【番外編】お菓子の日のリゼとディオール
コミカライズ二巻発売記念SS
時系列的にはWEB版六章あたり(だいぶ先)
※まだ四章までしか投稿していません
20240226 おまけ追加
年に一度、お世話になった人にお菓子を配る日、パンケーキ・デイ。
その発祥は、長期にわたる肉食禁止の前に、卵と牛乳を残らず使い切るパンケーキ祭りだと言われている。
そのうち肉食禁止のルールが廃れていって、お祭りだけが残った。
なので今日は、チョコレートとか、マシュマロとか、ケーキとか、とにかく好きなお菓子を食べる日だ。
最近は、『お世話になったあの人にお菓子を贈りましょう』なんてルールも追加されて、みんなでお菓子を交換しあうのが流行っている。
もちろん、昔ながらのパンケーキ・デイをやる人もいる。
でもわたしは、今年はディオール様に何かを作ってあげたいと思った。
◇◇◇
わたしはこの日に備えて、彫刻の練習をしていた。丹念なスケッチから始まり、立体の感覚を掴んでから、いざ本番。
大きな円筒に成型したホワイトチョコレートに、少しずつノミを入れていく。
「……できたぁ!」
なかなかうまくできてしまった……!
わたしは仕上がりに大満足だった。
いそいそと箱に詰め、綺麗にラッピングしたら、あとは渡すだけ。
浮かれた足取りで、ディオール様のお部屋を訪ねた。
「ディオールさま、今日は何の日だか知ってますか?」
「知っているが、まだティータイムには早いだろう。さっき朝食を食べたばかりじゃないか」
現在朝の十時。
「三時すぎには出てくるだろう。もう少し待ちなさい」
ごく当然のように言うので、わたしはびっくりしてしまった。
「用意してくれてた……ってことですか!?」
驚き顔のわたしに、ディオール様が眉をひそめる。
「いらなかったのか?」
「い、いえ! いります! すごーくほしいです!」
「だろうと思った」
冷ややかに言われてしまったものの、わたしはうれしくて、それどころじゃなかった。
わー、どんなお菓子を用意してくれたんだろう?
きっとすごくおしゃれで美味しいやつだよね!
おうちで出てくるものは何でもおいしいけど、お菓子は格別だ。
「フェリルスに見つかる前に食べるんだぞ」
「わたしの分まで取ったりしませんよぉ……」
「どうだか」
いくらフェリルスさんでもそこまで食いしん坊じゃないはず……
とは言い切れないのが辛い。
「あの、実はですね、わたしもお菓子を用意してきたんです!」
箱をばばんと机に置くと、控えていたピエールくんが目をきらっとさせた。
「ではコーヒーの用意をしてまいりますね」
といって、そそくさと退場してしまった。
わたしが止める間もなかった。
い、今すぐじゃなくてよかったんだけどなぁ。
さっき朝食を食べたばかりだとわたしを叱りつけたディオール様は、案の定、すごく冷たい目でわたしを見た。
「気持ちだけありがたくもらっておく」
「ううっ……品物ももらってくださぁい……っ!」
「私はいいから、君とフェリルスで分け合うといい」
ディオール様、いつもそれ。
でも今日ばかりは受け取ってほしかった。
「ディオール様、甘い物は好きじゃないって言うじゃないですか」
そう、何を持っていっても、「あんまり」「さほど」って言われている。
わたしもいい加減に学習しました。
「なので今回は……チョコレートを用意しました!」
「甘い物だが?」
ディオール様、顔が怖い。
わたしはちょっと怯みつつ、説明を試みる。
「違うんです。これには深いわけがあって」
「……」
怖い顔が少しゆるんだ。
「チョコレートじゃないとダメなんです」
「……つまり、どういうことだ?」
興味を引くことに成功したみたいだ。
ディオール様がわたしをじっと見ている。
「これはですね……食べなくていいやつなんですよ!」
画期的だと思って紹介しているわたしに、ディオール様は急に興味をなくしたみたいだった。
「そうか……」
ディオール様が元気のない調子でつぶやく。さっきまでの怖い顔もどこかに行ってしまって、心なしか悲しそう。
「君がそんな手の込んだ嫌がらせをしてくるとはな」
「え!? ち、違いますよぉ……!」
「なら何だ。甘い物が嫌いな私に、わざとチョコレートを用意して、食べなくていいと、今君が言ったんだが……」
ディオール様が、ひとことひとこと区切りながら言った。
しかも自分で言っていて悲しくなったのか、どんどん声が小さくなっていった。
そんなつもりは毛頭なかったわたしは、冷や汗が出てきた。
「えーっと、えーっと……」
わたしはあんまり説明がうまくない。
お話するよりぱぱっと見せた方が早いかな?
