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134 リゼ、退学を決意する


 ぐすぐす泣きながらあったことを説明すると、クルミさんは一緒になって怒ってくれた。


「なんてひどいことを……」

「やっぱり学園は怖いお姉様ばっかりなんですよぉぉぉ……!」

「まさかそんな……と思っておりましたが、想像以上に深刻なのでございますね……」


 泣きすぎてえぐえぐと変な癖のしゃっくりをしているわたしの背中を、クルミさんがよしよしとさすってくれる。


「おそろしい思いをなさいましたね……もう大丈夫でございますよ。その女子生徒のことは、きっとご主人様が厳しく罰してくださいますので」

「でも、でも、正体をバラすってぇ……」

「ご安心なさいませ、きっと王子王女両殿下がすべてよいようにはからってくださいます」


 それでももうわたしは、学園に行く気になれなかった。


 怒られてばっかりだし、お姉様たちは怖いし、姉のしたことも取り返しがつかないし……


 ディディエールさんも、最近は「モンブランさん」なんて呼ばれて、友達もいっぱい作って、楽しそうにやっている。きっと、わたしがいなくてもうまくやっていくはず。


「退学します……」


 クルミさんは気落ちしているわたしに寄り添うように、「あら……」とだけ言った。


 悲しいけど、わたしには向いてなかったんだ。


 そう思ったら気が楽になった。


 終わったことなんだから、いつまでも悩んだって仕方がない。


 クルミさんだってわたしが泣きっぱなしじゃ困っちゃうよね。


「泣いたらおなかすいちゃいました」


 気を取り直して、笑いながらそう言うと、クルミさんも笑ってくれた。


「何かおつくりいたしましょうか」

「ベーコン食べたいです。しょっぱいやつ」

「ではパイにいたしましょうか」


 一緒にごはんを作って、食べ散らかしたら、気分もすっきりしてきた。


 クルミさんとたわいないお話をしていたら、表にロスピタリエ公爵邸の馬車が停まった。


 中から血相を変えた兄妹が出てきて、ふたりともわたしに突進してきた。


「おねーさま!」

「無事でよかった」


 ぎゅーっとしてくれるディディエールさんは、ちょっと泣いたあとがあった。


「なぜ鞄も持たずに帰ったんだ? 心配するだろう」


 そっか、伝言も残さなかったから、心配させちゃったんだ……


 おめめをくしくしとこするディディエールさんを見ていたら、胸が痛くなった。


「ご主人様、これにはわけが……」


 わたしの代わりにクルミさんが理路整然と説明してくれて、ディオール様が足りてない情報をわたしに短く尋ねる。


「その女子生徒の名は?」

「ドミニク様……火炎魔術が得意な赤毛の六年生です」

「他に君の正体を知っていそうな人間は?」

「分かりません……ひとりでした」


 ディオール様はわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「綺麗な髪なのにな。酷いことをする」


 どこにでもあるような茶髪には過分なお世辞を口にして、ディオール様は「学園に戻る」と、出ていってしまった。


 辻馬車でも拾うつもりなのか、馬車は置いていってくれた。


「おねーさま、大丈夫?」

「もう大丈夫ですよ! おひとりで置いてきちゃってすいませんでした」


 ふるふると頭を振るディディエール様。


 口数は少なくても、すごく心配してくれてるのは伝わってきた。


「どうしてみんなおねーさまをいじめるの……?」

「姉が舞踏会を火だるまにしちゃったからですね……」


 ディディエールさんはわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。


「おねーさま、悪くないのに。みんな勝手なのですわぁ……」

「みんな感情があって、正義があって、立場があって、で、そんな人が何百人と集まってるわけで……」


 貴族の人間関係はあっちこっち予想もつかない方向に転がってぶつかりあうボールみたいで、難しいね。


「ディディエールさんが分かってくれたので、それで十分です」


