128 リゼ、オタクトークを展開する
「このお部屋は擬似的に王宮のお部屋を再現しているの。たわいないごっこ遊びだと思って、どうぞ気楽にご参加なさってね。お遊びでも、きっといつかここでの経験があなたのお役に立ちますわ」
わたしはガクガクと不自然な動きでうなずいて、その場をごまかした。
お茶を淹れてもらい、テーブルの子たちとあいさつしたり雑談したりした。ボタンは金だったり銀だったり貝だったり、華美だったり控えめだったり色々だ。
アニエスさんが「そうそうたるメンバーね」とつぶやいてたので、きっと皆さんすごい経歴の持ち主なんだと思う。
話題は先日のテストの結果が上位だったとか、素敵なドレスを着ていたとか、ディディエールさんのきれいな銀髪のこととか、あっちこっちに飛んでいた。
「本当にうらやましいくらい綺麗な御髪!」
「最近、特別なお手入れを受けられるようになりまして……」
「素敵ですわ、わたくしもぜひお手入れをお願いしとう存じます!」
「わたくしも! アゾット家の秘術、ぜひお目にかかりとうございます!」
「そんな……皆様の髪の毛も、何もしなくてもお美しゅうございますわぁ」
ディディエールさん、舌っ足らずな喋り方なのに、流暢にお嬢様言葉を操るなぁ。
わたしもがんばりたい。
がんばりたい気持ちだけはある。ついていけないだけで……
マルグリット様がディディエールさんに微笑みながら言う。
「わたくしもアゾット家の方にお手入れをお願いしたくなってまいりましたわ。気分転換に、色を変えるのも一興かもしれませんわね」
マルグリット様、ピンク色がトレードマークなの、実は嫌がってたもんなぁ。
見ているうちに、ふとみんな同じ髪型なのに気がついた。
髪の毛のトップをねじって後頭部でまとめたハーフアップだ。
そして、ほとんどの子がコーム型の髪飾りをつけている。
わたしはすうっと嫌な予感がした。
も、もしかして、今回、コームがドレスコードだったりする……?
それともこれが校則なの?
それとも宮廷の流行り?
流行りなら魔道具師として把握してないとまずいし、ドレスコードを知らなかったのもすごく問題。
わたしはおそるおそる聞いてみることにした。
「……あの、皆さん素敵な髪飾りをしてますけど、これって流行りなんですか?」
すると輪にいたマルグリット様がぱっと笑顔で答えてくれた。
「そのようですわ! 『ギネヴィアの櫛』と申しまして、思い人への贈り物にするのがモードなのでございます。素敵ですわよね!」
マルグリット様の丁寧すぎる言葉にちょっと面食らう。
ああ、そういえば宮廷仕様なんだっけ。
「ギネヴィア産の櫛なんですか?」
「いいえ、ランスロという騎士の物語ですわ。王妃のギネヴィアが誘拐されたときに、とっさの機転で、王妃自慢の美しい金の髪の毛が絡まった櫛を落として、道しるべになさったのでございます。離れ離れになってもきっとまた再会しようという願いがこめられているのですわよね?」
「へえ~……仲良し夫婦の櫛なんですね」
「いえ、王妃――いいえ、何でもありませんわ。とにかく、仲睦まじい男女であることに変わりはなくってよ」
「素敵ですねえ~~~」
贈り物にぴったりの逸話だなぁ。
「ほら、最近お兄様が王立の騎士団を設立なさったでしょう?」
隣にいるアルベルト王子に話を振る。
「うん。成績上位者はほとんど義勇軍として参加してもらったからね。魔獣狩りで命を落とすとも限らないってことで、恋が盛り上がっているみたいだよ」
「粋な趣向でございますわよねぇ!」
「あぁ~、戦場に行く恋人への贈り物って、いつの世も流行りますよねえ~」
例年なら指輪が売れるんだけど、今年は髪飾りなのかぁ。
うちにも注文来るかもしれないから、もうちょっと探りたい。
「離れ離れになっても見つけられる魔道具って便利そうですねぇ」
「魔道具……ではないよ。ただの櫛のはず」
「え? そうなんですか? てっきり人探し機能つきで、山で遭難しても大丈夫っていう品物なのかと……」
アルベルト王子は品のいい笑顔をわたしに向けた。
「へえ、面白いことを言うね。でも、髪飾りを贈られる方は山に入らないんじゃないかな? 女の子も、兜の邪魔だから敬遠する。――そうだろう、ドミニク嬢?」
真っ赤な髪のドミニクさんは、確かにコームをつけていなかった。
「はい。わたくしも、騎士団の末席を預かる名誉に浴しておりますが、頭を攻撃されたときに危険ですので」
「ドミニク嬢はすばらしい火炎魔術の使い手なんだ」
「へえええ、かっこいいですね!」
女騎士さんなんだなぁ。でも確かに、強い女の魔術師さんっている。
「そうすると、騎士団の人たちに渡す品物に人探し機能をつけないといけないんですね」
わたしはちょっと考えてみた。
ギネヴィアの櫛……えーと、王妃様の櫛? 髪の毛を残して、痕跡に……
「そうだ、髪の毛! 髪飾りをつける人が自分の髪の毛をひと房切って、マーカーを乗せておいたら、騎士団の人が行方不明になっても櫛で探知できるようになるのではないでしょうか?」
「……できるの?」
「――あら、王妃様が騎士様をお助け申し上げますのね!」
アルベルト王子の問いかけにわたしが答えるより早く、マルグリット様がかぶせ気味に割って入った。
わたしは戸惑いつつ、頷く。
「そりゃあ行きますよね? 山で遭難して、変な魔獣を食べてしのいでるかもしれないときは、助けにいくしかないじゃないですか。仲良しの子が行かなきゃ、他の誰も助けてくれませんよ、きっと」
「うふふ、リゼット様ったら情熱的!」
「勇敢な子も好きだけど、あまり無理をして危ない真似はしないでほしいかな」
アルベルト王子が周囲を見渡すようにして言うので、わたしもつられて周りの子を見たら、みんながあっけに取られていた。
……しまった、わたしの好きな魔道具の話ばっかりしてしまった。
「――皆さんの恋人ってどんな方々なんですか? きっと素敵な方ばかりなんですよね」
成績上位者ばっかりっていうくらいだし。
わたしの読みは外れてなかったみたいで、皆さんがそれぞれ思い思いに彼氏の自慢をしてくれて、話は和やかに流れていった。
「とっっっっても楽しゅうございましたわ!」
解散するときに、マルグリット様がわたしを引き留めて、ハグとキスをしてくれる。
「リゼット様はいつも飾らない視点で興味深いお話をお聞かせくださいますのね! またぜひいらしてくださいまし、わたくし一日千秋の思いでお待ち申し上げております!」
褒めちぎってくれるマルグリット様。
そ、そうかなぁ。
わたしはついデレデレしてしまった。
わたしは楽しかったけど――
同席してくれたドミニクさんたちがあまり楽しそうじゃなかったのは、心残りだった。
……いつでもどこでも魔道具の話ばっかりするのやめたい。