【一巻発売記念SS】リゼがおやつを奢ろうとしたらディオールが撃沈した話
時系列としては四章あたり
一巻よりリゼは活発度が高め
ディオールはデレ度が高め
「わたしの夢だったんですよねぇ」
自分のお店を持つことも、わたしの夢だった。
でも、もうひとつ夢見ていたことがある。噛んでも噛んでも噛みちぎれないカチカチの黒いパン――ふすまの部分に栄養があるんだから好き嫌いせずに食べなさい、とお母様から叱られていたあのパンを食べながら、いつも思っていたこと。
バターとかあればおいしく食べられるのになぁ。カリカリに焼いた香ばしいパンにとろけるバター、絶対おいしい。
ジャムがついていたら素敵なのになぁ。果肉がちょっと残ってるあらごしの甘酸っぱいいちごジャムなんか、あればあるだけ食べられる。
あつあつのスープがあればなぁ。野菜がいっぱい入っていて、豚脂がちょっと入ってると身体もあったまる。
ハムがあればなぁ。チーズがあれば、レタスがあれば……
「『おいしいものを好きなだけ食べられますように』って」
そう。お店を持って、たくさんお金を稼いで、そのお金でお肉を食べる!
本当に、お店が持ててよかったなぁ。
わたしが幸せを噛み締めながらおやつをもっしゃもっしゃと食べていると、ディオール様はいつものように冷たい目を向けてきた。
「それは?」
「おやつ! です!」
わたしが小さな干し魚入りの小鉢を自慢げに掲げると、ディオール様はもっと冷たい顔つきになった。
「この干からびた小魚がか?」
「煮干しです! 美味しいですよ!」
わたしはバリバリ食べながら、ハッとした。
もしかして、ひとりで食べてたから呆れられてる?
お小遣いで買ってきたので、なんとなく全部自分のもののような気がしていた。でも、いつもディオール様におやつをもらっているんだから、こういうときくらい分けてあげるべきじゃない?
当たり前のことを忘れていた。ディオール様だって食べたいに違いない。
「よかったら、おひとつどうですか?」
わたしが小鉢をそっと差し出すと、ディオール様は無表情に目を瞬かせた。手を伸ばすことなく、じっと不思議そうに見つめている。
わたしがすごい勢いで食べているから、遠慮しているのかな?
「どうぞ! わたしの分は気にしないでください! また買ってくるので!」
ディオール様はフッとよく分からない笑みを見せた。
「魚は栄養価が高いからな。私はいいから食べなさい」
断られて、わたしはしょんぼりしつつ、やっぱり、と思った。遠慮させてしまったみたい。
ディオール様っていつもそう。食べ物があると全部わたしにくれる。ディオール様だって食べたいはずなのに分けてくれるなんて、人がよすぎると思う。
わたしもおいしいものを人に分けてあげられる、心の広い人間になりたいなぁと、ディオール様の聖人みたいな振る舞いを見て、ちょっとだけ憧れたのだった。
◇◇◇
前に、ディオール様に好きな食べ物を聞いてみたことがある。
そしたら『なんでも食べる』と言って、話がすぐに終わっちゃった。
何でもかぁ~~~。
ディオール様のおうちで出てくるごはんはどれも超一流だから、きっと普通の食べ物をもらっても嬉しくないよね。
めずらしくておいしい食べ物があったら分けてあげよう、と、お昼ご飯を市場の屋台で探すついでに、ずっと考えていた。
そして――
「前に何でも食べるって言ってましたが」
わたしは舟形の包み紙に入った食べ物を、ディオール様の前に持ってきた。
「言いはしたが……」
ディオール様もこの食べ物は知らないだろう、と思っていた通り、わずかに眉間にしわを寄せる。
ディオール様がしかめっ面をしていると、怒られてるみたいで、わたしはずっと苦手だった。
でも最近は別にそんなことなさそうだなって分かってきたので、あんまり怖くない。
「……この丸い団子は?」
「たこ焼き! です!」
「名前ではなく、材料と製法を聞いている」
「えーっと……タコの足をぶつ切りにして、水溶き小麦粉の生地でくるんだ食べ物です! おいしいですよ!」
わたしは小さな木製のピックを差し出した。
「こうやって食べるんですよ」
自分のピックで突き刺して、あつあつの丸いたこ焼きを頬張る。外はカリッと焼き上がり、中はトロッとした生地に、ちょっとだけ舌を火傷しそうになりながら、はふはふして食べた。
「どうぞ! 食べてください!」
これは絶対ディオール様が食べてもおいしいやつ!
わたしが自信満々に差し出すと、ディオール様は面倒くさそうにピックをつまんだ。
拾い上げたたこ焼きを、わたしの口元に運ぶ。
え? 食べないのかな?