「とにかく、開けてください!」
箱をずいと押しつけて、頭を下げる。
ディオール様は気乗りしない顔で、ぱらりと包装用のリボンを解いた。
緩衝材の綿と紙にくるまれて、真っ白いチョコが入っている。
筒状のそれを手に取って、ディオール様が感心したような声をあげた。
「……フェリルスか」
そう、これがわたしの答え!
フェリルスさんそっくりの彫刻を、チョコレートで作ってみました!
「なかなかよくできている」
褒めてもらって、わたしはついへらへらしてしまった。
毛の一本一本にこだわった力作だよ!
「これは飾っておく用のチョコレートです! 机の上に置いてかわいがってあげてください!」
これならディオール様も無理して甘い物食べなくていいし、わたしも日頃の感謝を込めていろいろ手を加えられるし、いいとこどりだよね!
「そういうことか」
悲しそうだったディオール様も、ようやくちょっとだけ笑ってくれた。
誤解が解けたみたい。
そのときちょうど、ピエールくんがワゴンを押しながら戻ってきた。
「あっちに行っててください! 今日は何もありませんから!」
「うそだ! うその匂いがするぞっ! 魔狼の鼻はごまかせんのだっ! ご主人はこれからっ! うまいものを食べる気でいるに違いないっ!!」
あとに続いて入ってきたのは、フェリルスさんだった。
「ご主人! 今日はっ! お菓子の日だっ!! ご主人の苦手なものは! 俺が食べるぞーっ!」
たったか上機嫌にかけてきて、フェリルスさんはディオール様のひざに飛びついた。
「お!? リゼじゃないか! その見事な彫刻! なかなかの仕事だ! 褒めてやろうっ!!」
「はは~~~~~」
「だがしかぁぁぁしっ! 甘いな、チョコレートより甘い! ご主人はっ! 甘い物はちょっとしか食わんのだ!」
「あ、ちょっとは食べるんですね」
それは知らなかったなぁ。
でもそいういえば、嫌だ嫌いだっていいながら、けっこう食べている姿を見る。
ディオール様は相変わらずよく分からない。
「だが案ずるなっ! 残りは俺が美味しく食べてやる!」
「やらんぞ」
フェリルスさんは尻尾の先までぶわりと膨らませて、ディオール様にバウッと吠えた。
「なぁぁぁぁ!? なぜだ、ご主人!? いつもくれるじゃないか! そうだいつもくれていた!」
「これはダメだ。いいから外で遊んでいろ」
「そ、そんな……!」
しょぼくれてしまったフェリルスさんから、わたしはさっと目を逸らした。
今日は一個しか用意してないんだよね……
フェリルスさんにもお世話になってるんだし、何か持ってくればよかったかも?
でも、彫刻の練習で忙しくて、それどころじゃなかったんだよねぇ。
「フェリルスさん、これは食べてもおいしくないやつですよ。飾っておくチョコなんです」
わたしはとにかくなだめようと思って、そう言った。
「それに、このチョコをみんなで分け合ったら、フェリルスさんがバラバラ惨殺死体になっちゃいますよ」
「な、なんだとーっ!?」
フェリルスさんはぶるぶる全身を震わせる。
「このあと、三時にケーキがあるそうですから、それまで待ちましょう?」
「そ、そうか。それなら――」
「お前の分はないぞ」
ディオール様が冷たく言ったので、フェリルスさんはキャインと悲しい鳴き声を出した。
「ど、どうしてだ、ご主人……? 俺は……俺は、いらない子になってしまったのか……!?」
「そうじゃない。とにかく今日は大人しくしていろ。厨房から肉でももらってこい」
いつになく辛辣だ。ディオール様、どうしちゃったんだろう。
フェリルスさんには何でもあげてたと思うんだけどなぁ。
「ほら、行け。私の命令が聞けないのか」
フェリルスさんはとぼとぼと……本当に悲しそうにとぼとぼと扉のところまでいって、ちらりとディオール様を振り返った。捨てられた子犬みたいな目つきだ。ちょっとかわいそう……
「ほらほら、さっさとどいてください!」
ピエールくんがしっしっと追い出して、ドアはぱたんと無情に閉じられた。
ふう、とものすごく満足げな顔でひと息つくピエールくん。
わたしの視線に気づくと、にっこりした。
「リゼ様はご存じないかもしれませんので、僭越ながら僕がご説明をいたしますね。実は、この日には、恋人同士でチョコレートを贈り合う習慣というのもあるのでございます」
「へえ、そうなんですね。初めて聞きました」
わたしが何気なく相づちを打つと、なぜかディオール様がちょっとだけ反応した。
「チョコレートが非常に高価で、庶民の手にはとても届かなかった時代から続く、貴族の余興でございます。リゼ様がご存じないのも当然かと」
「そうだったんですか。昔は高かったんですねぇ」
今はけっこう、どこでも手に入る。でも確かに、今でも高級なチョコは目が飛び出るような値段するかも。
「――ということのようでございます。ご主人様」
ディオール様はわたしが作ったフェリルスチョコを軽く手で弄んでから、急に興味をなくしたように、こつんと机に置いた。
「……そういうことか」
どういうこと?
