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15 お姉様に呼び出しを食らう


「……いや、すまない」


 いつもの無表情からは考えられないような、別人みたいにさわやかな笑顔で、公爵さまはわたしに向かって口を開く。


「今日はめかし込んでいるんだな。見違えたよ。とても綺麗だ」


 ……え? と、わたしは言葉に詰まった。


 さっきの笑いっぷりは、綺麗な女の子を前にしたときのそれではなかったよね?


 変な動物がいっちょまえにドレスを着て人間の真似をしてるのがツボに入った、くらいの勢いがあったよね……?


 でも、公爵さまの笑顔はとてもさわやかで、嘘をついているようには見えない。


 心細くなって、思わず後ろに控えているクルミさんを振り返ると、彼女はすかさず近寄ってきて耳打ちしてくれた。


「どうやらたいへんにお気に召したご様子」

「ほ、本当ですか? ちんくしゃの庶民がドレスなんか着てって嘲笑されてませんか?」

「ご主人様は思ったことをはっきりおっしゃいますから、もしそうお感じになっていたらズバリ言っていたかと」

「うぇ……」

「自信をお持ちください。ご主人様がお世辞にも女性をほめたことなど有史以来一度もありません」

「千年に一度かぁ……」

「ご主人様の好きなタイプは『珍獣』です」

「それ全然褒めてなくないですか!?」


 ちょっと声が大きくなってしまったわたしに、食事をしていた公爵さまが注意を向ける。


「な、何でもありません……」

「褒めたつもりだったが」

「聞こえてましたか」

「『珍獣』というと語弊があるが、レア種族は好きだな。フェリルスのような」

「わたしはヒューマンなのですが」

「だが風変わりな魔道具師だ。私はなんでもレアなものが好きなんだよ。コレクションしたくなる」

「コレクター気質なんですね……」

「そうとも」


 公爵さまは微笑みを大盤振る舞いしてくれた。


 ……笑顔だと、怖い印象が取れて、整った顔立ちをゆっくり見る心の余裕も生まれてくる。


 わたしは職業柄、『巨匠の誰それさんの彫刻みたいに』、と指定を受けることがあるので絵画や彫像についてもそこそこ知っているんだけど、公爵さまの見た目はそれに近い。人間というより、名匠の作った美術品みたいな造形をしている。


