【書籍二巻発売記念】あふれるほどの贈り物を
時系列は二章半ば、王子と王女からそれぞれお菓子をもらった直後です。
わたしは先日、第一王女のマルグリット様から、銀細工の小箱に入ったお菓子をもらった。
お菓子は嬉しかったんだけど、箱の方はすごく高価なもので、気軽に受け取りづらくて……返そうとしたら断られてしまった。
「いいのよ。パウダー入れにでもなさって」
言われたわたしはびっくりどころじゃなかった。
こ、このすごく細かい彫り込みがあるスターリングシルバーを……?
すぐ油で汚れるお化粧品入れに……?
「す、隙間にお粉が入り込んだら、黒ずんで、磨いても取れなくなっちゃいますよ……!?」
「でも、わたくしに返されても、そうなる運命よ。ちょうど新しいものがほしかったのよね」
王女様ともなるとこんなの高価なうちにも入らないって……こと?
わたしは箱をぎゅっと抱きしめ、震えながら言う。
「だ、大事にしますので……! この子はわたしが引き取ります……!」
「ええ。宝箱としても使えると思うわ」
それで、わたしはこの子を、宝箱として使おうと決めたのだった。
――何を入れて使おうかな?
◇◇◇
宝箱に一番に入れたのは、ディオール様からもらった婚約指輪だった。
つける機会があんまりないんだけど、大事なものだから、これがぴったりだと思ったのだ。でも、ぽつんと入っているのも寂しいので、何か他のものも入れたい。
みんなに相談してみたけど、ちょうどいいものが見つからなくて悩んでいたら、タイミングよくディオール様とお茶をすることになって……わたしは宝箱を手に取った。
ぱかっと蓋をあけて、ベルベットの打ち布をした台に挟み込んだ、黄金の指輪を見せる。
前にディオール様からもらったものだ。
「……というわけで、まだ一個しか入ってないんですよ。何を入れたらいいと思いますか?」
「……特に何も……そのままでいいんじゃないか?」
素っ気なさすぎて涙が出そう。
そうだった、こういう人だった。
「トリンケットボックスなんて飾りだろう。適当に置いておけばいい。その箱も使い勝手が悪そうだ」
「うぅ……っ! た、確かに、入れようとすると微妙に入らないものが多くってぇ……!」
頻繁に付け外しするジュエリーを入れるにはちょっと大きいけど、本格的に大事なものを詰めるには小さい。
入れようとして入りきらなかった小物たちが、宝箱の隣に雑然と並べてある。
わたしはそのうちのひとつ、香水瓶を指さした。
「クルミさんにもらった香水瓶は入らなかったです。フェリルスさんがくれた魔獣リスの頭蓋骨も、微妙に高さがあって蓋が閉まらなくて」
「もらうんじゃない、そんなもの」
「え、で、でも、フェリルスさんはすっごく珍しい生き物って言ってて……」
「捨てなさい」
「でも見てください、頭の形がコロンとしててかわいいし、大きさも手頃なので、メッキして、ペンダントにしたらよさそうじゃないですか?」
「どこの首狩り族だ。いいから捨てなさい」
ディオール様がすごく辛口なので、わたしもちょっとむっとした。
フェリルスさんはわんちゃんなんだし、大事なものは人それぞれ……ううん、犬それぞれだよねぇ。
「ドクロのアクセサリーって別に普通ですよ……?」
好んでつけてる人もいるくらい普通のファッションだ。
でも、ディオール様は話を聞いて気分が悪くなったのか、胃もたれしたように、食べかけのフォークを置いた。
「本当にやめてくれ……昔聞いた、頭蓋骨にゴールドメッキを張って酒の盃にする首狩り族を思い出す」
うひゃあ、こわぁ……
想像しただけでもう怖い。
「非常に好戦的で獰猛な部族らしくてな。言葉は通じるが理屈が通じないというんだ。奇妙な剃り上げ頭と、特徴的な片刃剣を見たら逃げろと言われていた。君も気をつけるといい」
迫真の表情でそう言われ、わたしは震え上がった。
「わ、わわわ分かりました……もしも将来戦場で剣士と戦うことになったらそうします……!」
「ないとは思うが」
さらに淡々と無表情で言われ、わたしはスンッと冷静になった。
「それもそうですね」
よく考えたらそんなシチュエーション絶対に来ない。でもディオール様に言われると、なんかすごくありそうに思えちゃうんだよね。
この冷たそうな顔が悪いのかな。カッコいいけど悪いお顔だ。
とにかく、ディオール様のトラウマを刺激するつもりはなかったので、わたしはペンダント化計画を見送ることにした。フェリルスさんの首輪につけてあげるのもやめとこっと。
そうすると、何を入れたらいいのかますます分かんないなぁ。
「ディオール様は宝箱って持ってないんですか?」
すごく前に、何かコレクションしてるって言ってたような気がする。なんだったかは忘れた。
「箱……は……あるといえばあるが……」
ディオール様が首を傾げる。
「ギャラリー」
「え?」
わたしの頭の中に、貴重な絵画や装飾写本、刀剣、アンティークジュエリーなんかがずらっと並んだ、お屋敷のお部屋が浮かぶ。
「ギャラリーにショーケースがある」
わたしはびっくりしすぎて、何も言えなかった。
さ、さすがお貴族様……!
