153 リゼ、幻影魔法の解説をする
◇◇◇
教室のいたずらの件で、放課後に呼び出され、おとなしく出頭すると、そこにはたくさんの先生が待ち構えていた。
学長先生に、偉い教授に、攻撃魔法の先生に、さっきの授業の先生。
わたしは先生方に、とても長い時間、詰問を食らっていた。
何があったのか説明しろと言われたので、一生懸命話しているのに、なかなか開放してもらない。
「ええい、そのルキア様の魔法とは何なのだ!?」
わたしに気絶させられたガミー先生が、机を叩いて立ち上がる。
「えぇ……と……ですから……普通の魔法です……皆さんいつもやってますよね? 小さな光を生み出す魔法。あれです」
「嘘を言うんじゃない、ほんの小さな光を生み出す魔法が、あんな大きな熱量の火の玉になってたまるか!」
な、なるぅ……
わたしもそれで仕事しているわけだから、普通の人にそんなに簡単に真似されても困っちゃうよね。
言い返したかったけど、ガミー先生の怒りようが半端じゃなくって、とっても怖かったせいで、うまく言葉が出なかった。
「ひ、火に見える光をたくさん生み出したらああなります……」
「火の魔法は光とまったくの別系統でしょう。とても信じがたいのですが」
と、これは、攻撃魔法の専門家の先生。
「つ、使う、といえば、使うんですが、えーとぉ……」
もうやだ、帰りたい。
半泣きになっていたら、急に教室のドアが開いた。
きらきらの魔力のオーラが目に入って、わたしは思わず振り返る。
「申し訳ありません。リゼが何か迷惑をかけたそうですが」
ディオール様!
来てくれたんだぁ……
一瞬テンションがあがったわたしは、ディオール様にちらりと冷たく睨まれて、一気に喜びがしぼんでしまった。
これ、あとで怒られるやつだなぁ……
お説教する人がディオール様に変わっただけかぁ……
ディオール様はわたしをガン無視して、ガミー先生たちから状況を聞いて、何のこともないようにため息をついた。
「ちょっとした幻ですよ。本人にしてみれば軽いいたずらだったのでしょう。最初から怪我などをさせるつもりはなかったかと。私の方からよく言って聞かせておきますので」
さっさと話を切り上げようとしたディオール様に、ガミー先生がまったをかける。
「だから、それがありえんと言っておるのだ! 本物をぶつけるつもりがなかったと、どうやって証明する!? この娘はずっとのらりくらりとふざけた態度で説明を回避しておるのだよ! 悪意があったとしか思えん!」
「それは誤解です。この娘は素でこうです」
な、なんだろう。今なんかすごい悪口を言われた気がする。
「彼女は【ギュゲースの指輪師】なので、炎の幻ぐらい意識せずともやれてしまうんですよ。単に説明が致命的なほど下手だというだけです」
やっぱりひどい悪口だった……!
ぐぬぬとなっているわたしに、ディオール様が淡々と言う。
「実演してみせなさい。その方が早い」
わたしは部屋を見渡した。まあまあ広いし、隣にディオール様もいる。ディディエールさんもさらっとフォローしてくれたし、まあ大丈夫かな?
