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13 大事にしたまえよと公爵さまが言い


 その後、公爵さまが仕事から帰宅して、わたしは実況見分に立ち会った。


「……事情はだいたいピエールから聞いた。で、現場を見にきたわけだが……」


 公爵さまがチラリと床に落ちている繭を見た。


「これはなんだ?」

「あ……わたしが、とっさに、身を守るために作ったもので……犯人の遺留品とかではないです」


 公爵さまは床に落ちていた(現場をそのままにするようピエールさんが計らってくれたので)繭の抜け殻を拾い上げると、不審なものを見る目つきで色んな角度から眺めた。


「……魔織……か? えらく魔力の割合が多いが……」

「はい、魔力でできてますので」


 公爵さまは固まった。


「ほ、ほら……魔力だけで構成すると、布としては欠点が多すぎて使いにくかったりしますけど、姿隠しの魔術を上乗せするには便利だったので……」

「はあ!? 姿隠しだと!?」


 公爵さまは繭に魔力を流し込み、その一部が入れ子構造になっていて、周囲の風景と同化するのを見届けた。


「なんだこれは……」

「子どもだましみたいな術ですよね……へへ……でも、わたしが一番慣れてる魔術ってこれで、他に思いつかなくって」

「何が子ども騙しなものか」


 公爵さまは呆れたように、


「国の勢力図が一変する」


 などと大げさなことを言うものだから、わたしはつい首をかしげてしまった。


「君がこの魔術を使えることは何人ぐらいが知っている?」

「え……えっと、特に、誰も……」

「家族もこの布が作れるのか?」

「どうでしょう……練習すればできるんじゃないでしょうか? わたしは最近、似たような技術の魔道具を作ったので……」

「幻影魔術の付加効果つき……ということか?」

「はい」


 姉から作るように厳命された、王子の注文品。


 あの中に、鷹の幻影が飛ぶエフェクトをつけるっていう、ちょっと変わったギミックがあったんだよね。


 おかげでみっちり幻影魔術の研究をすることになったんだ。


「そればっかりやってたせいで、ついとっさに出てしまったんです」

「とっさに、か……」


 公爵さまは怖い顔をますます怖くした。


「私は君のことを天才的な魔道具師だと思っていたが、どうやら違うようだな」


 わたしが天才? またまた。


 おばあさまはもっとすごかったし、わたしはお店で雑用しかしてなかった。


 公爵さまはわたしに近づくと、わたしの手のひらに触れた。


「君は伝説級の魔道具師だ。大事にしたまえよ、この手はもう君ひとりのものではなくなった」


 公爵さまが宝物のようにわたしの手を捧げ持つ。


 わたしはそのとき初めて、公爵さまの顔を、触れられそうな間近で見た。


 氷のように冷たいと評判の公爵さま。


 表情は相変わらず面白くなさそうだったけど、美形と世間で騒がれるだけはあり、とてもきれいな顔をしていた。色素の薄い青の瞳は本物の氷のようで、あだ名の由来ってもしかしてこれかな、と思ったりしたのだった。


***


 リヴィエール魔道具店は窮地に陥っていた。


 妹を連れ戻すように依頼していた裏ギルドが、『失敗した』と言ってきたのだ。


 警備が厳重で、再チャレンジが難しく、連れ戻すのなら当初の五倍の報酬が必要だと言われ、リゼの両親は騙された思いで家路につくことになった。


「金だけふんだくりやがってっ……」

「どうするんだい、もう違約金だけで破産しそうだよ」

「破産する前に、今すぐ店は畳むしかないだろう。今ならまだ間に合う」


 二人は店舗などの売却に入った。


 困ったのはアルテミシアだ。


「ねえお父様、お母様、わたくしの学費が滞納されているって……どういうことなの?」


 魔法学園からの警告を受けて、慌てて帰宅してきたアルテミシアに、両親は冷たかった。


「どうせお前は王族に嫁ぐんだろう? ならもう退学でいいじゃあないか」

「そんなわけにはいかないわ!」

「なら、お前の御自慢の婚約者様に払ってもらいな。王族にはそのくらいわけないだろう」


 アルテミシアは怒り心頭だったが、他に頼れる人もいないので、アルベルトに泣きついた。


「わたくしの実家の経営がうまく行っていなくて、このままだと退学に……」

「それはいけない。君を退学にしたら、国の損失だ!」


 アルベルトは疑いもせずにアルテミシアの話を聞いてくれる。


「それだけではありません。わが家はとてつもない不幸に見舞われているのです」


 妹の件をアルベルトに話すのは大きな賭けだったが、誘拐に失敗した以上、なりふりは構っていられないとアルテミシアは判断した。


 こうなったら王子の力で連れ戻してもらうしかない。


「わたくしの妹が、先日ロスピタリエ公爵と婚約いたしましたが」

「ああ、王宮でもずいぶんと騒がれていたよ」

「彼は、妹の嘘をすっかり信じ込んでしまっているようなのです」

「嘘、だって?」

「はい。妹は、アルベルト殿下に見初められたわたくしをたいそう羨ましがっておりました。妹なりに良縁をつかみたくて必死だったのでしょう。わたくしたちからイジメられているという作り話までして、公爵さまの同情心に付け込み、強引に婚約に持ち込んだようなのです」

「そんなことが……」

「ロスピタリエ公爵閣下はわたくしたちのことを敵だと思っていて話も聞いてくださいませんし、わたくしの父母も、大事な娘と無理やり引き離されたショックで、すっかり元気をなくして店じまいを始めております」


 アルテミシアは渾身のそら涙を流した。


「お願いでございます、殿下のお力で、妹を取り戻していただけませんか」

「……分かった。私からロスピタリエ公爵に話してみるよ」

「できればわたくしも、妹に会わせていただけませんでしょうか……とても心配しているのでございます」

「なんとかしてみよう」


 アルテミシアはほっと胸を撫で下ろした。


 アルベルトがいないすきにこっそり、『早く戻ってこなければ酷い目に遭わせる』とでも言えば、妹は震えあがって帰ってくるだろう。


 アルテミシアにとっての妹は、グズでのろまで、少々物分かりが悪い奴隷だった。奴隷を躾けるには、ときどききつく言ってやらなければならない。


「ところで、君に頼んだ新しいドレスの開発はどう?」


 王子が熱心に聞いてくる。


 ――本当にお好きよね、魔道具。


 内心馬鹿にしつつ、アルテミシアは少しもそれを感じさせない笑顔でふんわり笑った。


「ああ……カメレオンドレス、でございますね」


 実は少しも進んでいないなどとは言えない。


「現在、父母にも手伝っていただいているところですの。妹さえ無事に戻れば、わたくしたちも集中して取り組めるようになりますわ」


 アルテミシアは笑顔で平然と嘘をついた。


「そうか。なら、私も急いでロスピタリエ公爵に連絡してみよう」

「もう殿下しか頼れる方はおりません。できる限り早く、よろしくお願いいたします」


 アルテミシアの懇願を、王子は聞き入れてくれた。


 ロスピタリエ公爵を、数日後のお茶会に誘い出してくれたのだ。


 妹同伴という条件つきで。


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