137 リゼ、脱出ゲームに参加する
わたしには武器になる魔法は使えない。
緊張してても、混乱してても、絶対の正確さで使えるのは、いつもの魔道具を作るときの魔法だ。
【魔糸紡ぎ】
姿を隠す布を頭から被り、ドミニクさんの目をくらませる。
ドミニクさんがかすかに息を呑んだ。
周囲を見渡している。きっとわたしを見失ったんだ。
わたしはそろりそろりと移動して――
「そこか!」
ドミニクさんが正確にわたしの方をにらんだので、わたしはもう少しで大声を出すところだった。
足音を聞きつけるなんてなかなかやるぅ。
でもドミニクさんの【火炎魔術】、使うのにかなり長い詠唱がいるみたい。ディオール様みたいにぱっと使えないのなら、きっとわたしの方が発動が早い。
またさっきの呪文を唱え始めたドミニクさんを見て、わたしはもう迷ってる暇はないと判断した。
わたしは出せるだけの魔糸を出して、ドミニクさんをぐるぐる巻きにした。
あっという間に顔だけ出して簀巻きにされるドミニクさん。
よし、勝った!
「【火炎魔術】は辞めた方がいいと思いますよぉ。その糸、すっごくよく燃えるので。火だるま舞踏会みたいになっちゃいますよ」
そう、これこそが火だるま舞踏会の語源で原因!
火がついたらとっても危ないことになる。
わたしは急いで簀巻きの魔糸に【魔封じ】の魔術式を書き込んだ。
これでもう魔術は使えないはず。
あとは誰か呼んでこよう。
「痛い……」
ドミニク様が苦痛に顔をゆがめている。
「お願い、少しだけゆるめてちょうだい。手が革のベルトと糸の間に挟まって締め付けられているの」
「えっ」
「手が痺れてたまらないわ。きっと血が止まっているのね。手が腐り落ちてしまうかも」
「ご、ごめんなさい、どっちの手ですか?」
「左よ、左の指の感覚がなくなってきたわ」
捕まえるつもりはあったけど、そこまで痛めつけるつもりはなかった。
わたしはちょっと考えてから、左手のベルトのところだけぐいーっと引っ張って、すき間を作った。
左手を露出させてあげて、ドミニクさまに尋ねる。
「こ、これでどうですか?」
「楽になったわ。ありがとう――そして消えて」
ドミニク様が左手で、ポケットから嗅ぎタバコの箱をもっと小さくしたようなのを取り出した。
見た瞬間に全身がざわっとする。
魔道具だ――
ピカッと箱の鏡面仕上げが光って、わたしの顔が映ったとたん、中央にある禍々しい目のような文様と目が合った。
目が怪しく光り、周囲の景色が流れて、ひどい目まいに襲われる。
***
変な空間だった。
見た目はどこかのリビング。
でも、窓の外は真っ暗で、何も見えない、誰もいない。
不思議に思ってポケットに手を伸ばし、手に取った『ギネヴィアの櫛』には反応なし。
天体の位置が割り出せないってことは、もう地上のどこでもないってこと。
目がピカッと光って、小さい箱に吸い込まれた。
ということは、たぶん、あの箱の中に閉じ込められたのかなぁ。
そういう魔道具もあるって話だけは聞いたことある。
現実世界とはかけ離れた遠い遠い場所に、一切時間が流れず、出口もない空間を作り出して、使役魔獣を閉じ込めていたという話。
家畜化した魔獣のための魔道具だったはずなのに、いつしか人間にも使われはじめて、その国は滅んでしまったという。
滅亡した王国の王様たちは、今もその空間に逃げ込んでいて、出られる日を待っているって説も聞いたことがあるなぁ。
おとぎ話だと思ってたけど、実在したんだ。びっくりした。
わたしが魔道具師じゃなかったらこんなの絶対パニックになってたよ。
でも――
ここが魔道具の中なら、わたしにもなんとかなりそうな気がする。
とりあえず、魔法の亜空間から出るには、結界の強度以上の攻撃を加えるのが普通。
わたしは攻撃用の魔術をほとんど知らないので、魔法効果のある武器を作ってみることにしようかな?
こういうときは魔銀が効くって決まってるんだよ。わたしは詳しいんだ。
魔銀、魔銀かぁ――
わたしはディディエールさんにもらったチャームを制服から取り外した。
純度の高い銀。
ここに魔力を足して魔銀にすればいい。
幸い、暖炉は赤々と燃えている。
るつぼの代わりになるものは、っと――
うーん、何にもないなぁ、この部屋。
わたしは暖炉から真っ白な灰をかき集めて、くぼみをつくり、そこに銀を置いた。
真っ赤に焼けた炭で周りを囲う。
タンスの中から適当に取ってきた洋服を、銀に触れないようにかぶせて、エンチャントファイヤー!
わたしの着火用魔法、そんなに強くないから、これでなんとかなってほしい。
根気よく続けたおかげで、服をめくったら、銀がほんのり赤くなっていた。
よしよし。こんなもんでいいか。
暖炉用の火かき棒でどうにかつっついて取り出し、床の上へ。じゅっと焼けた音がしたけど、気にしない。このぐらいの温度では燃えないはず。
わたしは急いで部屋の隅からモップを持ってきて、柄でこれでもかというくらい叩いた。
叩いて伸ばしつつ、魔力をどんどん注ぐ。
伸ばして伸ばして魔力を足してっと。
腕が疲れるけど手は止めない!
あるとき、銀がぐにゃっと溶けた。
おー、できたできた。
魔法釜で銀を精錬したのと同じ状態だ。
魔法釜なしでやるのは久しぶりだったからちょっと心配だったけど、なんとかなってよかった。
魔銀はわたしの意思で宙に浮いた。
しゅるしゅるっと、小さな、細いペティナイフを成型する。
ひとまずこれで完成。
これでもかというくらい魔力を入れたので、わたしの思い通りに動く。
――準備はこれでよし。
使役魔獣を出したり入れたりするお部屋なんだから、どこかに必ず向こうの世界との繋がりがある。
普通に考えたらドアか窓がそうなんだけど、開けても真っ暗な空間があるだけで、手を伸ばしても見えない壁にぶち当たった。
おそらく、別の場所に入り口がある。
そして、そこには必ず魔法の封印がされているはずだ。
魔法的な封印の技術はわたしもちょっと知っている。
どんなに頑丈な亜空間を作ったとしても、昔の封印はシンプルだ。
ピッキングができればたぶんいける。
さーて扉はどこにあるかなー。
大きな大理石の暖炉に鹿のはく製がついていて、そばにベッドとイスがある。
テーブルの上には燭台とろうそく。
火はついているけれど、ろうが流れている気配はなし。魔法的なアイテムかもしれない。
書き物机があって、本棚があって、魔法書っぽいものが並んでる。
……使役魔獣のためのお部屋にしては、ずいぶん住み心地がよさそう。
それに、内装がだいぶ最近のっぽい。
わたしは細工をするから、家具を見れば、だいたいの年代は分かる。
足にキャスターがついてて、緑のラシャがはってあるテーブルは、おそらくカードゲーム用のもの。
つい最近作られ始めたばかりのテーブルだ。