151 せーの、どっかーん!(1/2)
いろんな立場の偉い人たちが無責任に介入してきた結果、わたしが魔法学園に入学させられてから、一ヶ月以上が経過した。
あーぁ。騙されたなぁ……
わたしはため息しか出なかった。
入学のときに、わたしは特別扱いの生徒だから、試験は受けなくてもいいって説明を受けてたんだよね。
なのになぜか、『学力がない生徒に教えても仕方がないから受けないとダメ』って言われて、本来は三年生のはずなのに一年生からやらされて、二個も下のディディエールさんと同じクラスに割り振られて……
ちっちゃい子にも分かる内容だからと、できて当然みたいにディオール様に詰められるし……
もうやだ、帰りたい。
ディオール様の授業は常に気が抜けないから、とっても疲れるんだよねぇ。
もちろん、普通の授業もしんどいんだけど。
そっちはつまらなくて眠くなるから、またちょっと違う辛さだ。
わたしは死んだ目で、眠たい学園の授業を受けていた。
すり鉢状の教室で、ディディエールさんと横並びになって退屈な講義を聞き流しながら、先生の目を盗んでうんざり気味に伸びをする。
すると、手が後頭部の髪飾りに当たった。
わたしはちょっとだけ目が覚めた。
授業は嫌だけど、でも――
キンキラの金メッキがされている髪飾りのことを考えると、なんだか元気が出る。
これはみんなとお揃いで、しかも金色はディオール様の色なのだ。
誰かからもらったものとかって、やっぱりあると嬉しいよねえ。
まあ、自分で作ったんだけど、もらったことになっているからだいたいおんなじ。
マルグリット様やディオール様がお揃いにこだわる理由って、作ったときはあんまりピンと来なかったけど、後からだんだん実感が出てきた。
誰かとの記念品は、たくさんあればあるだけ幸せだなぁって思う。
大人っぽいって言ってもらえたのもうれしかったな。
ディオール様はとっても落ち着いてるから、大人っぽい子の方が相性はよさそうだもんね。
わたしがひとりでニヤニヤしそうになっていたら、横のディディエールさんから肘でつつかれた。
「おねーさま、当たっていますわ」
「聞いているのかね、リゼルイーズくん!」
「は、はははい!」
「では、ここに来て、解いてみたまえ」
大きな黒板の前に呼び出されて、わたしは途方に暮れた。
もちろん何にも聞いてなかったよね!
黒板にはまだやっと単語を覚え始めたばかりの魔術文字が並んでいる。
がんばれば部分的に読めそうだったけど、うなっていたら、先生がまた声をかけてきた。
「どうしたのかね? この法則は、すべての魔術の基本だよ。魔術を志す人間が、最初の最初に習うものだ。まさか、分からないとは言わんだろう?」
言います。いえ、怖いから言いません。
男性教師のガミー先生は、ため息をつきながら指示棒を出した。
黒板に書かれた図形をペンペンと叩く。
「もう一度だけ説明する。これは魔力の働きを図にしたものだ。魔術師が魔力を生み出すと、中心に向かって凝縮しようとする力が働く……」
先生がいろいろ言いながら、黒板に大きく文字を書く。
……なんて書いてあるんだろうなぁ。全然読めない。
先生は途中でわたしのぼんやりに気づいたのか、腹立たしそうに講義を打ち切って、わたしをにらみつけた。
「リゼルイーズくん。君は、何やらすごい魔道具師だそうだな」
「いやぁ、そんな……」
「ならば、このくらい朝飯前だろう?」
「えぇっと……ちょっと分かりません」
「ほう! 実技も余裕とな! いいじゃないか、ぜひやってみなさい!」
教室がざわっとした。
思ってもいないような煽りを受けて、さすがにわたしも声を大にして否定する。
「あの、わたし、まだ全然理論が分かってなくてですね! 実技なんてとても……!」
「なんだと!? 情けない! それでも首席の魔道具師かね?」
「あはー……」
ダメだこれ。
この先生、前からこう。
どうも魔道具師が嫌いみたいで、なにかと言うと無茶振りしてくる。
「分かった。では君は落第だな。もういい、ディディエールくん、どうだ?」
ディディエールさんはちょこちょこと小さな足を動かして降りてきて、わたしをちらりと見た。
「君も初級の錬金術師の資格を持っておるそうだな? であれば簡単だろう」
「えぇ……と……わ、わたくしも、分かりませんわぁ……」
明らかな遠慮に、わたしはぐっと胸が詰まった。
これを言わせてしまったのは、わたしだ。
わたしはディディさんの足を引っ張ってしまったのだ。
「まぁったく、名門錬金術師の名が泣いておるぞ! ふたりまとめて落第したいのかね!? ええ!? リゼルイーズくん!」
「めっそうもないですぅ……」
「ならはやく魔法を打ってみせたまえ! こんなものもできないなら試験など受けさせぬわ!」
それは困るなぁと、わたしは思った。ディディエールさんにそこまで迷惑はかけられない。
「お、おねーさま」
ディディエールさんがこそっと話しかけてくる。
「花火の魔術は使えますわよね?」
「ええと……まあ……」
「それのことですわ。今日の授業は、まっすぐ火を飛ばす魔術について言っているのです。魔力の塊を目の前に浮かべて、火をともして、少し前にすすめるだけですの」
「あ、そうなんですね。それならそうと早く言ってくれればいいのに」
説明がごちゃごちゃで全然分からなかった。
そんなの、目をつぶっていてもできる。
魔力をきゅっと集めて、着火。ろうそくくらいの大きさの火にする。
その後、魔力の方向をまっすぐ前に向けて、飛ばす!
ぽんっと弾けた小さな花火に、先生は、なぜか嫌そうな顔をした。
「……ま、まあ、よろしい。このように、魔術で火や水を呼び出すと、その場に留まることはみんな知っているだろうが、それはこの、中心に向かっていく法則のおかげだ。では、リゼルイーズくん。この法則を、なんと言う?」
隣のディディエールさんが、またこっそり教えてくれる。
「【集中】の法則ですわぁ」
「【集中】! です!!」
言われたとおりに復唱すると、先生はさらに悔しそうな顔になった。
「……よろしい。まあ、このくらいは知っていて当然だがね! 魔道具を作る時にも当然のように使う法則だ! ではリゼルイーズくん、たとえばどのような魔道具に使われているのかね?」
今度はディディエールさんも黙ってしまった。
魔道具のことはよく分からないのだろう。
頼れる仲間を失ってしまい、わたしはうーんと首をひねる。
こんな法則あったっけなぁ……?