 今度美男子のカメオを作れと言われたときの参考に、よくシルエットを焼きつけておこうっと。


「それに、君は魔道具師でなくても面白い。公爵になってからあちこちの夜会に呼ばれたが、こんなに食べるドレスの女は初めて見た」

「あ、これ、クルミさんがおなかを締め付けるといっぱい食べられないからって、ゆったりしたデザインのにしてくれたんですよ! すごく楽で最高です!」


 公爵さまは笑い方に変な癖までつけて、発作のように身体を震わせていた。


「……っそうそう、食事は君の大事な仕事だからな。怠らないように気をつけるんだよ……っ」


 後半、笑ってしまっていて何を言ってるのか分からなかった。


***


 公爵さまは神出鬼没で、いつも突然にめちゃくちゃなことを言う。


「午後は王宮に行くぞ。支度しろ」


 突然言われたのは、おひるごはんのときだった。


「なんでまた王宮に?」


 食べるスピードはまったく落とさずに聞く。


 今日は三十種類のハーブと野菜を煮込んだポタージュスープと、柔らかい白パンだった。


 公爵さまの家の白パンは砂糖でできてるのかと思うほど甘くてもっちりしていておいしい。スープもおいしくて涙が出る。


「アルベルト第一王子直々の呼び出しだ」


 姉の婚約者のことだ。


「お友達なのですか?」

「いや、まったく。おそらく本命は君だろう」

「わ……わたし?」

「君同伴で来いとの命令だ。おそらく君の姉も来るんじゃないか」


 わたしは瞬時にして震えあがった。


 お姉様、絶対怒ってるよね……


 なぜ家に帰ってこないのかと言って怒り狂う姿が目に浮かぶようだ。


 でも、帰ったら帰ったで折檻されるから、どっちに転んでも嫌だなぁ。


 うつむいていたら、公爵さまがそっとわたしの頭に触った。


「分かっていると思うが、君は私の婚約者だ。先方から何か要求されたときは、勝手に請け負ったりせず、すべて私の許可を取るように」

「は……はい」

「第一王子やアルテミシア嬢から何を言われようとも、私の許可がなければできないと突っぱねることだ。分かったな?」


 あの怖いお姉様を突っぱねる……


 出来る気がしない。


 わたしはクルミさんにお茶会向きのドレスを着せてもらって、公爵さまと一緒にオープンカー式の馬車に乗り込んだ。


 ……ひとりでよっこらせ、と乗り込んだせいで、公爵さまはまたツボにはまって笑っていたけど。


「こういうときは私の手を借りるものだ。王宮で降りるときは待つんだよ」

「はい……」


 恥ずかしくて縮こまっていたら、公爵さまはくすくす笑いながら付け足してくれた。


「まあ、私も妹の同伴ぐらいしかしたことがないから、失敗するかもしれないが」

「そんなあ」


 転んでドレスを汚しでもしたら、きっと姉は『こんなグズが妹だなんて身内の恥』と怒るに違いない。


「それと、私が君と婚約したのは、君にひと目惚れしたからだ」


 突然何を言い出すのだと思って心臓が止まりそうになっているわたしに、「……と、いうことにしておこう」と公爵さまが平然と続けた。


「アルベルト王子のことは知っているか?」

「ええっと……お姉様によく魔道具を作らせてた人、です」

「そうだな。彼は魔道具に関心が高い。魔道具店の娘である君の姉と婚約をした当初も、周囲は反対の嵐だった」


 そうだったんだ。周囲の反対を押し切って婚約にこぎつけたお姉様って、すごかったんだなぁ。


「そこにきて私と妹の婚約だ。彼は絶対に君にも興味を持つだろう。そうするとどうなるか、想像できるか?」


 もしも王子様がわたしの魔道具に興味を持ったら……


「……お姉様に、殺されるかもしれません」


 わたしにしてみれば当然のオチだったけれど、公爵さまにとっては予想しなかったことだったらしい。


「なんだと? どういうことだ」

「お姉様の魔道具は、わたしが作っていたんです」


 公爵さまは絶句した。


「……殺されます」


 もう一度わたしが確信をもってつぶやくと、公爵さまの金縛りが解けた。


「なら、なおさら婚約の理由は伏せておいた方がいい」

「わたしもそう思います……」

「では、私と君は相思相愛の恋愛結婚、ということで」


 姉への恐怖に背中を押されて、わたしは一も二もなくうなずいた。


 公爵さまはかすかに笑って、わたしの手を取った。


「では、よろしく頼む。私の愛しい婚約者どの」


 ドキリとしたあと、だいぶ遅れて恋人のふりだということに気づく。


 こ、こういうときって、なんて返事をすればいいの? 分からない……全然分からない……!


 公爵さまのクールな表情を見ているうちに、ふと彼のような人が出てくるオペラが最近上演されていたなと思い出した。


 見たことはないけれど、街の雑踏で、何度もがなりたてられる呼び込みの売り文句は、耳にこびりついている。


『さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これより始まりまするは歌と踊りの一大スペクタクル、めくるめくダンスにチャンバラ恋の冒険……主人公はバルバロイ王の娘、醜悪なる老王に嫁がせられる憂き目に遭いますれば、颯爽と恋仲の冬将軍が現れて……』


 こ、これしかない! と覚悟を決め、わたしはやぶれかぶれで口を開く。


「わ……分かりました。わたしの恋の冬将軍様」

「……っっ」


 ちょっとどうかと思うくらい、公爵さまはゲラゲラ笑った。


「あぁ、笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。リゼ、君は本当に面白い」


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