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149 リゼ、変わらぬ日常


 マルグリットが王城の自室に戻ると、侍女のエチケット夫人がささっと出迎えに出てきた。


 すぐにめざとく髪飾りに目をつける。


「殿下、その髪飾りは……」

「お父様がご贔屓になさっている魔道具師さまの新作ですわ!」


 これで多少の服装の乱れは許してもらっていたが、その日は少し違うようだった。


「殿下。近頃の殿下は、お付きの者たちの昼食への参加権をないがしろになさっているとか」

「……魔道具師さまとご一緒しておりますの。お父様にとっても、お兄様にとっても、とても大切な方なのよ。ご理解いただけますわよね?」

「しかし殿下は、下位貴族の娘や、錬金術師ともご懇意になさっているとか」

「――さようでございます! 皆さまとお揃いですのよ! 素敵だと思いませんこと?」


 マルグリットが勢いで押し切ろうとしても、夫人は納得しなかった。


「殿下、どうかお聞き届けくださいますよう。学園で殿下と親しくしている者はいずれ劣らぬ名家のご息女でございます。その方々に序列をつけるようなことはどうかなさいませんように」

「ご心配痛み入りますわ。けれど、これはごく私的なお友達との戯れでございます。序列とは無縁のやりとりですわ」

「殿下、位の低いものを格別のお計らいで遇することこそがもっとも避けなければならない序列の乱れでございます」


 マルグリットはいつも言い返さずにきた。


 でも、今日こそは逆らおうと決めていたのだ。


「――いやしくもわたくしが王女の立場を忘れ、傲慢にもお友達を選別する愚を犯したとして」


 思いのほか荒い語調となったことに、自分自身が一番驚いた。


「陛下が庇護し、着飾らせているというだけの無力な娘が奔放に振る舞ったくらいで傾くほど、わがキャメリアの基盤は脆く弱いと、あなたはそうおっしゃりたいの?」


 エチケット夫人は返す言葉を失った。


 そうだと答えれば、陛下への侮辱となる。


 そんなはずはないと答えさせて、マルグリットは自分の自由を認めさせるつもりだった。


「王女殿下、お気を安らかになさいますよう。わたくしが申し上げたいのは、偉大なる陛下への敬慕を失ってはならないという――」

「わたくしがいつお父様への敬慕を失ったというの?」


 エチケット夫人ははっきりと顔に不快な色を浮かべた。


 生意気な口答えを――そう思っているに違いない。


「たかが髪飾りだわ。政治的な思惑があるわけでも、モードを引っかき回してあなたのご商売・・・・・・・を邪魔しようというのでもない。いったい何がそんなに問題なのですか?」


 侍女長ぐらいにもなると、王女に取り次いでもらうために、さまざまな贈り物を受け取るようになる。


 プレゼントの中にも順位があって、彼女なりに微妙な差異をつけることで私腹を肥やしているのだということくらい、マルグリットはとうに気づいていた。


「あなたがこれ以上鼎の軽重を問うならば、わたくしはことの次第をお父様に泣きついてしまうかもしれなくてよ」


 マルグリットはエチケット夫人に向かってにっこりと笑いかける。


「たかが髪飾り。そうよね? わたくしもたまにはお友達と自由に遊んでみたいの。少しくらいいいでしょう?」


 エチケット夫人はいまいましそうに眉をひそめて、マルグリットに何の返事もせず、さっさと侍女の部屋に引っ込んでしまった。


 ――初めて逆らっちゃった。


 マルグリットは変な気分だった。


 小さなころから叱られてばかりいたせいか、とても怖い相手だと思っていたのに、案外とそうでもない。


 マルグリットは成り行きを困ったように見守っているその他のお召し替え用の侍女たちを顧みず、ドレッサーまで行って、鏡を覗き込んだ。


「ただの髪飾りだわ」


 髪飾りを自由に選んでどんな問題があるというのか。


 あるわけがない。


 マルグリットは急に馬鹿馬鹿しくなって、笑ってしまった。


 これからは好きなように生きよう。そう思ったのだった。


***


 わたしは放課後にお店へ戻った。


 奥にしまい込んでいた制服を取りに来たのだ。


 お姉様に厳しく言われて作った、学園の制服。


 マルグリット様たちから、着ていかない方がいいと言われてた例のあれだ。


 今までは周囲の目を気にして着れなかったそれを、わたしは着てみることにした。


 ぱっと見には、それほど違わない。もしかしたら、大半の人が制服の変化には気づかないかもしれない。


 でも、わたしにとって、この服を着て学園に行くことには、大きな意味があった。


 次の日の朝方、クルミさんに着付けと頭をやってもらい、髪飾りをセットしてもらう。


 馬車に乗り込んで、出発を待つ時間が、わたしにはとても長く感じられた。


 ディオール様がわたしの隣に乗り込むなり、目を丸くする。


「……制服を変えたのか?」


 まさかディオール様に気づいてもらえるとは思ってなかったので、わたしもつられて目を見開いた。


「わ、分かりますか?」

「そりゃあ毎日見て――」


 ディオール様は途中で口をつぐんでしまった。一瞬の間を置いて、また口を開く。


「――顔を合わせているからな、生徒たちと。見事な仕立てなのは見れば分かる」

「そ、そうですか?」

「ぴったりとあつらえてあるんだな、見違えたよ。とても大人びて見える」

「え、えへへへへ……」


 おとなっぽいって言ってもらえるのは、わたしにとって何よりうれしいことだった。


 照れてしまってニヤニヤしているわたしに、ディオール様が手を長く伸ばし――


 金の髪飾りに触れた。


「そういえば、言うのを忘れていたが」


 髪飾りをのぞき込むディオール様の声が予想外に近かったので、わたしはかなりドキリとした。


「私は君がどんな失敗をしようとも、婚約者として恥ずかしいなどと思ったことはない」


 わたしはなんにも答えられなかった。今までにも距離が近いと思ったことは何度もあったけれど、こんなに照れるようなことはなかったと思う。


「それでも私のためにと、苦手な礼法にも挑戦してくれるのが嬉しい。――ありがとう」


 ディオール様が手を離して、前に向き直っても、わたしはしばらくまともに顔を上げられなかった。


 ……このディオール様は、なんだか心臓に悪い。


 オトナっぽいなんて褒められたせいなのかも?


 わたしが言われてうれしいこといっぱい言ってもらっちゃった。


 きっとそのせいだよね。


 納得したおかげで、後に引きずったりはしなかった。


 でも、どうしてか、これから何かが変わっていきそうな、そんな予感だけが胸に残ったのだった――




四章・終


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◆五章予告◆


『ガラテアの魂』編(仮)


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