よく分かっていないわたしに、ディオール様が淡々と言う。
「どちらにしろ、いい出来だな。惚れ惚れするよ。しばらく飾らせてもらおう」
「……! はい!」
彫刻を褒めてもらって、お菓子も喜んでもらって。
わたしはとってもうまくいったなって思ったのだった。
◇◇◇
そして午後の三時。
ピエールくんが運んできたティーセットに、わたしは目を留めた。
「チョコレートケーキだぁ~!」
「というわけで、フェリルスの分はない――とご主人様がおっしゃっていたのでございます」
ピエールくんの言葉に、わたしは首を傾げる。
どういうわけだろう?
あ、そうか!
「わたしも、ディオール様から日頃お世話になってるって思われてたんですね!」
「……」
当たっていたみたいで、ピエールくんはにこにこしていた。
わたしなんて、そんなに役に立ってないと思うけどなぁ。
えへへ、でもうれしいな。
「ありがたくいただきますねぇ!」
わたしはディオール様からの感謝の気持ちを噛みしめながら、チョコレートケーキを満喫したのだった。
◇◇◇
おまけ
「リゼ……お前に『もっとも愛されしペット』の称号は譲ってやる……もう俺にはふさわしくないからな……」
フェリルスさんがすっかりしょげている。
こんなに弱気なフェリルスさんは初めて見た。
しっぽとお耳を垂らしてクフンクフン鳴いているわんちゃんは、落ち込んでいる当人(犬)には本当に申し訳ないけれど、ぎゅっとしたくなる可愛さだった。
とはいえ、こないだのディオール様は冷たかったよね。
うーん、ちょっと励ましてあげよ。
「フェリルスさん、ディオール様の机の上はチェックしましたか?」
「お前のチョコが載っているんだろう? 見ていないぞ。見ても面白くないからな!」
つーん、とお鼻をそむけるフェリルスさんも、真剣に怒っている当人(犬)にはとても聞かせられないんだけど、わしゃわしゃしたくなる可愛さだった。
「じゃあ、よーっくフェリルスさんのチョコレートを見てみてください。するとあることに気がつくはずです」
「?」
フェリルスさんがぱたりと尻尾をうごかした。これは興味があるってサインだ。
「フェリルスさんの頭のてっぺんと、お鼻の先っぽは、ちょっと溶けてるんです。つまり!」
わたしはフェリルスさんのお鼻をつんっと突っついた。
「ディオール様はこうやって、チョコのフェリルスさんを愛で愛でしているんですよ!」
手の熱と摩擦でちょっとずつ溶けちゃってるんだよね。
「フェリルスさんがとっても可愛いからですね!」
「な、なにぃーっ!?」
フェリルスさんはぱあっとなった。尻尾がぶんぶん揺れる。
「そうだったのか! やはり俺はご主人の最愛ペット!! 忠実で賢い魔狼というわけだな!!」
しゃっきり復活したフェリルスさんは、どう見ても単純お馬鹿だった。
「そうですそうです! チョコよりフェリルスさんを撫でてあげたいはずです!」
「それならそうと早く言えばいいのだ! よぉぉぉっし! 待っててくれ、ご主人!」
フェリルスさんはびゅんっとわたしのお部屋を飛び出していった。
撫でてくれってお願いしにいったんだろうなぁ。
よかった、よかった。