148 リゼ、お揃いの髪飾りを装備する
この無邪気な所作がディオールの心をつかんだのだろう。
「リゼ様の存在がお心の支えであることは間違いありません。ご主人様を引き続きどうぞよろしくお願いします」
「わ、分かりましたぁ……!」
ちょっと意気込んで答えたリゼにほのぼのとした気分を味わわせてもらい、ピエールは何食わぬ顔でディオールの部屋に戻ったのだった。
***
髪飾りが出来上がった。
わたしは颯爽と金の髪飾りをつけて登校した。
ディディエールさんはもうアゾット家に戻っているので、教室で出会いがしら、作ったものを渡した。
ディディエールさんが髪飾りを見つめて、ほーっとため息をつく。
ディディエールさんはわたしと同じデザインのハートの横に、四葉のクローバー。シロツメクサも添えてかわいらしく。
そして金はグリーンゴールド。
「かわいいのですわぁ……!」
それからディディエールさんは、新作のチャームを見下ろして、悲しそうにした。
「おねーさまのに比べて、わたくしのはおもちゃみたい……」
「趣味でこんなに上手ならすごいですよ! やっぱりアゾット家の方はすごいんですねぇ」
ディディエールさんはてれてれしていた。
んーかわいい。
「わたくしもおねーさまみたいなのが作れるかしら?」
「これは危ない薬品とかも使うので、ディディエールさんにはちょっと早いかもですね」
ディディエールさんはぱちんと手を打ち合わせる。
「錬金術師の八級になると、危ない薬品の資格が取れるのですわぁ」
「じゃあ、八級になったら一緒に作りましょうか」
「はいですわ!」
「どういうのがいいですか?」
授業が始まるまでの間、ディディエールさんは、ノートに作りたいものの絵を描いて見せてくれたのだった。
その後の教室移動中、金ぴかの髪飾りはやっぱり目立つらしくて、周りの人からの視線が少し痛かった。
でもディオール様の希望だからねぇ。
多少は恩返ししないと。
気にしないようにして歩いていたら、上級生に絡まれた。
「あなた、それ外しなさいよ」
「そのボタン、庶民階級なのでしょう?」
「金を装飾に使っていいのは高位貴族だけなのよ」
わぁ、怖いお姉さま方だぁ。
最初は怖かったけど、姉と違ってぶたないと分かってからは、平静でいられるようになってきた。
いつまでも縮こまってても仕方がない。
「こ、これは……ヌーヴィル先生に特別許可をもらっているので」
つっかえながらも、なんとか言い返せた。
わたしを生意気だと思ったのか、生徒たちは色めき立った。
「あの先生が許すわけないじゃない」
「下手な言い逃れはよくないわよ」
すると、別のところから人が来て、慌てて割って入る。
「ちょっと、その子マルグリット様のお気に入りじゃない?」
金ボタンの子たちは眉をひそめた。
「誰?」
「知らないの? ほら、例の魔道具師の」
ひとりがあっと息を呑む。
「氷の公爵さまの婚約者よ」
「こ、公爵さまにいただいたものなので、外せません!」
わたしがはっきり言うと、女子生徒たちは気まずそうに顔を見合わせて、どこかに行ってしまった。
あー、ドキドキしたぁ。
でも、ちゃんと言い返せた。
まだ学園への苦手意識は消えないけど、ちょっとずつ、なくせていけたらいいなぁと思ってる。
***
お昼時に、アニエスさんとマルグリット様にも髪飾りを渡した。
マルグリット様のはローズゴールドの髪飾りに、ハートと、ご本人の希望で、杖ととんがり帽子を彫金した。
自由の女神の象徴だ。
「あの……本当にこれでよかったんですか?」
この女神様、奴隷解放の象徴なんだよね。
立場的には真逆じゃないかなぁと思ったので、いいのかどうかずっと疑問だった。
マルグリット様は浮かれた様子で首を振る。
