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16 ちゅーは恋人のふりに含まれますか


 王宮に着き、公爵さまのスマートなエスコートで馬車から降りたあと、わたしたちはお庭に案内された。


 素敵なお茶の席が用意されていて、男女が仲良さげに座っている。


 姉と王子だ。


「来てくれてありがとう」


 王子が穏やかに言う横を、姉が駆け抜けた。


「リゼ! 心配したわ!」


 わたしを抱きしめて、誰にも見えない死角から、ぎゅうっと太ももをつねってきた。


 痛い痛い痛い。


「どうしていきなり家を出たりしたの? 公爵さまにもひどいご迷惑をおかけして!」


 姉が目力の強い顔で迫ってくる。


 怖い怖い怖い。


「迷惑などではありませんよ」


 公爵さまがいつもの無表情から、はっきりとした微笑みに表情を変えたとたん、姉と王子が衝撃を受けたように固まった。


「ロスピタリエ公爵……君、笑えたのか……」


 と、アルベルト王子。


「『氷の公爵さま』にそんな表情をさせるなんて……いったい何人の女が嫉妬に狂うでしょうか」


 と、姉。


「誤解があるようですが、私だって愛しい娘の前では微笑みもしますよ。ねえ、リゼ?」


 羽根で撫でるように優しく呼ばれて、わたしはちょっとビクリとした。


 公爵さま、声色から喋り方まで、全部変わってる……王子相手だから丁寧なのもあるんだろうけど、普段とのギャップがありすぎる。


「リゼ、おいで」


 公爵さまがわたしを隣の席に呼ぶ。


 とろけるような甘い笑顔で。


 いやホントに誰ですか? ぐらいに人が違う。


 わたしは公爵さまに手を取られて、着席……させてもらえるのかと思いきや、手の甲にちぅっとされた。


「かわいい手だな。君よりすばらしい手をしている女性は見たことがない」


 この人は何を言ってるんだろう、とあっけにとられて思い、遅れて理解する。


 あ、魔道具が作れる的な意味で?


 魔道具大好きなんだなぁ。


 でも、そんなに芝居がかってるとちょっと戸惑います。


「私はもう、君がそばにいなければダメなんだ」


 演劇でしか聞かないようなセリフを吐きつつ、わたしをすぐ横の席に座らせてくれた。


「話というのは他でもない」


 アルベルト王子がチラチラと私たちを気にしながら言う。


「アルテミシアが妹君のことをとても心配していたから、会わせてあげようと思ってね……って、君たち、さすがにそれはいくらなんでも」


 アルベルト王子が真顔でツッコミを入れてしまうくらい、公爵さまはわたしにベッタリで、でこにちゅー、ほっぺにちゅー、腰に手を回し、さらに王子には目もくれずにわたしをじっと見つめている。


 わたしの育った下町では、挨拶と言えばキスなので、老若男女、出会った人間には頬にキスをする。


 上流階級の人たちはお上品にキスのふりだけか、あるいは手の甲にするんだということを、わたしは公爵さまのお屋敷に住んで初めて知った。


 だから公爵さまにちゅーをされるのは何とも思わない。けど、王子様の目の前なのになぁ……


 人前でいちゃいちゃするのがお貴族様風の、恋愛のやり方なのかなぁ?


「な……仲がいいのはいいけど、まだ始まって一分だから。紅茶も各人に配られてないから。開幕から誰も寄せ付けない雰囲気にするのはやめてくれないかな」


 全然違った。


 王子様も動揺してる。でも、正直に言うと、わたしもけっこうびっくりしています。


「申し訳ありません、殿下。躾のなっていない妹で」


 お姉様が扇子を広げて言う。


「私からもお詫びいたします。躾のなっていない妻で」


 公爵さまもしれっと言う。


「いや君だよ!? リゼルイーズ嬢もちょっと迷惑そうじゃないか!」


 わたしの中でアルベルト王子の株が上がってきた。


 公爵さまは、まったく悪びれもせずに、わたしの腰をつかんで、よっこいせ、と持ち上げ、自分の膝に座らせた。


「申し訳ありません。アルテミシア嬢の勝手知ったるそぶりに嫉妬しまして。姉君と張り合うのもおこがましいのかもしれませんが、やはり妻を一番よく知るのは私でありたいものです」

「とりあえず、今君の膝で、無理やり抱っこされた猫みたいな顔をしてるから、そこからまず知ってあげたらいいんじゃないかな……」


 もしかしてこのメンツの中で一番の常識人は王子様なのでは。


 ていうか公爵さまの豹変ぶりにわたしがついていけない。


 公爵さまってもっと怖い人だと思ってたんだけど。


 性格って行動にもにじみ出るよね。生真面目で冗談が通じないオーラは常に出てたんだけどな。


「公爵さま、王子殿下の御前ですから、さすがにいちゃいちゃはやめましょう?」


 たまらずわたしがひそひそ声で進言すると、公爵さまも耳打ちをし返してきた。


「しかし、相思相愛なことはアピールしないとならないだろう?」

「や、さすがにこんなにベタベタしなくても、会話で十分伝わりますよ」

「そうなのか? 私の兄夫婦はいつもこんな感じだったが」


 モデルがいた。


 なるほど、生真面目すぎて融通がきかないから、知ってる熱愛カップルのやり方をそのまま真似してみたってところなのかな。


「ボディタッチなし。会話でうまく伝える方向でお願いします」

「分かった」


 公爵さまはうなずいて、わたしを膝から降ろしてくれた。


 その間、アルベルト王子は率先して紅茶を淹れてくれ、わたしたちの、王子を堂々と無視してのひそひそ内緒話に、見ないふりしてくれていた。


 泳ぎまくっている視線に、『こいつら何か話通じなさそうだからあんまり関わりたくないな』という、切実なニュアンスも感じる。


 不敬罪的なもので取り締まられたらどうしよう? とハラハラするわたしに、王子は気を取り直したように笑顔を見せてくれた。


「ま、まあ。とりあえず一服してくれ」


 わたしは出されたものを形だけ口にした。


 がっついたりしたら、姉から何を言われるか分からない。


 今もじっとわたしを見ている。


「リゼ、わたくしずっとあなたを心配していてよ」


 姉が話しかけてきた。


 それだけできゅっと喉がしまって、胸がどきどきと落ち着かなくなる。


 わたしは姉のことがどうしても怖い。


「いきなり家を出るなんて……お父様もお母様も、心配のあまりやつれているわ。あなたが急にいなくなって、どれだけの人に迷惑や心配をかけたと思っているの?」


 わたしは家に残してきた大量の未加工品を思って、震え出した。


 あれからもうひと月くらい家に帰ってない。


 わたしが急に抜けちゃって、父母がどれほど怒っているか。想像するだけでおそろしくてたまらない。


「今すぐうちに帰りなさい」

「申し訳ありませんが、妻の帰宅は許可しかねます」


 公爵さまが助け舟を出してくれて、わたしは心の底からホッとした。


 公爵さま……


「私は彼女のことを心から愛しているので、今別れさせられたら私は衰弱してしまうでしょう」


 ……公爵さま、やっぱりちょっとわざとらしい。


 演技がくさすぎるせいで、バレないかが心配になってきた。


 こわごわお姉様の顔をチラリと確かめると――


 お姉様、なんだかちょっと頬を染めていた。


 おお。公爵さまのイケメンぶりに惑わされているのかな。


 よかった、演技はダメダメでも、顔さえよければいけるかもしれない。公爵さまは絵のモデルにしたいくらい顔のパーツがバランスよく配置されてるから、つい視線が吸い寄せられて、目くらましになるのかも。


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