127 リゼ、サロンに討ち入りを果たす
「平気です! でも、どうしてこんなところに?」
校舎の裏はじめじめしていて足場も悪くて、王子が来るような場所じゃない。
「マルゴに頼まれてたんだ。今日は授業と授業の間が開いてしまうから、様子を見ていてほしいって。それより、こういうことはよくあるの? 君を嫌な目に遭わせた子はほかにもいるかな?」
「い、いえ、そんなことは……今日だけ、たまたまです」
「何かあったら無理せずに何でも相談してね」
そうは言っても王子様だよぉ……
たぶん、アルベルト王子が出てきた方が話こじれると思うなぁ。
「このあとの予定は?」
「えっと……次の次にあるマルグリット様のサロンに出る予定です。上級生の授業が終わるまで時間が開いてしまうので、それまで待とうと思ってて……」
「実は私もその予定なんだ。時間があるなら、私とカードゲームでもしようか」
「い、いえその、もうすぐアニエスさんが来てくれる予定で……っ!」
「じゃあその子も一緒に。三人なら問題ないね」
にこやかだけど有無を言わせぬアルベルト王子にエスコートされて、わたしはアニエスさんとの待ち合わせ場所に、並んで歩いていくことになった。
うわあ、周囲の目が痛い……
アニエスさんは到着するなり、全部を察したみたいだった。
何気なくあいさつをしながら、すばやくあたりを見回して、何か考えているようだった。
「ババ抜きは好き? ポーカーの方がいいかな」
「殿下のお相手をおつとめするなんて光栄でございますが、わたくしの浅ましいお願いをひとつお聞き届けくださいませんこと?」
アニエスさんはこちらを羨ましそうに見ている女子生徒のグループに顔を向けた。
ずんずん近寄っていって、その中のひとりの腕をつかむ。
アニエスさんは強引にその子を引っ張って、アルベルト王子の前に連れてきた。
「え!? え!? な、何ですか、あなた!?」
「わたくしのお友達にもご同席の栄誉を。構いませんこと?」
「もちろん、君の友達なら歓迎だよ」
「あなた、わたくしの親友よね?」
彼女はたっぷり三秒くらい考えてから、はっきりとうなずいた。
「はい。すごく仲のいい友達です……!」
すると、見ていた女子集団から派手な悲鳴が起きた。
「ちょっと、どういうこと!?」
「なんであの子だけ!?」
「ズルいわ!!」
談話室は一気にざわざわした。「なに?」「なんであの子だけ」「銀ボタンじゃないの」
う、うわああああ。
アルベルト王子と一緒なんて抜け駆けよ! って気持ちが、わたしじゃなくて、そっちの子に行っちゃったんだ……
この子、あとでイジメられたりしないといいけど。
アニエスさんをちらりと見たら、親友っていう女の子とひそひそとお話をしていた。
「……ありがとうこの恩は一生忘れないわ……!」
「いいのよ。ところであなたのお名前は?」
「カーラって呼んで!」
めちゃくちゃだなぁと思いながら、ともかくカードゲーム開始。
四人のカードゲームは見られている緊張とはよそに表面上は穏やかに進み、カーラさんはアルベルト王子の隣でカードを抜き取るだけで顔を真っ赤にしていた。
「もうこのカード持ち帰ってもよろしくて? 家宝にしたいわ!」
「トランプが揃わなくなるでしょうが」
「カーラ嬢は面白い子だね」
「きゃあああ! 殿下がわたくしを面白いって! やだあ何この幸せ空間!」
カーラさんは楽しそうでよかったけど、いいのかなぁ?