 はにかんだ笑顔を見ていたら、わたしも和んでしまって、なんとなくほのぼのとしたムードに。


 ディディエールさんとマルグリット様とアニエスさんと、それとディオール様と、みんなと学園で遊べて楽しかったから、まあいいかな。


 そしてわたしの学園生活は終わりを告げた――はずだった。


***


 次の日、わたしがフェリルスさんと久しぶりのお散歩をしてからハーヴェイさんと一緒にお店に出勤すると、お店の前で待ち構えている人がいた。


 マルグリット様だ。


 わたしを認めるなり、泣きそうな顔になった。


「マエストロ! お待ちしておりましたわ! 昨日は本当に本当にごめんあそばせ!」


 両手で両手を取られて、ぎゅーっとされる。


「あの子にはロスピタリエ公爵も交えて昨日たっぷりお説教をいたしましたわ! 反省していただけたようですから、ぜひ学園までいらしてちょうだい!」


 えぇ……とわたしは引き気味だった。


「でも、もう正体バレちゃったんなら、通うのは難しいと思いますしぃ……」

「昨日のうちにわたくしとお兄様と、連名で布告を出しておきました。今後マエストロに手を出した方は問答無用で退学にいたします! 事前に通告したのですから、どんな弁明も聞くつもりはありませんわ!」


 わたしはなんといっていいか分からなかった。


 マルグリット様たちの気持ちはうれしいけど、今回の問題は、上から抑えつけても止められない気がするんだよねぇ。


「ああ……! どうして分からず屋さんばかりなのかしら! マエストロのすばらしい武器や防具がなかったら、騎士団なんて子どもの集まりでしかないというのに……!」


 マルグリット様は、心底悲しそうなお顔をしていた。


「どうしてみんな仲良くできないのかしら。貴族の序列、テストの順番、魔法の等級、立ち居振る舞い、いろんな要素が複雑に絡み合って、わたくしたちを細かく分断しているように感じるわ」

「貴族の世界は難しいですね……」


 もうわたしは懲りた。


「難しいことはよく分かりませんが、貴族の皆さんは人間関係に頭を悩ませる時間がすごくあるんだなって思います。わたしのような庶民は毎日水汲んで掃除してお店を開いて魔道具を作って……考えごとなんかしてる暇もないほど忙しいですけど、貴族の皆さんは、水汲みも掃除もしない分、ずっと人間関係で悩んでいるんだろうなぁ、って。だから言葉遣いとか、ドレスとかの細々したことを、いっぱい悩んで選んでるんだろうなぁ、って」


 マルグリット様はぽかんとしていたけれど、やがて噛み締めるようにうなずいた。


「……そうね。わたくしたちは暇なのかもしれないわね。わたくしたちは人が苦労して用意してくれたお水を飲んでも、当たり前だとしか思わないわ」

「時間があると、難しく考えすぎちゃうこともあるのかもしれないですね」


 前に姉が『わたくしはお菓子なんて食べないわ。努力をしているのよ』ってわたしに言ったことがあって、ずっともやもや心に引っかかってたんだけど……


 満足に食べさせてもらえないわたしがどれだけ努力して魔道具を作っていたかを考えたら、お菓子を我慢する努力って何だったんだろう?


 お菓子と言わず、パンを分け与えてくれたらダイエットにもなったんじゃないかなぁ。


 貴族の皆さんの悩みは姉みたいだなって、ちょっと思う。


 姉のように、苦労から解放されて、それが当たり前になってしまって、支えてくれるたくさんの人たちの悲しみや苦しみが見えなくなったあと、最後に残る悩みが、同じ立場の人同士の付き合い方で。


 だからこそ姉は、ダイエットの結果に一喜一憂していたのかもしれないね。


 わたしはへらりとした。


「わたしには向いてない世界だと思いますので、学園はもういいんです」

「リゼ様……!」


 マルグリット様は目をうるませていた。今にも泣きそうだ。


「……まだリゼ様をランチにもお誘いしていないのに、これでお別れなんて寂しすぎるわ」


 わたしはぴくっとした。


 ランチ……?


「今ごはんの話をしました……?」

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