130 学園に流れる不穏な空気
わたしはディオール様の依頼で、朝早くお店に来て、魔石を量産していた。
なんでも、授業で使いたいのだそう。
素質のある人間は純魔石を持たせておけば勝手に実力を伸ばす――というのがディオール様の説明だった。
「教材として貸すだけだが、おそらく全員買い取るだろう」
純魔石はうちしか作ってないので、高値をつけている。学園生に持たせられる値段ではないと思うけど、学園生はみんな裕福そうだからいいのかなぁ。
無色透明の、何の影響も受けてない魔石をとりあえず依頼分の八十個、用意した。
デザインも全部同じの量産型。
ナンバーを刻印して、盗難防止にしておく。
できあがったものをその場で学園に届けにいくことにした。
その日のディオール様は講師用に割り当てられたお部屋の机で書き物をしていた。
女子生徒が集まって、楽しそうに何かを質問している。
こうしてみると、ちゃんと先生してるんだなぁ。
そして相変わらずモテてるなぁ。
ピエールくんはディオール様が先生をやるって聞いたとき、わたしのところにわざわざ来て「絶対に向いていないから支えてあげてほしい」って言ってたんだけど、そんなことなかったね。
『だいたい、ご主人様が学園でまともに友達を作れるタイプだとお思いなのですか? はっきりとはおっしゃいませんが、かなり絶望していらっしゃいます。リゼ様のような癒しの存在が一緒でなければきっとお心が病んでしまうでしょう。どうか学園で孤立しがちなディオール様をよろしくお願いいたします』
――って言うから、そんなに友達作れないのかなぁって思ってたんだけど。
でもよく考えたら先生に必要な技能は友達づくりじゃなくってお世話を焼く力だし、ディオール様は面倒見がいいもんね。
「ご依頼の教材をお届けにあがりましたぁ」
わたしがディオール様に麻袋いっぱいの魔道具を抱えている姿をアピールすると、ディオール様はすばやく立ち上がって、わたしの荷物を持ってくれた。
「準備の邪魔だ。早く戻りなさい」
女子生徒たちを軒並み追い出そうとしていたので、わたしも退室しようとしたら、「君は残れ」と言われてしまった。
「授業はどうだ? そろそろ古代魔術文字ぐらい読めるようになったのか」
……生徒指導だぁ……
「簡単な単語……『火』とか『水』くらいなら……」
「本当か……!? すごいじゃないか。そうか……何度教えても右から左に聞き流していたあのリゼが……」
後半心の声みたいですけど、全部聞こえてますからね。
「ディ、ディオール様こそ、授業はどうですか?」
「見込みのありそうな生徒の選別は終わった。そっちに集中して、何人かが国王の満足するレベルまで到達したら終わりだ」
「……学校の先生って、みんなにまんべんなく教えるのでは……?」
「時間が余ったらな。私はリゼを守りに来ているんだ。君が学園にいる間は適当にやる」
しれっと言うので、わたしはなんと答えたらいいのか分からなくなってしまった。
「……しかし、忙しいな。限界に近い」
「わたしもです」
お店番はクルミさんとハーヴェイさんにお任せして、仕事するときだけ顔を出してるけど、ちょっと疲れてきた。
宿題やってる暇はないんだよなぁ。いや、やりたくないからやらないとかいうわけでは決してなく。本当に。忙しいからね……!
フェリルスさんとのお散歩も滞りがちで、寂しそう。
ディオール様はもっと忙しいんだろうなぁ。
「アルベルト殿下も最近見かけませんね。騎士団が大変なんでしょうか」
「ああ。統率に苦労してるようだ――」
そのとき、生徒が教室に駆け込んできた。
「先生、大変です! 中庭で噴水が壊されて、水の魔石が暴走を……!」
「すぐに行く」
ディオール様は教室の窓を飛び降りて、さっさと中庭に行ってしまった。
ここ、二階なんですけどぉ……
わたしも興味があったので、行ってみることにした。
――ついたら噴水は凍っていて、水の魔石は分解されたのか、どこにも見当たらなかった。
ディオール様がやったんだと思う。
壊れて枯れた噴水の前で、犯人らしき生徒たちが立たされている。
男子生徒ばっかり、四、五人くらい。
「――ちょっとした口論から魔術の打ち合いに発展して、器物を損壊させたと?」
静かに怒ってるディオール様の前で、生徒たちはうなだれた。
「論外だ。貴様ら全員進級できると思うなよ」
「そんな……!」
「殺傷力のある魔術を振り回して即牢に入れられないだけありがたいと思え。その他の処罰は追ってする」
生徒たちは順番に何らかのマーカー系魔術とおぼしき首輪をされて、先生らしき神官さまにまとめてお説教部屋に連れられていった。
「……先生、あいつら、ちょっと感情的になりすぎただけで、悪いやつらじゃないんです」
周囲で見ていた男子生徒が果敢に進言してきたけれど、ディオール様は冷たく睨み返した。
「やったことはやったこと。性格で裁かれるわけじゃない。行いに対する罰だ」
取り付く島もないディオール様。
けっこう怒ってるのかもしれないなぁ。
わたしはおそるおそる近寄って、袖を引っ張ってみた。
「ん……ああ、リゼか」
ディオール様の怖い顔が少しだけゆるんだ。
「すごいことになっちゃいましたねぇ」
「近頃多いんだ」
うんざりしたように続ける。
「生徒たちも魔獣狩りで実戦をするようになって、少し荒れてきている。危険な仕事はやはりストレスがかかるのだろう」
「そうなんですか……」
上級生の様子って見えないから、それは知らなかった。
「魔獣狩りといっても、究極的には殺し合いだ。実戦で受けた痛みが心の傷になって、普段は温厚な人物でも、人が変わったように暴力行為への垣根が低くなるということはよくある」
「……魔獣と戦うの、怖いですもんね」
わたしもテウメッサの狐は怖かった。フェリルスさんたちがいつもそばにいて励ましてくれたからまだ安心だったけど。
「君も学園だからといって油断せず、気をつけてくれ。変な生徒に絡まれたら決して『大丈夫だろう』などと安易に判断せず、迷わず助けを呼ぶように」
「はい」
わたし、ディオール様に気をつけろって言われてばっかりだなぁ。
ごはんのことも、魔道具のことも。
世の中には気をつけることがいっぱいだ。
……分かってても、疲れていると、うっかりしてしまいそう。