142 リゼ、とっておきの芸を披露する
そしてわたしは学園に逆戻り。
礼法の授業を引き続き受けることになった。
ヌーヴィル先生のチェックは細部に至るまで厳しい。
「リゼさん、なんですか、その姿勢は! どんなときも背を丸めてはいけないと言っているでしょう!」
「は、はいいい!」
「背中に定規でも差し込んでおきなさい!」
ヌーヴィル先生がわたしの襟首に長いものさしを挿し込もうとして、ふとわたしの後頭部に目を留めた。
わたしはしまったと思った。
前に、髪はまとめておきなさいって怒られたのに、すっかり忘れてた。
しかも今日は、ちょっと派手な髪飾りをつけてた……!
「まったく、あなたときたら未熟なくせにチャラチャラして、なんとみっともないのでしょう。これは没収しておきます」
「うえっ、で、でもそれ、気に入ってて……」
文句は聞き届けられず、わたしの髪飾りは持っていかれてしまった。
わたしはしょんぼりしながら、お昼ご飯のときにその話をした。
王子王女の専用食堂には、ディディエールさんとアニエスさんもいる。
「まあ、また没収したの? あの方、懲りないわね」
マルグリット様が呆れている。
「私のクラスでも没収された子がいると聞くわ」
「そうなの。あの方、すぐに生徒のアクセサリを没収する癖があって。一応、後で返してくれるようなのだけれど。王宮でも、侍女たちに払い下げるお古のアクセサリは真っ先に持っていってしまうの」
「……アクセサリ、お好きなんでしょうか?」
「みたいよ」
厳しそうなヌーヴィル先生からは予想もつかない趣味だ。
「でも、ヌーヴィル先生、アクセサリなんて何にもつけてないですよねぇ」
「それがひねくれたところなのよね」
「よく分からないわね」
アニエスさんとマルグリット様が口々に言う。
「ほしいけど、素直に言えないのですわぁ、きっと」
ディディエールさんの発言に、ふたりともしんみり頷いた。
「困った方ね」
「リゼ、返してほしいなら、放課後に会いにいってみてはどう? 大事なものだと言えば、さすがに分かってくれるかもしれないわ」
「そうします……」
そしてわたしは、放課後にヌーヴィル先生を訪ねた。
先生はわたしの髪飾りを、机のいい位置に飾っていた。
「反省するまで返しません」
そして、取りつく島もなかった。
じゃあもう、しょうがないかなぁ。
いい出来だから気に入ってたけど、もう一回作ろ。
「……分かりました。気に入ってもらえたみたいなので、それはあげますね」
ヌーヴィル先生は面食らったようだった。
「わ、わたくしが気に入ったですって……!? ね、寝言もたいがいになさい」
「だって、飾って眺めてたんですよね?」
机の上を指さすと、ヌーヴィル先生は真っ赤になって否定した。
「こんな子どもっぽいデザインの髪飾り、わたくしが気に入るわけないでしょう」
「そうですか? 先生にも似合うと思いますよ」
学校なので、一応校則に配慮して、卑金属であまり派手にならないように作ったのだ。
うさちゃんがついてるのは子どもっぽいかもしれないけど、色合いが土台と同じなので、そばでよく見なければ分からない。
わたしはピンと閃いた。
「大人っぽくするなら、土台のこことここに穴を開けて、レースか黒のベルベットをリボン結びにしたら、うさちゃんが隠れんぼしてかわいいと思いますよ!」
「リボンなんて……!」
「王妃様たちだってリボンいっぱいつけてるじゃないですか」
「減らず口を……! とにかく、わたくしには必要ありません!」
ヌーヴィル先生は目を吊り上げる。
「わたくしは教員、生徒たちのお手本となる存在ですよ! 誰よりも規則を守らないでどうするのですか! 分かったらお行きなさい!」
わたしは指導室を追い出されてしまった。
にゃーん……
先生と仲良くなれない……
どうすればいいんだろう。
――わたくしは教員……
みんなのお手本、かぁ。
先生も苦労してるんだなぁ。
誰かのお手本でいるって思ってがんばってる人がいるから、わたしのような者も短期間で効率的に礼法を教えてもらえるわけで。
うう……わたしも少しは先生を見習おう。
わたしは次の日の礼法に、ちゃんと身だしなみを整えていった。
髪はきっちりと結ぶ。で、アクセサリは何もつけない。
きちんと帽子を被る。
手袋をして、堂々と、足を上げすぎないように……スケートのときみたいにつるつると床を滑るように動く。
すると、ヌーヴィル先生は、初めてわたしに、
「……まあ、いいんじゃありません?」
と言ってくれた。
「その髪型、とても素敵ですよ」
ほ、褒められた……!
ヌーヴィル先生はちょっと照れくさそうに、咳ばらいをした。
「第一段階、合格といたします」
わたしは諸手を上げてバンザイした。
「や……やったぁぁぁ!」
「これ! 大きな声を出すんじゃありません、はしたない!」
また怒られちゃったけど、わたしはその後、授業が終わってからもずーっと浮かれていた。
初めて合格もらっちゃいました! いえい!
先生はわたしが心を入れ替えたことを察してくれたんだね、きっと!
浮かれてくるくる回りながら歩いてたら、お庭に見知った紫色の髪の毛の男性を発見した。
ディオール様だ!
わたしは無敵だった。だって、先生にもやっとれーぎさほーを認めてもらえたのだ。
せっかくだから見てもらおうっと!
すすすっと近寄っていって、横から声をかけた。
「ディオール様、ごきげんよう」
ディオール様はぶすっとした顔で振り返るなり、わたしの姿を見て――
なぜか大爆笑した。
腹を抱えて身体をゆすりながらの大笑い。
「ちょ、ちょっとぉ、そんなに笑うことないじゃないですかぁ……」
「いや、どちらの淑女かと思ったら君だったので、つい」
「それってそんなにおかしいですか?」
「フェリルスが礼儀正しくしてたら笑うだろう?」
ぐぬぬ、フェリルスさんと同列に扱われてる。
むー。
「わたしだってやるときはやるんですよぉ!」
「そうだな、すごいよ」
ディオール様はまだ腹を抱えて笑っている。
そこでわたしはふと思い出した。
そういえば、アニエスさんが教えてくれた。
――いいこと、リゼ。礼儀作法のことでしつこくからかわれたら、あの男にこう言っておやりなさい。
「ディオール様?」
わたしはクルミさんから教わった最敬礼を試してみることにした。
「ワタクシは、ディオール様を、心よりオシタイ……申し上げております」
よーし、ちょっと危なかったけど、ちゃんと言えた!
どうだ! わたしだってれーぎさほーもやればできる!
深いお辞儀から、身体を直して、視線をディオール様に戻す。
するとディオール様は――
ぴたりと笑いやんで、固まっていた。
笑われるのも困るけど、無反応も困る。
「あの……ディオール様? なんとか言ってくださいよぅ……」
ディオール様は本をわきにどけて、ベンチから立ちあがった。
「分かった」
わたしはなぜかディオール様に抱きしめられた。
ぽかんとするわたしの目の前いっぱいに、ディオール様の大真面目な顔があった。
「結婚するか」
わたしは一瞬、何を言われたのか分からなかった。