129 リゼ、ギネヴィアの櫛の制作に取りかかる
わたしはその日の夜からさっそく『ギネヴィアの櫛』の製作に取りかかった。
魔道具師として流行りものは押さえておきたいからねぇ。
それに、騎士団の人の捜索以外にも、いろいろと使いでがありそう。
わたしが学校に行くようになってから、送り迎えはディオール様がしてくれるようになったんだけど、たまにハーヴェイさんにお願いするときは時間を合わせるのが大変そうなので、それならいっそわたしの位置が分かってた方がいいかなと思ったんだよね。
わたしはやれそうなところからやることにした。
まず、髪の毛にマーカーを残すのは割と簡単。
神殿提供の地図魔法を借りたら国内は捜索圏内だ。
国内ならルキア神殿を数キロおきにくまなく立てることが法律で決まってるので、最寄りのルキア神殿からおおよそどのくらいの位置かの情報、通称『ルキア座標』を取得して、櫛に発信するようにする。
うんうん、できるできる。
あとは櫛の方に、お店の警報システムに書いてある位置座標取得の魔術式を付与したらおしまい。
おばあさまの偉大な発明に感謝。
これは結構便利なものを作ったのでは……?
ディオール様に見てほしい!
絶対褒めてくれるはず。
わたしはいてもたってもいられなくて、次の日、授業と授業の間にベンチでぼんやりしているディオール様を探し当てて、話しかけにいった。
作ったばかりの櫛を見せて、興奮気味に概要をベラベラ喋り倒す。
「――という感じなんですけど!」
わたしがウキウキでそう結ぶと、ディオール様は微妙な顔で頭を抱えてしまった。
……あれ?
「便利なことは認めるが、それは危ないだろう」
ダメ出しを食らった。
「どうしてですか? 遭難したときに見つけてもらえるの嬉しくないです?」
「いや、位置が丸わかりなのはダメだろう。悪意のある人物が発信を横からキャッチして、攻撃目標にされたら、遠距離魔法で全員まとめて吹っ飛ばされるぞ」
「……!」
そ、そっか。ルキア座標があったら、それを魔術に組み込んで、爆発の着地点にすることもできるんだ。
「で、でも、魔獣狩りのチームですよね? 攻撃なんか受けないと思いますし、山で遭難する方がずっと危ないんじゃないかと……」
「どうしてそんなに遭難にこだわる?」
「だって、ディオール様が、山でサバイバルしたのがつらかったって言ってたから……」
ディオール様が遭難したときに、助けにいってあげられたらいいなって思ったんだよね。
わたしは考えた末に、ピンと来た。
「そっか、じゃあ、ルキア座標を使わなきゃいいんですね」
「……待て、どういうことだ?」
ディオール様がわたしの肩をつかんで食い気味に言う。
な、何でそんなに極端な反応するんだろう。
「えっと……天体の位置から自動で自分がいまどこにいるのか割り出す魔術式を暗号で書き込んで、櫛の方には大まかな方角とざっくりした距離を表示するだけにすれば、暗号は一般の魔術式に載せられない問題と、広範囲すぎて標的が絞り込めない二重苦で、攻撃には転用しづらくなるかと」
「それはそうだが……そんな魔術式まであるのか?」
「確かあったと思います。遠洋航海用の技術からの流用でいけるかと……」
髪の毛に乗せるには大きすぎる魔術式だけど、最近圧縮率があがったので、行ける気がする。
「できたらディオール様にあげますね! もう山で遭難してもぶよぶよの魔獣を食べなくていいですからね!」
わたしが満面の笑みで言うと、ディオール様は呆れたようだった。
「……君は食欲絡みになると異様な同情心を発揮するな」
「食べ物がまずいのは悲しいですよぉ……」
わたしだってぶよぶよの魔獣なんて絶対食べたくないもん。それが最後の食事になったら死んでも死にきれない。
死ぬときはおいしいステーキを食べてからがいい。
「それに、ディオール様が迷子になったら、わたしが探しに行かないとって思うんです。いつもお世話になってるので!」
「フェリルスも同伴するから、迷子にはまずならないが」
「フェリルスさんともはぐれることだってありますよ! 万が一の万が一ですけど、ディオール様がいなくなったら寂しいです」
ディオール様はわたしに呆けたような顔を見せた。
「……?」
わたし、なんか変なこと言ったかな?
