143 リゼ、氷の公爵さまの人物評を問われて曰く
けっこん……血痕?
結婚……!?
今度はわたしが慌てる番だった。ディオール様をつきとばして、一歩後ずさる。
「ええぇぇぇ!? なんでですかぁ!?」
するとディオール様は、「なんでって……」と小さくつぶやいた。
「今君が言ったんだろう」
「え!? 今のって結婚しようって意味なんですか!?」
「……待て。どういうことだ」
「アニエスさんがぁ、しつこくからかわれたら言ってみろってぇ……」
「あいつか」
ディオール様は眉間にくっきりとしわを寄せ、過去最大級に嫌そうな顔をした。
「素直なのは君のいいところだが、何でも言う通りにするんじゃない。あやうく間違えるところだっただろうが」
「す、すみません……」
ディオール様の怖い顔の迫力に押されて、わたしは謝ったあとに、ハッとした。
「で、でも、アニエスさんは、からかう方が悪いって言ってました! ディオール様はちょっと笑いすぎだと思います!」
わたしが拗ね気味に言うと、ディオール様はようやく怖い顔をちょっと和らげてくれた。
「私が笑うのは……悪意があってのことじゃない」
「ちょっとくらいならいいですけど、今のはしつこかったですよ」
「分かった。すまなかった。だが、君は帰ったら今の言葉の意味をちゃんとメイドに確認しなさい」
「わ、分かりましたぁ……」
脊髄反射で答えてから、ふと疑問を持った。
「結局、どういう意味なんですか?」
「メイドに聞け」
「ディオール様が教えてくれたらいいじゃないですか」
「いいから言う通りにしろ」
軽くすごまれて、わたしは引き下がった。
ディオール様はこういうとこ意地悪。
***
わたしはその晩、お仕事を終えてゆっくりしているクルミさんのところに行って、聞いてみた。
「オシタイ申し上げるって、どういう意味なんですか?」
「愛しています、ということでございます」
わたしはさーっと青くなり、じわじわと動悸がしてきた。
う、うわああああ。
「高貴な女性は通常、自分から思いを告げるなど許されないこと――ですので、演劇ぐらいでしか使わない言葉ではございますが」
うひゃあああああ。
様子のおかしいわたしを見とがめて、クルミさんがおっとり首をかしげる。
「いかがなさいましたか? お顔が真っ赤でございますが」
わたしは事情を説明した。
クルミさんはびっくりしつつ、そっと身を乗り出してきた。
「……それで、リゼ様はどのように?」
「どのようにって……どのように?」
「ご主人様はご冗談があまり通じない方。きっと本心からご結婚を決意なさったのだと思いますが……」
「う、え、ああ……」
わたしは混乱しつつも、割と冷静だった、と、自分では思う。
「でもなんで結婚なんですか? 愛してます! っていわれたら、普通は、私も! とか……本当に、なんで結婚?」
訂正。あんまり冷静じゃなかったかもしれない。
わたしの混乱ぶりを見て、クルミさんが悩ましげな顔になった。
「そうですね……先走りすぎて少々薄気味悪うございますね」
「う、薄気味悪いとかは思ってないですよ!? ちょっと嬉しかったんですけど」
クルミさんはぱあっと顔を輝かせて、わたしの手を取った。
「まぁ、ではぜひご結婚なさいませ!」
「い、いやだから、飛ばしすぎじゃないですか!? 過程を!! もっといろいろあったのでは……!? なぜいきなり結婚しますか!?」
クルミさんはまたしぶい顔になった。
「……それもそうでございますね。リゼ様にとっては他に選択肢がないご状況からのご婚約でございますから、やはり、お互い気持ちを確かめ合う時間というものが必要でございましょう」
そうですそうです!
わたしはこくこくうなずいた。
クルミさんはわたしに同情的な姿勢を見せつつ、再度口を開く。
「ところでリゼ様は、ご主人様のことをいかがお感じなのでございますか?」
「え、と……」
わたしは目を閉じて、開いた。
「おいしいごはんくれる人ですね」
「……」
クルミさんはあちゃーという顔になっていた。
なんか変なこと言ったかなぁ。
「……では、お食事以外では? お人柄については」
わたしはもう一度目を閉じて、開いた。
「すごく優しい人だと思います。わたしが困っているときに助けてくれるのはいつもディオール様で、サラッと何でもやっちゃうから、そこがすごくかっこいいなぁ、って……」
こないだも、フェリルスさんと一緒に助けに来てくれたときのディオール様は、敵をほとんど苦労もせずに全員倒している。
わたしは魔術の理論なんてさっぱりだけど、氷の魔術はキレイだなぁと思う。
クルミさんの目がキラッとした。
「わたくしも、ご主人様は大変見目もよく、お人柄も優れた方だと存じます。リゼ様がご主人様のおそばにいてくださいましたら、気難しいご気性もきっと丸くおなりのはずでございます」
「丸く……なってるかなぁ……?」
要所要所で笑ってはくれるけど、気難しいことには変わりないような……?
「リゼ様は以前のご主人様をご存じないからそのようにお感じなのでございます。アゾット家にいらしたときのディオール様は親族のご婦人がたすらたいへん毛嫌いなさっていて……唯一お優しいのはお小さいディディエール様にだけで、しかめっつらか、ぼんやりしているか、どちらか以外の表情をなさらなかったのでございます」
「すごい二択ですね……!」
「リゼ様がご主人様を笑顔にしてくださったのでございますよ」
「大半笑われてるだけなんですよぉ……!」
なんかこう、見世物小屋の珍獣なんだよねぇ、結局は。
「……わたしもディオール様に喜んでもらえるようなことをしてみたいって思うんですけど、今のところいらない子なんですよねぇぇ……」
「リゼ様はそこにいらっしゃるだけで十分喜ばれているかと存じますが」
「そ、そうですか? 約束してたごはんもまだ行けてないですし、わたしの作る魔道具でとりたててディオール様が助かったこともない気がしますが……あ、面白がってはくれてるのでしょうか?」
「いずれの制作物に関しても大変お喜びであるかと」
「そう、いっつも笑ってますもんねぇ……」
サーカスで火の輪くぐりをするライオンとかと同じ面白がり方なのが悲しい。
「れーぎさほーが失敗しては笑われ、軽率に作っちゃいけない魔道具を持っていっては笑われ、がんばっていいこと言おうとすると笑われ……」
「あぁ……それは、あまりよい印象ではございませんね」
嫌われてはないけど、笑われる役は好かれていると思っていいのかなぁ。
「すごくいい人だと思うんですけど、ディオール様にとってのわたしって、結局珍獣というか……たぶん、珍獣のわたしがいっちょまえに淑女ぶって告白なんかしたら、すごく面白がって結婚してくれそうな気はするんですが……」
たぶんだけど、あのときの発言もそれだよね。
わたしが面白い芸をしたから引き取ろうと決意した、みたいなとこあったじゃん。
ディオール様も面白さとその場のライブ感を追求するタイプだ。
「それは、好きとかいうより……人生をかけた遊び? 見せ物小屋の動物を飼うようなものじゃないですか?」
クルミさんはわたしに口を挟まないで、じっと聞いている。けど、すごく何とも言えない顔をしていた。