「私の占有ではない。家族と共同で置いている」
「す、すごそうですねぇ……! どんなの置いてるんですか?」
「私の場合は、レガシー化した古い魔道具なんかだが、父母は魔獣の標本や……」
ディオール様はなぜか途中で嫌そうな顔をして、説明を中断してしまった。
「……まあ、そのうち見にくるといい」
「わぁ、行きたいです!」
錬金術師の大きなお屋敷に置いてある家宝、すごく気になる。
見たことない美術品とかもあったりして?
「ただ……」
ディオール様はなぜか浮かない顔をしている。
「うちの家族がいないときにな」
本当に嫌そうだったので、わたしは反応に困ってしまった。
「もしかして、すごく仲が悪かったり……?」
「険悪という訳ではないが」
冷たくて怖い、悪いお顔でディオール様が憎々しげに言う。
「恥さらしなので君に見せたくない」
「えええっ……???」
「なんというか……常識外れなんだ。母も、祖母も……」
「つまり……どういう?」
「……そのうちな。見れば分かる……」
「お、教えてくださいよぉ……!」
わたしは気になりすぎて、もっと深く突っ込もうと、いろいろ質問してみたけど、ディオール様は頑なに口を割らなかった。
本当に嫌みたい。なんなんだろう?
アゾット家の皆さんからはオーダーがあったので、少し知ってるけど、直接会ったことはない。でも、そんなに変な人たちって噂は聞いてないし、母や姉も何も言ってなかったんだよなぁ。
考え事をしていたら、ディオール様がリス魔獣の頭蓋骨を退けて、後ろに隠れていた物を引っ張り出した。
「これは?」
きれいな陶器でできた、鳥のミニチュアだ。爽やかな水色で絵付けがしてある。
「可愛いですよね? 小鳥さんですよ! お菓子の家の屋根に鳥の巣があって、そこにちょんって乗ってたんです!」
「お菓子の家?」
「アルベルト殿下が前にくれて、それで」
ディオール様は基本的にいつも機嫌が悪い。虫歯が痛いのかなって思ってたけど、違うみたい。そういう人なのだ。
でも、ディオール様はこの日一番といってもいいぐらい、深く眉間にしわを寄せた。
「捨てろ」
「えっ……」
「いいから捨てろ」
魔獣リスの頭蓋骨に難色を示してたときよりも刺々しい。
「ええ!? いやです!! こんなにキレイなのに! なんですか、鳥狩り族もいるっていうんですか!?」
「なんだそれは。いいか、第一王子から安易に物をもらうな」
「うっ……で、でも、本体はお菓子ですし、これはおまけみたいなもので」
ディオール様は全然聞いてなかった。
勝手に取り上げようと、鳥に向かって手を伸ばしたので、わたしは急いで掴んで、後ろ手に隠した。
「貸せ。捨ててやる」
「や、やですぅぅ!! ど、どうしてそんな意地悪言うんですかぁ……!?」
「とにかく捨てろ。呪われるぞ」
呪いのアイテム扱い! そんなに嫌うことある……?
「で、殿下はそんなことしないと思いますけどぉ……」
わたしの抗議が気に障ったのか、ディオール様は目をとがらせてわたしを見た。
「そうか、君はそんなに殿下が気に入ったのか。なら、私が呪ってやろうか」
いよいよ訳のわからなさが強まってきた。
の、呪い? 呪いって何?
陶器の小鳥さん一個で大げさすぎない?
ディオール様、ムキになった子どもみたい。
「そんっっっなに、嫌なんですか?」
「嫌だ。……と言ったら、渡す気になるのか?」
ならないので、わたしは食い下がる。
「あの、どうしてか聞いても……?」
ディオール様がアルベルト王子を毛嫌いしてることは知ってる。
でも、理由までははっきりしない。王子様に限った話じゃないけど、ディオール様、だいたいのことはいつも突然指図して、理由の説明なんてしないで「いいからやれ」って言う。わたしはよく分からないまんま、言われた通りにしてるんだよね。
「あいつには借りがあるんだ」
借り? 借りって、お金を借りることだよね?
「じゃあいい人なのでは?」
「……」
ディオール様はなぜか黙ってしまった。
必死に顔色を窺っているわたしを白い目で見たかと思いきや、不自然ににっこりする。
なんだろう、カッコいいはずなのに何かちょっとヤな雰囲気を感じるのは、わざとらしすぎるせいかなぁ。
「君の婚約者は私だろう。他の男からの贈り物を宝箱にしまい込むのはどうなんだ」
そ、それも正論……!