驚いているうちに、とろとろの生地が今にもピックから垂れ落ちてしまいそうになっていたので、わたしは慌てて食いついた。
あっつ! おいしい!
独特の香ばしいソースと生地の絡みに、タコのコリコリした食感がアクセントになって、んー、至福のお味!
「君が食べるといい」
ディオール様はそう言って、もうひとつわたしに差し出した。
あつ! おいしい! あつ!
わたしに全部食べさせるつもりなのか、ディオール様がもう一個差し出してくる。
慌ててもう一個を食べ、飲み下してから、わたしは容器を自分の胸に引き寄せた。
ディオール様に食べてもらおうと思って買ってきたのに、ひとりでうまうまと独占してたらたこ焼きにも申し訳ない。こんなにおいしい食べ物なのに食べてもらえないなんてたこ焼きだって泣いちゃうよねぇ。
「ディオール様も食べてください」
わたしがピックに突き刺したたこ焼きを持っていくと、ディオール様は目を丸くした。
「落ちちゃうのではやく!」
とろとろにとろけるたこ焼き。ああ、もうダメかも……!
そこでようやくディオール様がぱくりと口にした。
食べながら、なんだか険しい顔をしている。
「あっ、熱すぎました? 慣れるとこのあっつあつが美味しいんですよねぇ」
ディオール様は嫌そうな顔でたこ焼きを食べきった。
いつものことながら、どんな食べ物もあんまりおいしくなさそうに食べるので、わたしはちょっと不安になってきた。
「……美味しくなかったですか?」
ディオール様は困ったように目線をさまよわせ、短く言う。
「いや……」
その「いや」は、何の「いや」なんだろう? 美味しくなかった? それとも美味しかった? どっち?
判断に困って、わたしは恐る恐る聞いてみる。
「もう一個、どうですか?」
ディオール様はものすごく悩んだ風に沈黙してから、ようやく口を開く。
「……もらおうか」
あ、やっぱり美味しかったんだ!
わたしは嬉しくなって、たこ焼きをディオール様の口元に運んであげた。
再びものすごくマズそうに食べきるディオール様。でもたぶん、まんざらじゃないと思う。何となく分かってきた。
「おいしいですよねぇ!」
わたしがウキウキで同意を求めると、ディオール様はなんだか気まずそうにギクリとした。
「……いや」
「えっ、美味しくなかったんですか?」
「そうじゃない」
わたしは訳が分からなくなって、ぽかんとしてしまった。
じゃあ何だろう?
あ、美味しくなかったけど、美味しくないって言いづらかったとか?
うわあ、気を遣わせてしまった……!
「美味しくないなら、無理に食べなくても……じゃあ、残りはわたしが食べますね」
「いや」
三回目の「いや」を発したディオール様。
わたしがもうどうしたらいいのか分からなくなってぽかーんと顔を見つめていたら、ディオール様もなんだか困ったようにしていた。
困り顔の人間がふたり。どうしよう、これ?
わたしのせいだよね、たぶん。おいしいもの食べてほしかっただけなのに、またやらかしてしまったっぽい。
ここはごめんなさいってしておこうかなぁ、などとわたしが考え始めたとき。
「……いきなり食べさせられて、味が分からなかったと言えばいいのか……だから、まあ、なんだ。もうひとつ味わってみないと何とも言えん」
ようやく感想をくれたディオール様は、照れ隠しみたいに、ちょっともごもごしていた。
「あ、そうですよね。自分のペースで食べたいですよね。どうぞ」
わたしが容器ごとディオール様に差し出しても、ディオール様は受け取らない。
「いや、自分から進んで食べたい、という訳でもないんだが……」
また難解なことを言い出したディオール様は、わたしが宇宙に飛ばされた猫の顔をしているのに気づいて、ぼそぼそともう一言付け足す。
「……君が食べろと言うのなら食べないこともない」
わたしはそれでようやく分かった気がした。
そっか、美味しいって素直に言いにくかったのかな。ディオール様、大貴族だもんね。庶民の食べ物で喜ぶのは恥ずかしいのかも?
「じゃあもうひとつ! はいどうぞ!」
わたしが満面の笑みで差し出すと、ディオール様は、ばつが悪そうにしながらも、しっかり食べてくれた。
「どうですか?」
ディオール様の視線がチラリとたこ焼きに向く。あと一個残ってるから、もうひとつ食べてもらえばちょうど四つずつ。
「どうぞ! これで半分こ! です!」
四回目ともなると、わたしが差し出したたこ焼きを、ディオール様はひな鳥みたいに大人しく食べてくれた。
口の中をやけどしちゃったのか、口元を手で覆って何かに耐えるように固まってしまっているディオール様は、本人には絶対言えないけど、ちょっと可愛かった。言ったら怒られそうだから秘密にしとこう。
わたしの立てたディオール様に食べ物をおごる作戦は、こうして大成功に終わったのだった。
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