「それがいいのよ! ありがとう、マエストロ、最高の出来よ!」
喜んでもらえたので、まあいいかと思うことにした。
自由を愛するマルグリット様らしいといえばそうなのかなぁ。
「アニエスさんにはこっちです」
デザインを同じにするので、やっぱりハートをどばーんと真ん中に配置。
そしてゴシック調が希望だったので、黒猫にしたら『ちょっと可愛らしすぎるわ』と難色を示されたので、コウモリとバラで、吸血鬼モチーフにした。
色はラッカー塗料で黒いエナメルに。
「あらいいじゃない。私にぴったりね」
アニエスさんは鼻歌まじりに髪に髪飾りを当てている。
「どうかしら? 鏡がほしいわね」
「かっこいいです!」
黒い髪に光沢のある黒い髪飾りなので、スゴみというか、威圧感がある。
「せっかくだからつけてみましょう!」
とマルグリット様が言うので、お食事の前にお化粧室でドレスアップとなった。
「楽しいわ、楽しいわ! わたくしずっとこういうことがしたかったの!」
マルグリット様があんまりはしゃいでいるので、わたしはほろりとしてしまった。
「……宮廷では、髪飾りとか、自由に選べなかったんですか?」
マルグリット様は急にすうっと表情が暗くなった。
「そうよ? みーんなどこそこの王室御用達からの新作差し入れだったり、侍女長が自分の人脈からひいきにしたい相手のプレゼントを選んだりしていたのよ」
「そこまでも」
王女様って服とか髪飾りも選べないほど不自由なのかぁ。
おしゃれで名を馳せた王妃様とかもいるから、何でもかんでも選び放題なんだと思ってた。
「キャメリア王家は複雑な立場なのよ。魔獣のせいで交通が滞りがちだから、各地方の貴族たちと騎士団長たちはある程度王家から独立した自治権を持っているわ。ひとまとまりの大きな国というより、地方のトップが寄り集まってできた統治機構の一番上に王家がいるという状態よ」
わたしは何がなんだか分からなかったので、「そ、そうなんですか」と答えた。
アニエスさんは分かったようで、話を受けてくれる。
「寝室付侍女の筆頭が大公爵家のご息女で、ないがしろにできない存在ってことですよね」
「そうなの! 王家はその上にいるということになっているけれど、さりとて地方貴族と騎士団を無碍にはできないわ。でなければ魔獣を討伐・管理してくれる人たちがいなくなってしまうもの」
マルグリット様は辛そうに息を吐いた。
「うちの寝室付侍女の皆様は全員が権力者の血縁よ。どの方も決して使用人のように扱うことはできないわ。だから筆頭侍女ほどにもなると、わたくしの意向など軽く無視して、自分の人脈に融通をきかせられるのね」
まったく何がなんだか分からない。
でも、大変そうなのは伝わってきた。
マルグリット様はわたしの顔を見て、なんにも分かってないことを察したのか、一転して明るい声を出した。
「――さ、早く化粧直しをして、お食事にいたしましょう!」
そしてわたしたちはお互いに髪を結び合った。
マルグリット様は髪の毛をいじるのが初めてだったのか、とても不器用だった。
「マルグリット様、こうですよ。反対向きに挿し込んで、ひっくり返すんです」
「む、難しいのね……」
そんなに難しい髪型じゃなかったので、最終的にはマルグリット様もマスターしていた。
「流行りの髪型よね! ねえ、わたくしも街を歩いたら普通の子に見えるかしら? 王女だなんて思われないかもしれなくてよ!」
できた姿を見ては、また喜ぶマルグリット様。
いやー、そこまで喜んでもらえたら作った甲斐があるなぁ。
「これからもわたくしと仲良くしてくださいましね」
「こちらこそ……よろしくお願いします……」
ディディエールさんがぺこりとしたのが可愛らしくて、みんなでそれぞれニヤニヤ、うふふ、えへへ、としたのだった。