でも、そっちが本音じゃないよね。正面から奪い取れそうにないから角度を変えてきた、って感じ。
「別に、特別な意味とかはないんです。ただ、小鳥さんがすごく可愛かったから……」
「そんなに鳥がいいのなら作らせてもいいが」
「そういうことでもなくてぇ……」
わたしは小鳥さんを手のひらにぎゅっと握り込む。
「作った人だって、こんなにキレイにできたものを捨てられたらすごく悲しいと思うんです……」
だからわたしは、この子も引き取ろうと思ったんだよ。
「手づくりで一個一個……誰かに大事にしてもらえたらいいな、喜んでくれるかなって思いながら作ったと思うんです」
それなのに、勝手に呪いのアイテムだなんて言うのはあんまりじゃない?
「私はうれしかったですし、大事にしたいって思いました」
絶対に捨てられたくなかったので、わたしは必死だった。
「それでもダメですか?」
断固戦う意思を見せているわたしに気づいたのか、ディオール様はお手上げだとでも言うように、ため息をついた。
「分かった。捨てろなんて言って悪かった。持っていてもいい」
謝ってもらっちゃった。
戦う気満々だったわたしには拍子抜けだ。
とにかく、お許しが出てよかったけどね。
「ただ、殿下からの贈り物だということに深い意味はないんだな?」
「ないです。わたしは鳥さんが好きになっただけなので」
「……じゃあいいか」
ディオール様は独り言みたいに呟いてから、わたしに向かって皮肉っぽく言う。
「君が日に日にあの煮ても焼いても食えない性悪に絆されてるようだから少し心配していた」
そんなに悪い人だっけ……?
と思ったけど、突っ込んで聞いたらまた機嫌を悪くしそうなので、ヘラヘラしておくことにする。
「へへ……ありがとうございます」
これで、小鳥の居場所は宝箱に決まった。
とはいえ、宝箱はまだまだスペースががら空きだ。
「次は何を入れたらいいと思いますか?」
うちは魔道具店なので、貴重品はたくさんあるといえばある。
でも、わたしにとって思い出深い品は、自作したものばかりだ。
「初めて作った魔石とか、レースとか……たくさん取っておいてあるんですけど、全部は入らないし、どれかひとつに決めようと思うと難しくってぇ……」
ディオール様がよく分かっていない様子で言う。
「どれも気に入らないなら、また新しく買えばいいだろう。適当に見繕ってやろうか」
「そういうことでもないんですよねぇ……!」
思い入れのあるものをしまっておきたいんだけどなぁ。
わたしが何に悩んでいるかは全然伝わってないみたいで、ディオール様が解せぬ様子で首を傾げる。
「何が違う? 私としても、これ以上変なやつから変な物をもらってこられても困る。とにかくたくさん買い与えて、何も入らないようにしておくのは現実的な解決策だろう」
「なんかそれもう、『拾い食いするわんちゃん』ですね……」
わたしが渋い顔をすると、ディオール様はちょっと吹き出した。
「言われてみればそうだな。フェリルスも、放っておくと厨房の食料を食い尽くすから、大量の肉を与えているんだ。一度など、骨付きのモモ肉を投げてやったら、丸呑みしようとして喉につっかえて、しばらくもがいていた」
「か、かわいそう……」
「あれは面白かった」
満足そうなディオール様。
フェリルスさん、精霊だから死にはしないんだろうけど……ヒャンヒャン鳴いているフェリルスさんを見てウケているディオール様、すごく目に浮かぶ。
ちょっとサディスティックなところがあるディオール様にとっては愉快な思い出なのか、薄く笑いつつわたしを見た。
「君も似たようなものだな。何でも丸呑みしようとするから危ない」
意地悪を言われて、面白くないわたしの顔が面白いのか、ディオール様はすっかり機嫌が直ったみたいだった。
眉間のシワもなくなり、険の取れた顔で、淡々と言う。
「週末は買い物にでも行くか」
「えぇ……いいですよぉ……」
「いいから来なさい」
有無を言わさぬディオール様。
「宝石箱から溢れるほどやれば、拾い食いもしなくなるだろう」
「もらわなくてもしませんけどぉ……!」
◇◇◇
結局わたしは面白がっているディオール様に連れ出されて、ラピスラズリの粉末が入った綺麗なインク壺とか、ローズクォーツが嵌まった銀の指貫とか……
それはもうなんだかんだと買ってもらって、無事に宝箱からはみ出してしまい……
「どうせだから飾り棚でも買うか」
まさかのプレゼントに、収納スペースが無限に増えたのだった。
……何を入れたらいいのか分からなくなったわたしは、とりあえず自分が戸棚の中に入ってみた。
「お、大きいなぁ……」
何かの遊びだと勘違いしたフェリルスさんも潜り込んできたけど、余裕で収まる。
「いいな、リゼ! かくれんぼにぴったりじゃないか! 敵が襲ってきても安心だ! リゼはここに隠れていればいい!」
わたしは無邪気なフェリルスさんの頭を撫でつつ、しょっぱい思いで返事をする。
「首狩り族が来たらそうします……」
たいへんご無沙汰しております。
明日から五章を再開いたします。
また、書籍二巻本日発売日です。
書籍の詳細、特典情報等は活動報告にまとめております。