わたしは思わずチラリと後ろを確認してしまった。
すごく遠くに女子生徒の集団がいて、睨まれている。
わたしはアニエスさんがどうしてこんなことをしたのかずっと考えてたけど、やっと分かってきた。
よく知らないアニエスさんやわたしより、身近なクラスメイトが突然ひいきされたのがストレスなんだね。
あの子が選ばれて自分が選ばれなかったのはどうしてなのって思ってるのかも。
でも、そっか。
わたしだけひいきされて目立ちそうになったら、他の人も巻き込んじゃえばいいんだね。
アニエスさんはすごいなぁ……
わたしも覚えておこうっと。
考えごとをしていたら、ババが来て、負けてしまった。
「リゼルイーズ嬢は全部顔に出すぎだね」
「素直なのですわ。カーラもたいがいだったけれど」
「こんなのポーカーフェイスでやれったって無理ですよ……殿下、握手してもらってもいいですか?」
カーラさんと握手する王子の絵図に、談話室はその日で一番盛り上がった。「調子に乗りすぎ!」「締めてやりたいわ」
おあー……殺気立ってるぅ。
カーラさんはそんなことお構いなしで、うっとりしていた。
「はぁん……幸せ……」
そしてこの件では、男子生徒もざわざわしていた。
「アルベルト殿下は女性を見る目がないみたいだな」
「この分だとまた庶民と婚約したいと騒ぎだすんじゃないか?」
「一度目はうやむやになったけれど、二度目は問題になるかもしれないね」
物騒な会話も聞こえてきた。
わたしはへとへとになりながら時間を潰して、授業が終わったディディエールさんとも合流した。
「マルグリット様のサロン……緊張しますわぁ……」
「わたしもぉ……」
「私もちょっと緊張するわ」
アルベルト王子がそれを聞いて苦笑した。
「そんなに気負うことはないよ。何かあっても、ちゃんとフォローするから」
「頼りにしてますぅぅぅ……」
がんばろうね、と言い合って、いざゆかん、サロンへ。
サロンで出迎えてくれた上級生はものすごく歓迎してくれた。
「殿下、ごきげんうるわしゅう! 皆様初めまして、わたくしは六年生のドミニク・プレフォンティーヌ――」
燃えるような赤毛をなびかせて、流れるようなお辞儀をしてくれる。
演劇みたいに張りのある声、明るく眩しい笑顔。
きらきらの星が飛んできて、わたしに当たったような錯覚が起きた。
「皆様こちらは初めて?」
明るく言われて、ようやく我に返る。
「え、えっとえっと、マルグリット様にお呼ばれされまして!」
「まあ、ではあなたがディディエール様?」
「い、いえ、わたしはメイドです!」
こっちよ、と案内された先は、豪華なベルベット張りで猫足の家具がずらっと並ぶお部屋。
マルグリット様が豪華な椅子に座っていた。
ほあー、王女様っぽい。
「入室するときに一礼して、殿下の御前でももう一度一礼するのが決まりですのよ」
「わ、分かりました!」
「お辞儀は軽くで結構ですわ、皆様のお話を妨げないようにね」
覚えることが多すぎるとわたしには辛い。
わたしはさーっと下がって、一番後ろについた。
お手本を見て、その通りにする作戦!
アニエスさんはわたしの魂胆が分かったのか、苦笑しながら先導してくれた。
アルベルト王子が部屋の入口に現れたことで、全員が起立、礼をした。
お部屋いっぱいの女の子たちが一斉に動くさまは壮観のひと言。
わたしもまごまごしながら、アニエスさんの見よう見まねで一礼。
「王女殿下、本日は拝謁の誉れを賜りましてありがとうございます」
「わたくしの敬愛の念をお受け取りくださいませ、マルグリット殿下」
さすがに貴族のアニエスさんとディディエールさんは飲み込みが早かった。
マルグリット様にハグにキスまでもらって堂々としている。
わたしは二人があんまり立派すぎて、逆に参考にならなかった。
「殿下、ごごごきげんよう……っ!」
拙すぎるわたしのあいさつにも、マルグリット様は動じなかった。
「まぁ、初めてで緊張なさっているのね? 初々しいこと!」
ちっちゃい子みたいによしよししてくれて、なんとなく許される流れになった。