ぽんっと大きな炎の幻影魔術を出したところで、ディオール様にかき消されてしまった。
「違う。ひとつずつゆっくり」
「え、えーと……幻を出す前段階から……ってことですか?」
「そうだ。何をしているのか、君なりに説明するんだ」
わたしはさっきの授業を思い出しながら、魔術を始める。
「まず、周囲の空気を魔力にします」
「何をいっとるんだね!?」
またガミー先生が文句をつけてきたので、わたしは怯えながら中断することになった。
「ええと……だから、空気を、魔力に……」
「いい。続けろ」
ディオール様がそう言うので、わたしは実演をひとつ先に進めることにした。
「で、その魔力をぎゅっとします……あ、そう! 【集中】です! これ【集中】って言うんですよね?」
さっき覚えたばかりの法則を口にすると、ディオール様がうなずいてくれたので、わたしはちょっと勇気づけられた。
「それで、真ん丸の魔力に、赤い色をつけます」
「リヴィエール嬢、それは?」
今度は別の先生から突っ込まれて、わたしはとたんに自信がなくなった。
「だ、だから、ルキア様の魔法でぇ……」
「ただの赤い色ではないね? 本物の火のようにゆらゆらしている。この揺らぎは?」
「こ、これは、そんなに難しくは……砂嵐みたいなのを作って動かすと、それっぽく見えるというあれで……パーリンノイズっていうんですけど……」
「あまり耳慣れないな。あなたのオリジナルですか?」
誰もその【生活魔法】を知らないみたいなので、わたしは違う説明をがんばって考えた。
「色をつけた魔力をこう、まんべんなく広げた後、いい感じに滑らかな濃淡で強くしたり弱くしたりして、ふたつの位置の色をふんわり混ぜるっていう……色を混ぜるところはルキア様がやってくれるので、そんなには……」
悲しいことに、わたしの説明は何にも伝わっていないらしく、先生たちが揃ってうさんくさそうにわたしを見ている。
「ううん……だいぶ分かりにくいな」
「とりあえず最後まで聞いてもらえませんか?」
ディオール様が割って入り、わたしに「続きを」と促す。
「それで、赤い球ができました」
きらきら、ぴかぴかする光の玉だ。
「そこに、予め書いておいた、もうちょっと細かい、火の【幻影魔術】の魔術式を、いい感じに乗せます。大きさを書き換えつつ、適当に、ぺたぺたと……」
幻の炎が光だけで成型されて、温度に応じた色の変化、グラデーション、透明度、光の強さ、動きの強弱、速度、パーティクルの量、光の加算とブレンディングなどが不規則に変動する。
仕上がりが思ったより甘いので、わたしは不安になってきた。
「えっと、これはすごく簡単なものなのでぇ……魔道具にするときは、もうちょっとリアルにします。でも、とりあえず、目くらましなので、これで完成です」
先生がたはぽかーんとしていた。
「ど、どうでしょうか?」
「いい出来だ。これは騙される者も出てくるだろう。それで? 次は何をするんだ?」
ディオール様が励ましてくれたので、わたしはちょっとだけ自信を取り戻した。
「このできた魔法を、まっすぐ飛ばします」
ふよふよーっと、不確かな動きで教室の壁に向かって飛んでいく。
「あとはぶつかって、トリガー発動、どっかーん!」
炎は大きく膨れ上がって、燃え上がった。数秒後に、跡形もなく消える。
「どうですか?」
これで伝わったのかなぁと思いながら、先生方を振り返る。
炎が消えた壁のあたりを、全員が難しい顔して見つめていた。
ありゃー。ダメそう!
「……卒業レベルには達してることはお分かりいただけたかと」
ディオール様の発言に、一番びっくりしたのはわたしだった。
ええぇぇ!? こんなのでぇ!?
みんな渋い顔してるから、微妙がられてるのかと思った。
これで卒業はちょっとないよねぇ。
わたし、まだ魔術言語読めないし……
「ただ、彼女は魔道具師ですから、魔術の基礎理論を知りません」
よかった、ディオール様もちゃんとそう思っていたみたいだ。
魔術だって別に、大して使えるわけじゃない。
「我々を納得させる説明ができるようになるまでは、まだ時間がかかるでしょう。しかし悪意がなかったことだけは確かです。人を傷つけるような真似はしません。少し行きすぎたようなので、あとで私の方から教育指導をしておきます。ご迷惑をおかけしました」
ディオール様がかばってくれたので、先生方も最終的にはわたしのいたずらを不問にしてくれた。
それでわたしは、ようやく解放されたのだった。




