140 フェリルス、光って素早い
「……そうだ! マルグリット様はどうなったんですか!?」
「いや、知らんが」
「マルグリット様と一緒のところを襲われたんです!」
「そうなのか。まあ、衛兵が助けに行ってるんじゃないか」
ディオール様つめた! 氷の公爵さま!
「わ、わたしが行方不明になってからどのくらいたってます?」
「ハーヴェイから連絡を受けて一時間あまりといったところか。あいつがいつ誘拐に気づいたのかは知らん」
ディオール様が懐中時計を確認しながら言う。
わたしも覗き込ませてもらった。
午後三時、だいだい二時間くらい経過ってところ? 箱の中にはもっと長いこといたような気もするけど、時間の流れも違うのかもしれない。
ハーヴェイさんがお昼を食べにいったわたしの戻りが遅いのを心配して、櫛で場所を確認してくれたのかもしれない。
「ママママルグリット様を探しに行かないとぉぉぉっ……」
すると、わたしの背中をおっきな肉球がトントンと叩いた。
「乗っていけ! 俺のソリは流星のように光って素早いっ!」
小粋にウインクまでしてくれる。
「フェリルスさああああんっ!」
いざというときの頼りになる度がストップ高!
声援を送るわたしに、ディオール様がぽつりとつぶやく。
「……助けに来たのは私だが」
「あっ、ごめんなさい! ディオール様もありがとうございました!」
「も……」
ディオール様が面白くなさそうに「ついでか」と言うので、わたしは手をぶんぶん振り回した。
「あ、あとでちゃんとお礼もしますので、マルグリット様も助けてあげてください!」
「……仕方がないな」
不承不承のディオール様。
ディオール様は出発の前にフェリルスさんを手綱でソリにつなぎ、捕まえた男子生徒も後ろに積み込んだ。
「三人だがいけそうか?」
「もちろんだっ! ご主人の支援を受けた俺に不可能などなぁぁぁいっ!」
フェリルスさんは地面をカッカッと前足で何度かかいてから、ばびゅんと走り出した。
は、速い!
風がものすごくて髪の毛が乱れるるるる。
怖くて目をぎゅっとつぶって縮こまっていたら、フェリルスさんから声がかかった。
「リゼ、どのへんだ?」
「ソルボワ通りの緑化公園……学校からお店までの道のりを馬車で進んでました」
「任せろっ!」
フェリルスさんはディオール様が作ってくれた氷の道を爆走していった。
***
現場に急行すると、たくさんの衛兵がいて、通行止めをしながら、馬車の破片を片づけている最中だった。
マルグリット様は……いたいた。
衛兵に何か指示を出している。
そばにはお縄について、膝立ちのドミニク様もいた。魔封じの手錠を後ろ手にされている。
マルグリット様は現場に突如現れた謎のソリに目をやり、わたしを見つけてくれた。
「マエストロ! ご無事でしたのね!」
抱きしめてくれるマルグリット様の顔には、泣きはらした跡があった。
「お姿が見えなくなったので、心配しておりました」
「マルグリット様も……あの、大丈夫でしたか?」
「もちろん! すぐに通りがかった男子生徒が助けてくださったの。ドミニク様のそばから何か箱のようなものを拾って、どこかに行ってしまったわ」
ああー、とわたしは思った。
助けるついでに箱だけ持ち去ったのかなぁ。
「あの人のことですか?」
ソリの中に転がってる生徒を指し示す。
中を覗き込んで、マルグリット様が息を呑んだ。
「そうなの。でもどうして……?」
「この人が誘拐犯です」
「まあ……では、厳しく挑まねばなりませんわね」
ぎゅっと拳を握るマルグリット様。
「あの娘は共犯か?」
「直接襲ってきたのがあの人です」
ディオール様はドミニク様に近づいて、すぐそばに膝をついた。
「公爵さま、危ないわ。どうやらその子、おかしくなっているようなの」
ドミニク様はマルグリット様の発言に少しだけ反応した。
マルグリット様を見て、すぐに恥じるように視線を下げる。
「なぜ王女とリゼを襲った?」
「……分かりません」
ドミニク様が消え入りそうな声で答えた。
「殿下を害するつもりはまったくございませんでした。リゼットさん……リゼさんも。どうしてあんなことをしてしまったのか……」
マルグリット様はドミニク様を冷たく見下ろしながら、声を張り上げた。
「マエストロを二度も襲ったのよ。言い訳が通ると思っていて?」
「いいえ。いかような罰でも甘んじる覚悟でございます」
ドミニク様がうなだれる。
「……なあ、リゼ」
フェリルスさんがわたしの服の裾をちょいちょいとする。
「あの娘、変な匂いがするぞ。魔香みたいなのを使われてないか?」
天才わんちゃんのフェリルスさんが鋭すぎることを言ってくれたので、マルグリット様やディオール様の顔色も一変した。
「……犯人も捕まえたことだし、真相はあとで分かるだろう」
「あの、わたしからもいいですか?」
ずっと気になっていたことがあったのだ。
わたしは現場から回収してきた箱を見せた。
「この箱――」
男子生徒が『アーティファクト』だと言っていた、謎の箱。
「どこで手に入れたんですか? すっごい魔道具なんで感動しました! これ、わたしがもらってもいいですか?」
ドミニク様は気の抜けた顔になった。
「わ、私のではありませんので、なんとも……」
「じゃ、じゃ、じゃあ、わたしが……!」
男子生徒も捕まっちゃって、箱も破壊済み。
きっともう必要ないよね!
「リゼ、それは?」
「わたし、この箱に捕獲されたんですよ!」
ディオール様が「貸してくれ」と言うので、手渡す。
ディオール様はためつすがめつ箱を観察してから、自分の懐にしまい込んだ。
「あーっ! なんで取るんですかぁ!?」
「事件の証拠品を自分のものにするやつがあるか」
バッサリと冷たく切り捨てられて、わたしは涙が出そうになった。
欲しかったのに……!
――結局、箱は返してもらえなかった。