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125 リゼ、礼法の特訓を受ける


「いじめられただろう?」


 断定されて、わたしはちょっとばつが悪かった。


 みっともないところを見せてしまった。


 ディディエールさんをフォローしてあげるのはわたしの役目だったはずなのになぁ。全然できなかった。


「私のときもそうだったが、魔法学園は上から下まですべての身分の人がいて、しかも、学業ができるかどうかであいつはすごいと言われたり、逆に、劣った人間だと笑われたりする。あまり成績が上がらない高位貴族は、庶民の成績優秀者と比べられて、辛く苦しい学園生活を送ることになるんだ」


 と、ディオール様が遠い目で語る。


「だから、ちょっとでも身分を弁えない人がいると、敏感に反応するわけだな。『できそこない』と陰で馬鹿にされているような気分になって、怒りっぽくなる」


 うんまあ、姉は実際に落ちこぼれの貴族を笑い飛ばしてたけど……


 あとアニエスさんも身分が上の人でも恐れずに突っかかっていくけど……


「優秀で負けん気の強い下位身分が、さりげなく身分を無視して悪意をほのめかしたり、または表立ってやり込めたりするようなことがたびたび起きるから、庶民が目立ったりすると、先制攻撃的に激しくいじめておこうとするやつが絶対に現れるんだ。すぐに標的にされるだろうとは思っていた」

「そ……そこまで分かっているなら、わたしが通う必要ないのでは……?」

「王命だぞ」


 ディオール様はやるせなさそうに言って、窓の外を眺めている。


「しかも私は王から正式に婚約者と仲を深めてこいと言われている。少しはそのそぶりでも見せておかないといけないわけだが……」

「今のわたしはディディエール様のメイドさんなので!」

「そうか……」


 とつぶやくディオール様は、ちょっとだけ寂しそうだった。


「あの……メイドさんと仲良くしてても、問題ないと思うのです……」


 ディディエールさんがおずおずと言った。かわいいディディエールさんに、ディオール様の目じりも下がる。


「ああ。なんとかうまくやってみるさ」


 ――こうして、魔法学園の初日が終了した。


***


 次の日から、わたしは地獄のトレーニングが始まった。


 礼儀作法の授業、その初回。


 担当はヌーヴィル先生だった。


 まずは軽く……ということで、礼儀作法の身につき具合をチェックするため、テストを受けることに。


 わたしは頭の上に本を乗せて、ぷるぷるしながら立っていた。


 ディディエールさんはとっくに合格して、脇で座って眺めている。


「あなたのような劣等生は初めてですよ! リゼットさん!」


 先生の厳しい叱責が飛ぶ。


「リゼットさん、なんですかそのお辞儀は! 宮廷ではそんな不格好なお辞儀をする人なんて誰もおりませんよ!」


 う、ううっ……


「もっとダンスのように滑らかに! まるで宙に浮いているかのように! 猫ちゃんのように!」


 わたしはつい宙に浮いている猫ちゃんを思い浮かべてしまい、うふふと笑った。


「まるでダメですわね」

「まるでダメかぁ……」

「語尾を伸ばさない! 『まるでダメでございますか』、ですよ!」


 先生厳しい。泣いちゃう。


「本当にダメ! 何もかもダメ!」

「ご、ごごごめんなさい……!」

「『申し訳ありません』でしょう!」

「も、もうしわけありませぇんっ!」


 半泣きのわたしに、先生が怒鳴り散らす。


「だいたいなんですか、この髪は!」

「えっ……?」

「髪は一つにまとめるのが校則です!」


 そ、そうだったんだ!?


