりと造作もない。
魔力同士は勝手にまとまってしまう性質を持ってるからだ。
……あ、これ、こないだやった!?
「【集中】! これはコンデンスの法則っていいます! 分かりますか!?」
「教科書で見ました」
「ですよね!? わたしもこないだ見ました!」
わたし、ちゃんと学習できてるんじゃ!?
調子に乗ったわたしは、覚えたての単語を連呼する。
「使ってみましょう、コンデンスの法則! すごーく小さい魔力を集めて、くっつけるんです、コンデンスの法則で!」
ハーヴェイさんは指先をぷるぷるさせながら、がんばって、魔力を生み出した。
レンズ豆くらいのサイズで、小さい……とは言えないけど、初めてならこんなものかな。
「それで、先端がしっかりくっついたら……ワタワタの持ってる魔力を太く頑丈にする感じで……こうです!」
こよりの先端からつーっと魔力を糸に沿って流すと、くるくる回って勝手に巻き付き始めた。
「どうですか!?」
期待を込めてハーヴェイさんを見上げたら、麻縄ぐらいある魔糸がぎゅるぎゅるとスピンドルを回していた。
「そうです! わーすごい! 初めてなのにすごいですね!」
「こ、これでいいのでしょうか……? だいぶ見た目が……」
ごん太ではある。スライバーから綿をとりすぎで、魔力が強すぎなのだ。
でも、最初だからね! 細かいことはいいんだよ!
「やり方を覚えたら、あとはひたすら紡ぐだけですよ! わたしもちゃんと売れる品質の糸を作れるようになるまですごく時間がかかったので、ハーヴェイさんもがんばりましょう!」
「しょ、承知しました。訓練を続けます」
わたしはハーヴェイさんと一緒に、夜まで特訓した。
◇◇◇
「……で、ずっと遊んでたわけか」
特訓に集中していたらあたりがすっかり暗くなってしまったので、慌てておうちに帰ってみたら、ディオール様が待ち構えていた。
「はい……」
「君の帰りが遅いから、そろそろ事故を想定して迎えにいこうかと思っていたんだが」
「す、すみませんすみません……!」
「ハーヴェイ、君もだ。どうして君がついていながらリゼを止めなかった?」
「む、夢中に……なっておりまして……」
「ち、違うんです、わたしが無理に誘ったから!」
「いえ、自分が……」
「そんなことはどうでもいい」
ぴしゃりと言い放ち、ディオール様が苛立たしそうに腕を組む。
「リゼ。君はいつから人にものを教えられるほど偉くなった?」
「へ……へぇ……とんでもございやせん……あっしはしがない職人でやして」
「ふざければ誤魔化せると思っているのか?」
わたしは迅速に口を閉じた。
これは、本当に怒っているときの感じだよ!




