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136 リゼ、ステーキになりかける


 そしてメロンはほんのり甘くて瑞々しくてすごくおいしかった。


 つるっと二切れくらい食べていたら、ふたりとも最後の方には感心していた。


「……リゼ様って、見かけによらずずいぶんお召し上がりになるのね」

「気持ちのいい食べっぷりだね」

「いやー、わたし、魔狼のお散歩係なので! 朝晩走ってるとおなかすくんですよねぇ」


 けっこう食べてると思うんだけど、背があんまり伸びないのはどうしてなんだろうって思ってるのは、ここだけの秘密。


 言うとみんなに心配させちゃうからねぇ。


 別にそこまで気に病んでるわけじゃないから、こっそり思ってるだけにしとく。


「とってもおいしかったです! 呼んでくれてありがとうございます!」


 食べ終わってお礼を言うと、マルグリット様は慈悲深げに微笑んだ。


「今日はあまりご用意もしておりませんでしたけれど、明日からはディディエールさんたちもお呼びしましょう。リゼ様のお好きな方と仲良くお食事なさってくださいませね」

「確かにこの味は、皆にも食べてもらいたくなる味ですね!」

「ロスピタリエ公爵もお呼びだてしたいところですけれど……」

「彼はゆっくり食事をとってる暇なんかないんじゃないかな。私もだけど」

「騎士団、お忙しいの?」

「学生たちがね。言葉を選ばずに言うと、ちょっと調子に乗ってる」


 アルベルト王子は疲れた様子だった。


「最近、公爵の授業で劇的に魔力が伸びる子が増えていてね」

「わあ、そうなんですか! ディオール様すっごい」


 わたしの横やりに、アルベルト王子はふふっと微笑ましそうに笑ってくれた。


「すごいのは君だよ。純魔石に触れると格段に魔術が使いやすいみたいなんだ。みんな授業の開始前とは見違えるようだよ」


 それもそうかとわたしは思った。


 お手本があった方が何でもやりやすいもんねぇ。


 わたしも見本があってそっくりに作るのと、一から自分で作るのとではやりやすさが段違いだ。


「私に対しても礼儀を忘れる者が増えてきている。自分の方が強い――という優越感がそうさせるんだろうけどね」


 アルベルト王子は冗談交じりに言う。


「後ろから撃たれて死ぬのは嫌だな」


 おあー……アルベルト王子は大変だなぁ。


「何かいい魔道具はない? いきなり背中を攻撃されても助かるようなの」

「防御用の魔道具は得意なので色々提案できますけど……それより殿下は王子なんですから、直接参加しないで、遠征とかもやらせちゃえばいいのでは?」

「そうして、信じて任せた騎士団たちに裏切られて乗っ取られたんだよ。――歴史は繰り返す」


 騎士団? 裏切り?


 どゆこと?


「そろそろ戻るよ。また同席したいな」


 アルベルト王子がいなくなってしまったので、わたしの疑問は宙ぶらりんになった。


 大丈夫なのかなぁ。


「今日はこのあと、ご予定は?」

「帰って、仕事をやっつけます」

「ではお送りするわ。なんだか嫌な予感がするの」


 マルグリット様はまたあの豪華な王家の馬車にわたしを乗せてくれた。


 窓の外に鋭い視線を送っているマルグリット様は、何かを警戒しているように見えた。


「ねえ、マエストロを襲った子を覚えてらして?」

「ドミニク様?」

「あの子のことをかばうつもりはないのだけれど……とても生真面目で、人に乱暴を働くような子ではなかったの」


 マルグリット様は視線を外したまま言う。


「人が変わったよう――そうとしか言えないわ。何かあったのではないかしら……」


 ディオール様はストレスだろうって言ってたけど、そのことかなぁ。


「不安なの。騎士団ができてから、学園の中も大きく変わってしまったわ。なんだかそれが、誰かの手で荒らされているような――」


 そこで急に、窓ガラスの外がオレンジ色になった。


 熱い風と、大きな爆発音が吹き込んでくる。


 【火炎魔術】だ。


 脅かされた馬車馬が、一目散に走りだした。


 馬車が大きく揺れ、わたしは座席に押しつけられる。


 進行方向とは逆に座っていたマルグリット様がよろめいて、わたしの座席に叩きつけられた。


 悲鳴があがり、後ろの車輪がゴトリと大きく外れた音がする。


 車体が大きく傾ぎ、地面に擦れて壊れた。


 外に放り出される。


 マルグリット様に伸ばした手は、間一髪届かなかった。


 わたしは地面に投げ出されつつ、うまくお守りの結界が作動したおかげで、すばやく身を起こせた。


 マルグリット様も護符は持っていたのか、魔法の輝きに包まれているのが見える。


 馭者は馬をなだめすかすのに精いっぱいで、馬車の後方に立ち乗りしていたはずの護衛の騎士さんは影も形も見当たらなかった。


 どうしよう――と思う間もなく、【火炎魔術】が飛んでくる。


 わたしは怖くて棒立ちだったけれど、結界が勝手に作動して、わたしを守ってくれた。


 か、【火炎魔術】こわー!!???!?


 派手に吹き上がるから、本能的な恐怖が先に来ちゃう。


 数々の金属を火で溶かしてきたわたしの経験から言うと、ああいう白っぽい黄色の炎が出ているときは千二百度以上ある。


 鋼も溶ける温度だよ!


 人間にはひとたまりもない。


 そしてそんなものをわたしに向けないでほしい! ステーキになっちゃう!


 泣きそうになりながらにらみつける。


 犯人は真っ赤な髪の毛をした女子生徒だった。


「あなたがマルグリット様をたぶらかしたのよ。あなたのせいでマルグリット様はおかしくなってしまった。排除するわ。排除よ。排除排除排除……」


 ドミニク様の異様な独り言。


 わたしはゾッとして、震える手で生活魔法のストックを必死に手繰り寄せた。


 生活魔法に限らず、人は誰でも魔術を記憶して、すぐに魔術式を呼び出せるように訓練することができる。


 厳密にはちょっと違うけど、自分自身に魔術式を書きこむ感じ。


 わたしの記録スペースは、ほとんど生活魔法で埋まってる。


 えーと、えーと、温度が高い火を使うときの【祝福バフ】……


 何度も使ったことがあるはずなのに、焦ってしまってなかなか出てこない。


「消し飛ばさないと……跡形もなく消えてもらわないと……アイ・フレイムス・グロウ・ティリベルン・ア・ターン・ボーンズ・ナ・ダスト……」


 ドミニク様が再び大きな火炎の塊を作り始めて、わたしは震えあがった。


 ……待って、その色はやばい。


 白に近いまばゆい炎は、プラチナだって溶かす。


 わたしは何とか【炎熱耐性】の魔法を呼び出した。


 冷たい空気の層が何層もできて、炎熱をシャットアウトする。


「アイ・バーグ・バウグリル・ゴラス・ユー・イーヴン・アッシュズ!」


 わたしは【炎熱耐性】の【祝福バフ】を使っていても、炎を浴びたことは一度もない。


 たまらずしゃがみこんで、ひたすら小さく、丸くなっていた。


 吹き荒れる炎がやがて収まり、驚いた顔のドミニク様がわたしを見下ろしている。


 死んだかと思いきや、無事だった。


 心臓がドッドッドッと太鼓より力強く鳴っている。


 もう逃げたい。


 でもマルグリット様が心配。


 わたしは半泣きで立ち上がった。


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