138 リゼ、塩を入れてみる
それに、他の家具も派手ッ派手。
ゴテゴテしてて、ぐにゃぐにゃで、味付け濃厚こってり系。
これは、築百年くらいの貴族のおうちから、壊れた家具を直してほしいと言われるときによく見かける。
当時は柔らかい木がたくさん輸入されるようになって、木彫り細工が流行ってたらしいんだよね。
床板も寄せ木細工でさ。
めっちゃメンテナンス大変って言ってた。
わたしも補修で寄せ木をしたことがある。
あれは大変だったなぁ……木ってどうしても乾燥すると反り繰り返ったりして、予想外のすき間が開いたりするからねぇ。
他にも、天井のど真ん中に、昔は炉が置いてあったらしき吹き抜けがあった。吹き抜けの外は真っ暗で、何もなさそう。なんだろう、この空間。
炉は今は撤去されているのか、影も形もない。そして、床は不自然に新しい寄せ木細工ですき間を埋めてある。
さらに全身が映る大きな鏡が一枚あって、壁に取りつけられているほかは、大きなタンスがひとつ、その上に思い出の品っぽい肖像画や指輪が無造作に置かれてる。その他、隅には掃除用具のバケツなどが見つかった。
このどこかに封印があるはず。
大工さんだって、改装したあと出られなかったら困るから、板でふさいだりはしないと思うけど……
そうするとあとは、塞がずに残しておいたあの天井か――
もしくはこの、燭台かな?
これだけ地味で、細工が古い気がする。
このお部屋、お外が真っ暗な割になぜか明るいから、ろうそくいらなさそうなんだよね。
怪しい。
燭台の不思議な継ぎ目をひねってみる。
すると、玄関ドアの奥、真っ暗な闇が光り輝いた。
おー。これが封印だね。
どれ、ちょっと中を覗いてみよう。
わたしは鼻歌まじりに、逆手に持ったナイフをドアの奥につき立てた。
――パキッ。
軽快な音を立てて、ボロッとナイフが崩れて折れた。
うそーん。
封印の力に負けて、魔銀の魔力が溶けてしまった。
割と自信あったんだけどなぁ。
……そうすると、もうちょっと強い魔道具を作らないとダメかぁ。
うーん……
でも、ここにある品で魔銀以上に封印に効くアイテムってちょっと思いつかない。
封印、封印かぁ……
――そういうときは『塩を入れる』。
いつかディオール様が言っていたことを思い出す。
魔銀と塩の混合物がなぜか呪いに効くらしい。
アドバイスに従って、塩でも入れてみようかな?
塩は比較的簡単に【物質化】できる。
失敗すると毒ガスが発生したり手がただれたりするからあんまりやりたくないんだけどねぇ。
わたしはテーブルの上に一山の塩を作った。
よしよし。魔塩できあがり。
折れたナイフの破片を再加熱して魔銀を作り直し、魔塩と合成。
あれ?
――失敗した。
塩が溶けてなくなり、ただの魔銀になった。
構造式のどこにも塩の成分が残ってない。
ちょっと考えてから、思い当たる。
魔銀の『魔法を分解する力』のせいで、魔法の塩がただの魔力に戻っちゃったんだなぁ……
そうすると、塩も天然物でないとダメかぁ。
塩……塩ねえ。
付近に海水はなさそうだし、食べ物も見当たらない。
食卓に塩入れもなし。
漆喰は? 塗られていない。
暖炉の石……大理石かぁ。砕いたら少しくらいは岩塩が含まれてるかもしれないけど、望み薄。
困ったなぁ。
そうすると、この部屋では塩の材料はたぶん手に入らない。
違う武器を考えた方がいいのかも。
冷たい鉄も呪いにはよく効くけどなぁ。
鉄製品は見当たらない。
燭台はおそらく真鍮製。
困った、どうやって脱出しよう。
――それにしても、銀と塩かぁ。
最初に聞いたとき、わたしは変だなぁって思ったんだよね。
だって、金属を塩水につけたら錆びる。
塩分の高い食料は部屋に持ち込むな、洗ってない手で金属に触るな、って両親には何度も怒られたから、これは間違いない。
でも、銀は比較的錆びにくいから、塩とくっつけるなら、何年も塩水につけておくか、もしくはなんらかのひと手間が必要。たぶん金属メッキのときみたいに、雷の魔石を使う。専門外なのでよく分からない。
魔銀と塩が結びついても、錆びずにピカピカでいるのなら、魔力がうまく取り持っているからだと思う。
うーん。
その取り持っている魔力の魔術式こそが、おそらく呪いによく効く『魔法を分解する力』の正体だ。
銀と塩はその触媒で、魔力が形を変えるスイッチになるんだと思う。
だから、魔力の変化さえ起こせるのなら、銀と塩は必ずしも必要じゃない。
無から魔力をその形に変えて、何かの素材に乗せることができたらいい。
――でも、それができるのは、その魔術式を知悉している魔術師だけだ。
知らない式は書けない。
……わたしは魔銀のかけらを構成している魔術式を覗き見ながら、また唸った。
見たままを言うのなら、ぐにゃぐにゃの多角形? それが四方八方に伸びている。
魔銀の時点で相当複雑だよねぇ。
たぶん構造を解析し終わる前にわたしの寿命が尽きる。
ここに塩まで加えたらどうなってしまうのか、ちょっと見当もつかない。
魔銀の触媒なしに、魔銀と同等の破魔の魔術式が書ける存在がいるとしたら、精霊か神様だけだろうね。
魔道具をつかさどる神様なら、きっと――
そのとき、ドアから変な風が吹いた。
ふわりと優しい手に撫でられたような感触。
そして、女の人のささやき声がした。
――わたくしを呼んだ?
きょろきょろしてみても、誰もいない。
――あなたに力を貸してあげましょう。
――だからどうか、わたくしを救って。
ドアが急にまぶしくなって、目を開けていられなくなる。
おさまったあと、わたしの魔術式の格納スペース、通称【短縮魔法】の生活魔法から、巨大な魔術式が展開された。
お、お、おおおお?
ぐにゃぐにゃの多角形……さらにその上に何かもやのようなものがかぶさっている。
こ、これは……!
破魔の魔術式だああああ!
中身は……えーと、なーんも分からん!
こんなに大きな術式、【複製】しきれるか不安だったけど、ライブ感を大切にして、軽く試してみたらいけてしまった。
わたしは手にしていた魔銀をもう一度ナイフの形に変えた。
もうここまで来たらライブ感だよ。
破魔の力を乗せて、いっけええええ!
ドアに向かってナイフをつきたて、切り開く。
すると、保護カバーがはがれて、中央に目の書かれた魔法陣が現れた。
出た、これが封印の魔術式だ。魔法陣形式なんだね。
やっぱり封印の型が古いや。
この形式なら、中央の図形をハンドルのように回して、内側の円盤を回転させ、うまく円盤のくぼみを揃えられたら開く。
今回は裏側だから、直接手で円盤回しちゃおうっと。
わたしはいくつか邪魔なパーツをピーッと切り捨て、円盤をむき出しにした。横に三枚、並んでいる。
三枚とも手でクルクル回して、くぼみを直上のコの字バーに合わせ、バーをガチャンと引き下げると――
魔法陣の封印が解けた、確かな手ごたえ。
やー、よかったよかった。
これを先にやっとかないと、やみくもに壊そうとするとロックがかかって二度と出られなくなるやつもあるからねぇ。