ディオール様が何も言わなくなってしまったので、わたしもしばらくディオール様と見つめ合っていた。
長いような短いような時間がすぎて、ディオール様がハッと我に返る。
「……まあ、気持ちはありがたいが、リゼ、君はもっと自分の心配をした方がいい」
「?」
「第一王子の新設騎士団が魔法書を使いまくってるのは知っているか?」
「えっと……そうですね。いっぱい注文が来てます」
一冊金貨二百枚のものをバンバン消費できるなんて、さすが王家はお金持ちだなぁ……と思うんだけど、アニエスさんは『国債払いやめてくれないかしら。売りにくいのよね』とため息をついていた。ちなみに、国債がなんなのかは何回か説明してもらったけど、なんだかよく分からなかった。
「相当広範囲の人間が魔法書の存在、そして使い方を知っている。あれでは早晩よその人間もかぎつけて、開発者探しも始まるだろう。なるべく時間のあるときは君のそばにいるようにはするが、君も気をつけろ」
「な……何に気をつけたらいいんでしょうか……?」
「できるだけひとりにならないこと、そして人からもらった食べ物は食べないことだ」
「うええええ!?」
そ、それは嫌だ……!
「それと、魔道具について探りを入れてくる人間にも気をつけろ。その櫛のように、軽々しく渡しては危ない魔道具もある」
「そ、そうですね……!」
わたしは不注意なので、何も考えずに渡してしまうと思う。
「そうだな、あとで要注意の魔道具リストを作って渡す。特に危険な兵器に転用できるもののリストだ」
「それはありがたいのですが……」
わたしは過去にディオール様から教えてもらったいろいろを順番に思い出して、どれも難しかったことに憂鬱になった。
「わたしにも分かるように、なるべく簡単な感じでお願いします」
ディオール様はかなり長く渋面を見せたあと、ため息交じりに言った。
「努力しよう」
――そしてくれたのが、このリスト。
○危険度・最高 絶対に教えてはいけないものリスト
・【重量軽減】 大きな鉄球を飛ばすような兵器に転用される。
「そ、それは危ないやつだぁ……」
わたしは改めて、気をつけよう、と思った。
・【ガラス製の魔糸】 光らせる回数などで遠隔地との通信に利用できる。
「そ、そういうものなのかぁ……」
じゃあ、魔法蜘蛛の糸もたぶん、止めといた方がいいんだろうね。
・【魔法金属・魔獣素材の魔道具全般】 強力な武器防具になりうる。
これも分かる。
・【位置発信用のマーカー魔術式】 遠く離れた場所のスパイや、密入国、一斉射撃のポイント指定、遠隔地への追尾式魔法攻撃など、幅広く使える。
『ギネヴィアの櫛』で言われてたやつだ。
気をつけよう。
・【高性能の防毒・耐毒用品】 毒薬の運用に必須。
な、なるほど……使う人、研究する人が毒にかかってちゃどうしようもないもんね。完全な毒対策ができるなら、今度はその毒を武器に使えるようになるんだ。なるほどぉ……
・【不可視技術品が探知できる測定品】 不可視の罠の設置に必須。
これもそうだよねぇ。自分たちが引っかからないようにする技術があったら兵器として使える。技術がなくても、敵地に潜入して置いてくるだけならできる。
――わたしはリストを改めて眺めて、変な声が出た。
いろんなものが……いろんなものになるんだなぁ……?
一見、全然危険そうに見えないものでも、使いようによっては危なくなる。
もういっそ何も作らない方がいいのでは……?
困惑しながら何度もリストを眺めているうちに、ある法則に気がついた。
あ、これ、わたしがおばあさまから教わってない技術とか、あとはおばあさまが商売には使わなかった技術ばっかりだ。
てことは、旧リヴィエール商会で扱ってなかった商品は卸さなきゃ基本大丈夫ってことかぁ。
なーんだ、心配して損した。
わたしはまたあとでリストをよく見ておこうと思って、大切にしまい込んだ。