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141 妖精姫の素顔


 ――後日。


 マルグリット様が、ドミニク様の謝罪を聞いてほしいというので、わたしは独房にやってきた。


 マルグリット様のおそばには騎士が何人もいて、厳重に守られている。


 対して、ドミニク様は質素な服で粗末な部屋に拘留されていた。


「このようなこと、絶対に許されることではないわ」


 わたしはドミニク様のことを叱りつけるマルグリット様を脇で呆然と見ていた。


 もうこの調子でずっと怒っている。


 マルグリット様ってこんなに厳しい人だったっけ? と思うほど。


 ドミニク様はずっと泣いていた。


 ドミニク様には色々されたけど、わたしは途中でとうとう耐えられなくなった。


「あの……反省しているようなので、もうそのくらいで……」


 マルグリット様はわたしを振り返ると、しぶしぶ打ち切ってくれた。


「お話は以上よ。マエストロが寛大なお方でよかったわね」


 とげとげしいマルグリット様の様子に、わたしはなんだかドミニク様が可哀想になってきた。


「……あの、ドミニク様、魔香を使われてた可能性が大だって、ディオール様が……」


 こないだのテウメッサの狐事件で使われていた魔香は、本来、人間に使われるものなのだ。


「正気を失っていたみたいなので、きっと本心からの行動ではなかったんだと思います」

「それでも許せないわ」


 とマルグリット様が言う。


 それから、ぐっと何かをこらえるように目を閉じた。


「でも、ドミニク様はわたくしを思う気持ちからしてくださったことも分かっているわ」


 わたしは、おお、と思った。


 やっぱりマルグリット様はやさしい。


「でも、マエストロを危険に晒して、命まで狙ったのだから、処分は下さないとならないの」


 マルグリット様はあくまで冷徹だった。


「……わたくしは悲しいわ。あなたのことを一番の親友と思っていたのに」


 そうだよねぇ……


 マルグリット様だって、友達の処分は嫌だよねぇ。


 つられてしんみりしていたら、ドミニク様はもっと泣きだした。


「本当に……ッ、申し訳ありませんでした……っ」


 マルグリット様はそれを見下ろして、怖い声で言う。


「一年、修道院で暮らしてもらうわ」


 ドミニク様がばっと顔を上げる。


「それでは短すぎる……」


 マルグリット様はすごい剣幕で怒りだした。


「まあ、あなた、わたくしの決定にまで文句をつけるの!? なんて恩知らずなのかしら! わたくしが一年と言ったら一年なのよ! もっと軽くしてほしいだなんて図々しすぎるわ!」


 あれ、軽くしてなんて言ったっけ?


 疑問に思っていたら、マルグリット様はそこで少しだけ語調を優しくした。


「しっかり反省して、早く戻っていらしてね」

「はい……! マルグリット様……!」


 まあ、ドミニク様が嬉しそうだから、いいのかな。


 わたしは疑問を残しつつ、マルグリット様と一緒に独房を出た。


「少しマエストロとふたりにしてちょうだい」


 お付きの人たちを追い払って、マルグリット様が息を吐く。


「はあ。疲れたわ。人に怒るのって本当は苦手なの」

「ですよねぇ……」


 無理しているのはなんとなく伝わってきた。


 それから複雑そうな表情でわたしの顔色を見る。


「ご覧になった? わたくしの妖精姫の演技。わざと怒っているふりをしながら、実は刑期を短くしてあげたことの方に本心があるっていう演技だったのよ。ドミニク様、うれしそうだったわね。うれしくなるように仕向けたのはわたくしなのだけど」

「えっと……」


 どういうこと? よく分からない。


 戸惑っていたら、マルグリット様は続きを勝手に喋り始めた。


「みんなに平等に接しないといけないのですって。いつでもその人への愛を忘れず、心に寄り添うようにと言われたわ。ドミニク様にもそうしたつもりよ。本当は、マエストロにひどいことをしたあの子なんて、二度と顔も見たくないと思ったわ」


