135 リゼ、餌に釣られる
「毎日時間になると、宮廷から使いの者が来て、料理を届けてくれるの」
「詳しく聞かせてもらっても……?」
「お兄様ともご一緒なので、お誘いする方も限定されてしまって……いきなりリゼ様をお呼びすることはできないから、少し時間を置いてからにしようと思っておりましたの」
なんですって……?
実は学園って、お昼御飯がちょっと不自由だなって思ってた。基本、持参だし。
でも、宮廷のランチボックスって、絶対すごいよねぇ……
「よろしければ、ランチをいかが? 本日はそれだけでも……」
わたしは好奇心を抑えきれなくなって、「それじゃあ……」と言ってしまった。
最後にランチぐらいいいよね。たぶん。
お店をお任せして、学園に登校することにした。
マルグリット様の馬車に乗せてもらって学園に到着。
ついたとたん、マルグリット様のサロンの女の子がふたりがかりで馬車から下ろしてくれた。
校門をくぐりぬけて、ぎょっとする。
校庭に、ずらりと最敬礼の生徒たちが並んでいた。
しかも人数が多い。
ぜ、全校生徒……?
進み出てきたのはアルベルト王子。
なんだか久しぶりの彼は疲れが顔に出ている。
「やあリゼルイーズ嬢、学園に戻ってきてくれて嬉しいよ」
「えっ……わたし、ランチを食べに来ただけ――」
「四級国家首席魔道具師、栄光のリゼルイーズ嬢に最大の感謝と歓迎を」
肩書きがご大層!
何事かと思っているわたしに王子がわざわざ腰を折って手のひらを返し、最敬礼してくれる。
ぽかーんとしていたら、マルグリット様までわたしに膝を折ってお辞儀を捧げてくれた。
……どういうこと?
「皆も知っての通り、新設騎士団には魔道具師協会の全面協力で新型の装備を多数配備している。当然のように、首席魔道具師の彼女にも叡智を授けてもらっているんだ。――あまりにも重要なお方ゆえリゼルイーズ嬢には正体をお隠しいただいていたが――」
アルベルト王子がわたしに向けて喋ると同時に、言葉遣いを改めた。
ちなみにわたしはアルベルト王子が敬語で話すところを初めて見た。
「彼女を害しようとする愚か者が現れた」
アルベルト王子の声ははっきり分かるほど怒気をはらんでいた。
「ゆえに、二度とこのようなことが起きないよう、不本意ながら名を明かしていただくこととした。彼女への侮辱はそのまま私への侮辱だと思うがいい」
「偉大なるご功績を踏みにじった者には災いを――聞くに堪えぬ悪罵でお耳を汚しましたことをお許しくださいませ。わたくしは真に憤激し、憂えているのでございます」
しまいにマルグリット様まで怒り出した。
珍しいなぁとやや勢いに圧されていると、マルグリット様はいつもより早口になった。
「マエストロに対する不埒な乱暴狼藉、百万言を費やしてもお詫びしきれるものではございません。この国の誰よりも儀を欠くべからざる御方に弓を引く大罪、まったきわたくしの不徳と致すところでございます」
何を言っているのか全然分からない。
これが本場の宮廷ことばってやつかぁ……と、わたしはどうでもいいことを思った。
でもなんとなく分かる。
これは何かのパフォーマンスだ。
『ものすごく反省しているから許してね』
ってことだ。
「不埒者には私の方からも反省するようよく言って聞かせるよ。――学園に戻ってきてくれてありがとう」
え、わたし、戻るなんてひとことも――
「お戻りくださいましてありがとうございます」
マルグリット様にも重ねて念を押されて、わたしはようやく理解した。
は、はめられたぁぁぁぁ!
マルグリット様は最初からわたしに退学させるつもりなんかなかったんだと思う。
「――さ、どうぞランチルームにお越しになってくださいませ。今日からはずっと一緒だなんて、マルグリットはうれしゅうございます」
いつそんな話に……?
困惑しきったわたしの手を引き、学園の校舎に誘導するマルグリット様。
わたしはどうしようもなくて、ついていった。
「うふふ、よかったぁ! これだけ念を押したのですもの、さすがに分からず屋さんたちにもマエストロの重要性が理解できたわよね! ね、お兄様!」
「そうだといいね。リゼルイーズ嬢にはこれからもっと学んでもらって、技術を教え広めてもらわないといけないから。こんなつまらないことで退学してもらっては困るんだ」
「でも、わたしの正体……あんな大々的に発表したら……」
今はまだ学生さん同士のいざこざで済んでるけど、アルマンデルの書の製作者ってことまで広まったら、また暗殺者メイドみたいな人が来ちゃうよね。
「大丈夫だよ。アルマンデルの書の製作者は、別で代役を立てるから。それよりも、君の正体を悪い方に想像した生徒たちの暴走の方が怖かったんだ。最近、新設騎士団のメンバーの素行が悪化していてね」
そういえば、ディオール様もなんか言ってたなぁ。
「今回は本当にすまなかった。お詫びと言ってはなんだけど、また王宮に招待するから」
「ご、ごはんですか!?」
「うん。何でも好きなものを食べさせてあげる」
「行きますぅぅぅ!」
やったぁ!
わたしはもうウキウキだった。
アルベルト王子はやっぱりいい人だなぁ。
「今日はつまらないものだけど、心行くまで食べていって」
と言いながら、お部屋に用意されていたのはご馳走だった。
籠に盛りだくさんのバゲット。
産地別のチーズの山。
素焼きの小さなツボに入った肉のパテ各種。
オリーブの油漬けにトマトのペーストにザワークラウト、マリネにされたタマネギ、レタス、各種野菜。
おまけに食後の果物にメロンが用意されていた。
さらに給仕係の人がひとりいて、何でも好きなものをパンに盛りつけてくれると言われた。
「全種類食べたいです」
素直な欲望を口にすると、給仕係の人はバゲットを分割してちょっとずつ盛りつけてくれた。
おおお、こってりとしたお肉のパテとお野菜のほどよい酸味で食欲が進むぅ。
マルグリット様は『いつものをお願い』といって、オリーブとローストビーフ、それからお野菜がたっぷり乗った、薄切りのバゲットを食べていた。
「あんまりお肉食べないんですね!」
「お肉とお野菜が一対二くらいのが好きなの」
「あー、ジューシーでおいしいですよねぇ。でもわたしはお肉いっぱいのやつが好きです!」
アルベルト王子はちょっと硬めのパンにスライスしたチーズとトマトを乗せて食べていた。
「お肉載せないんですか?」
「私はチーズとトマトが好きかな」
「分かります! でもそれにベーコンが乗ったらもっとおいしいと思いますね!」
やはりお肉。お肉は人を幸せにするよね。
わたしはこの機会を逃してなるかと、いっぱい食べたけれど、途中で苦しくなってきた。
様子をうかがっていたマルグリット様が、そっと口を出す。
「……マエストロ、またご用意いたしますから、今日はあまりご無理なさらないで」
「……残したくないです……!」
わたしは鋼の精神で取り分けてもらった分だけは食べた。
よかったぁ、食材無駄にしちゃうとこだった。