 マルグリット様もアニエスさんもくくってないから、知らなかった。


 ていうか、クラスの誰も結んでないと思う。


「服装の乱れは心の乱れ! あなたのように何もかもダメな人間は人一倍服装に気をお使いなさい! いいこと!?!」

「は、ははははいいぃっ……!」


 先生に怒られっぱなしで最初の授業が終わった。


 ふへぇ……つかれたなぁ。


 なんだか人間の群れに紛れ込んだシカの気分だよね……


 れーぎさほーがなってないって言うけど、シカに二足歩行しろったって無理じゃん……


 野山に帰りたいなぁ……


 生まれも育ちも王都だけど……


 わたしはディディエールさんの同情的な視線もちょっと辛くて、お昼も外で食べると言い残して、教室を出た。


 珍獣らしく、学園の植林地帯の隅っこに座って緑を浴びることで傷ついた心を癒していたら、誰かがやってきた。


「マエストロ! 探しましてよ!」


 がさっとしげみをかきわけてきたのは、マルグリット様だった。


「先ほどはわたくしの侍女がごめんあそばせ。あの礼法の先生、わたくしの侍女でもあるの。とてもまじめで仕事熱心な方なのですけれど、少しきついところがあって……」


 そうなんですかぁ、と、慰めてくれるマルグリット様に、うつろな返事をするわたし。


「どうかお気を落とさないで。わたくしも小さなころはこってり絞られたのよ」

「マルグリット様も……?」


 どう見ても完璧な王女様のマルグリット様が?


「わたくしはね、小さなころは落ち着きのない子だったの。侍女の皆様方が厳しく指導してくださらなかったら、わたくしは今も落ち着きのない子だったわ」


 マルグリット様のお話は、なかなか信じられない。


 だって、生まれつき上品な人にしか見えないんだもん。


「さしあげるわ。また笑顔を見せてちょうだいね」


 と、マルグリット様は、わたしに包みをくれて、去っていった。


 中身はクッキーで、わたしはうるりとしてしまった。


 が、がんばろう……


 わたしは気力を回復して、それから数日間、礼法の授業をがんばって受け続けた。


「山猿の方が礼儀正しいんじゃなくって?」

「うぅ……もっとがんばりますぅぅ……」

「語尾を伸ばさない!」

「はいぃ!」


 一事が万事この調子で、さっぱり成果は上がらなかった。


 しまいに、ディディエールさんまでわたしを気遣って、おいしいサンドイッチとかを一生懸命食べさせてくれようとする。


「おねーさま、あーんですわ」


 メイドが主人に食べさせてもらうなんて前代未聞だったので、クラスはざわざわしたけれど、ディオール様効果なのか、誰もからかってはこなかった。


 ある日のこと、ディディエールさんはもじもじしながら、何かを手渡してくれた。


「あ、あのね……おねーさまにもあげる!」


 銀のお守りだった。


 ディオール様にあげたやつと似てるけど、ついてるチャームがちょっと違う。


「『学業成就』のお守りですわぁ!」

「それは今一番わたしに必要なやつですね……」


 そうするとこの可愛い生き物はフクロウかな?


 とっても可愛い!


 なくさないように、どっかつけておこう。


「だから、元気出してね……」


 ディディエールさんにまで言われてしまった。


 うぅ、わたしがアホなばっかりにごめんねぇ……


 こんなちっちゃい子にまで気を使わせて、本当に情けない。


 もっとがんばらなきゃなぁ。


 午前だけの学校が終わったあと、お店でまっすぐ歩く練習をしていたら、アニエスさんが来て、目を丸くした。


「がんばっているのね」

「そのつもりなんですけどねぇぇぇ……」


 また語尾を伸ばして喋ってしまった。


 慌てて口を押さえて、「なんですが」と言い直す。


 アニエスさんはちょっと首を傾げた。


「私はリゼの喋り方もそこまで無礼だとは思わないけれど……」


 うぅ、アニエスさんのやさしさもしみる。


 みんなでわたしを甘やかしてくれるの、ほんとありがたいけど、情けないなぁ……


「でもやっぱり、お嬢様の使う言葉と、わたしの言葉は、違うと思うんです」

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