146 リゼ、約束の髪飾りを作る
『ギネヴィアの櫛』は本格的な流行になり、学園の生徒たち以外でもちらほら身に着ける人が出てくるようになった。
機能なしのはわたしのお店以外でも気軽に買えるので、通りを行きかう人がみんな同じような髪型をしている。
「リゼ様はおつけにならないの?」
と聞かれたのは、マルグリット様とのランチでのことだった。
「せっかく公爵さまとの良縁に恵まれていらっしゃるのに。公爵さまも騎士団のメンバーよね?」
「そういえばそうね。リゼもつけていないと不仲を疑われるわよ」
「わたしはヌーヴィル先生とれーぎさほーの練習中なのでぇ……きょしょく? は慎もうかなって……」
せっかく好意的に評価してもらえるようになってきたのに、髪飾りでまた印象を悪くしたくない。
ディディエールさんがわたしに不思議そうな顔を向ける。
「おねーさま、きょしょくってなぁに?」
「えっと……着飾って、素敵なものを見せつけたい欲とかのことです! なんか使うといい感じにお嬢様っぽく見えるって先生から教えてもらいました!」
わたしの発言に、アニエスさんたちもほほえましそうにした。
「まあリゼ、宮廷ことばを覚えたのね。偉いわ」
「とてもがんばってらっしゃるのね!」
「えへへ……」
ディディエールさんが、わたしの制服にくくりつけられたストラップに、悲しそうな目を向ける。
「わたくしのこれも、きょしょくですの?」
このストラップには、ディディエールさんからもらった銀のチャームがついていた。
わたしがむしりとっちゃったんだった、忘れてた!
自分があげたものがちぎられてたら、すっごく悲しいよねぇ。
「敵に捕まっちゃって、魔法の罠から脱出するときに使わせてもらったんです。ディディエール様のおかげで助かりました!」
ディディエールさんはぱーっと明るい顔になった。
「お役に立ちましたの?」
「はい!」
えへー、と照れ笑いをするディディエール様はすっごく可愛かった。
「ねえ、そうだわ! 皆さんでおそろいの髪飾りをしませんこと?」
マルグリット様がウキウキと言う。
アニエスさんはあきれ顔になった。
「殿下の親衛隊がまた荒れそうな思いつきですこと」
「知らないわ! わたくし楽しいことに飢えてるんですもの!」
「さようで……」
アニエスさんが諫めるのを諦めたので、マルグリット様は引き続き楽しそうに構想を喋る。
「お揃いにして、色だけ変えるのよ!」
「それをすると、確実に殿下はピンクですが」
「う……いいのよ、わたくしのトレードマークだもの」
「そこは譲歩なさるんですね」
アニエスさんのツッコミ、王女様相手でも鋭いんだなぁ。
「わ、わたくしは、黄緑がいいですわぁ……」
ディディエールさんがおずおずと言うので、アニエスさんもやさしい顔になった。
「じゃあ、私は黒かしら?」
「わたしは何色にしようかなぁ……」
「リゼ様は金色ではなくて?」
「そうね。それしかないわ」
マルグリット様とアニエスさんが口々に言った。
「また先生に怒られちゃいますよぉ……」
「怒られなくなるぐらい礼法をがんばるしかないわね」
「がんばって、おねーさま!」
うぅ、ディディエールさんにまで励まされてしまった。
もっとがんばろう……
***
わたしの礼法の修行は続き、ヌーヴィル先生もだんだん認めてくれる回数が増えてきた。
「所作はかなり改善されてきましたわね」
「ほんとうですか!?」
「淑女らしく見えるようになってきましたよ。……口さえ開かなければですが」
わたしは一瞬で意気消沈した。
お嬢様言葉もがんばってるんだけどなぁ。全然伸びない。
先生がいつになく高評価をくれたので、わたしは思い切って気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、先生……実はわたし、婚約者がいてですね」
「ええ、存じていますよ」
「それで、陛下から直々に、学園で仲良くするようにと命令されてまして……」
「陛下から?」
「公爵さまが無口な方なので、陛下なりのお気遣いを……たまわった? のだと思います」
ヌーヴィル先生は静かに聞いてくれている。
「それで、少しは陛下にご報告できるようなことをしないといけないんですが……今学園で、髪飾りが流行ってますよね?」
「ああ、あの、『ギネヴィアの櫛』とかいう、実にくだらない……」
ヌーヴィル先生が白い目で見てくるので、わたしは心が折れかけた。
負けない。今日は許可をもらうって決めたんだもん。
「あ、あれをですね、みんながつけてるので、わたしもつけないと陛下に顔向けができないかな、なんて……」
だ、ダメかな?
ヌーヴィル先生はしばらく黙っていたけれど、やがて口を開く。
「……いいでしょう」
うそ……わたしの説得、通じた……?
「陛下のお心は無碍にできませんわね。でも勘違いしないように! あなたはまだまだ未熟者なのですから、服装には人一倍気をつけること!」
「は、はい……!」
やったぁぁぁぁ!
わたしはうれしくなって、その日の授業が終わったら、お店に直行したのだった。
***
金色の髪飾りは、いつかディオール様と約束したように、バカップル仕様で仕上げることにした。
純度が高い金は本来、普段使いの髪飾りには向かない。
理由は単純で、重たいのだ。
宝石をびっしりつけたティアラなんて首の筋を傷めそうな重さになる。
なので、土台を軽い金属で作り、金メッキをはることにする。
土台はまず、ハートをどばーんと配置。
マリーゴールドの茎と葉をこう、うねうねっと陽気な感じにして……よし、こんなもんかな。
彫刻の具合がうまく行って、わたしはご満悦だった。
アニエスさんたちの分も作って、【研磨】をかけて洗浄したあと、各種金属を溶かした溶液にざばっとつけて、雷の魔石をつなぎ、放置。
メッキの乗り具合もいい感じだった。
キンキンキラキラで存在感抜群の素敵な髪飾りになった。
わたしは浮かれてしまって、その日のうちにディオール様に見せにいった。
そのときのディオール様は、自分のお部屋にいた。
ピエールくんは出払っているのか、姿が見えない。
「ディオール様! ごきげんよう!」
わたしがちょこんとスカートのすそをつまんでごあいさつをすると、ディオール様は、ちょっと面白そうに口元をむずむずさせたけれど、大爆笑することはなかった。
「板についてきたじゃないか」
「わたしだってやればできるんです!」
「それは自分で言うことじゃないな」
ディオール様が意地悪を言う。
でもそんなことより、わたしは髪飾りを見てほしかった。
さかさかと素早く近寄っていって、ディオール様と椅子を並べて座る。
「見てください、髪飾りができました!」
「『ギネヴィアの櫛』か」
「そうですけど、今回のはディオール様のご注文通りですよぉ!」
ハートとマリーゴールドが踊る浮かれたデザインに、ディオール様は目を細めて笑ってくれた。
「いいな、すごくいいよ。君らしい可愛いデザインだ」
「えっへっへ、それほどでもぉ」
ディオール様、魔道具を見せたら絶対に褒めてくれるから好き。