 わたしはすうっと寒気を感じた。


 マルグリット様、ときどき怖いことを言う。


 ドミニク様はマルグリット様のことを心の底から好きみたいだったのに。


「わたくしはいつも王女らしくいるよう躾けられているわ。心優しく慎ましやかで、誰のことも愛する情け深い妖精姫。でも、それなら、わたくしの心には誰が寄り添ってくれるのかしら? わたくしが妖精姫ではなくなって、ドレスを脱いで、宮廷ことばも忘れて、冒険者ギルドで魔獣を狩っていても、それでもわたくしについてきてくれる人が何人いるの? きっと誰もいやしないわ」


 マルグリット様がぽつりと言う。


「みんな、王女の肩書きしか見ていないのね」

「そんなことはないと思いますけど……」


 わたしにはそれしか言えなかった。


「環境を変えても、きっとまた誰かがマルグリット様を好きになってくれると思いますよ。マルグリット様は楽しい人なので!」


 マルグリット様は目をぱちくりさせた。


「……楽しい? わたくしが?」

「マルグリット様はわたしの魔道具をいつも面白がってくれるじゃないですか。うれしくっていろいろ作っちゃうんですよねぇ」

「わたくしほど退屈で面白みのない女もいないと思っていたのですけれど」

「面白いものに飢えてるだけじゃないですか? 楽しい人だから、真新しいものに飢えてるんですよ」


 マルグリット様はびっくりしていたけれど、急に目をうるませて、わたしにしがみついた。


「リゼ様だけなの」

「はえええっ!?」


 なんでハグされてるのか分からないわたしに、マルグリット様がぐすぐすと泣きそうな呼吸を一生懸命なだめながらささやく。


「リゼ様とご一緒しているときだけが、本当のわたくしだと感じるわ。リゼ様のお作りになるものには夢があって胸がわくわくして……何でも叶えてくれそうな気持ちになるの。リゼ様の素敵なお姿を拝見していると、つい我が身と引き比べてしまうのよ。わたくしがいかに何もしてはいけないと戒められてきたか、それがどれほど虚しいことであるか……」


 マルグリット様が、涙に濡れた大きな美しい瞳で、わたしを間近にのぞき込んだ。


「……わたくしが王城から逃げ出したいと言ったら、リゼ様は魔道具を作ってくださる?」


 いいとか悪いとか考えるより前に、口から「はい」と出てしまった。


「わたしは、それが本当に心から叶えたいマルグリット様の望みなら、どんなことでもお手伝いすると思います」


 マルグリット様がいくぶんかほっとしたように、思い詰めた瞳をゆるめる。


「本当に? きっと誰もがわたくしたちを愚かだと言うわ」

「いいですよ。わたしは、みんながなりたい自分になれる魔道具を作りたいんです」

「それで身を滅ぼしても?」


 わたしはそんなの、全然怖いとは思わなかったので、大きくうなずいた。


「最近気づいたんですけど……わたし、魔道具を作るのが好きで、それで誰かが幸せになるところを見るのはもっと好きみたいなんです。だから、お城から逃げたマルグリット様が今より幸せになれるなら、何でも作りますよ!」


 マルグリット様はわたしのほっぺにちゅーっとしてから、ハグから解放してくれた。


「いやね、冗談よ。忘れてちょうだい」

「冗談でしたか」


 上流階級のジョークは難しいなぁ。


 わたしには結構本気に見えたんだけど。


 頭を悩ませているうちに、ふとさっきの話の続きを思い出した。


「あ、そだ、お城から逃げて冒険者になる前に、マルグリット様がそういう人を見つけたらいいんですよ! その人のためだったら全部捨ててついていきたいって人」


 わたしにはさすがにいないなぁ……と思ったけれど、そういえば実家から逃げてくるときは何にも持ってなかったなぁ。


 ディオール様が「冒険の旅に出よう」って言ったら、わたしはどうするだろう?


 ついていくかもしれない。


 まあ、ディオール様、遠征嫌いらしいから、言わないだろうけどね。


「きっとそんな人、生涯にひとりとかですよ」

「……そうね。そうかもしれないわ」


 マルグリット様はうふふっと可愛らしく笑った。


 本人はあんまりよく思っていない、妖精姫らしい可憐な笑い方だ。


 でもわたしには、マルグリット様が心から微笑んでくれたように見えた。


「ありがとう。とても気持ちが軽くなったわ。また明日からがんばって妖精姫をやれそうよ」

「よかったです!」


 ――ドミニク様は後日、修道院に入ったという報せを受け取った。


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