122 リゼ、学園の制服を作る
「つまりリゼ様はわたくしがいとこのお義兄さまの避暑地で過ごしていたときにお世話をしてくださった土地管理人のお嬢様ということなの。幼馴染で、お兄様とも交流があってもおかしくはないわ」
「……? ……???」
おにいさま、が二回出てきた。アルベルト王子がいとこってどういうこと?
「もう一回言うわね。リゼット嬢は――」
何回説明してもらっても覚えられなかった。
「もうマルグリット様の侍女とかではいけないのでしょうか……」
「それは無理よ。リゼ様のように目立つ方なら正体がすぐにバレてしまうわ」
確かに、わたしのような礼儀作法のなっていない人間がマルグリット様の侍女に簡単に就けたら問題だよねぇ。
「ですからなるべく遠縁で、すぐには照会できないおうちのお嬢様ということにするのが一番なのですけれど……そうすると、どうしても複雑な間柄になってしまうわ」
「つまりこういうことよ、リゼ」
アニエスさんが紙に書いてくれる。
リゼット……リゼの仮の名前
カニーヌ伯爵……王弟ナベル様
エヴィエット子爵……リゼットの父。カニーヌ伯爵領の管理人
エヴィエット子爵夫人……リゼットの母。マルグリット様の侍女の侍女
マヨルド公爵夫人……マルグリット様付きの侍女
わたしは思わず登場人物の数を数えてしまった。
「む、無理ですぅぅぅ……この表九人もいるので、わたしには覚えられないです……」
「六人よ、リゼ。六人しかいないわ、落ち着いてよく数えて。そのうち一人はマルグリット様で、二人は夫婦で同じ名前よ。実質四人だから」
「ふ、二人くらいになりませんか……?」
しまいにマルグリット様も困ってしまって、
「分かったわ。違う身分を考えてみる」
って言ってくれた。
「あ、あの……」
それまで黙って聞いていたディディエールさんが、わたしの裾をくいくい引っ張る。
「わたくしの侍女ということにすればいいと思いますの……」
マルグリット様はがたっと立ち上がった。
「そ、それよ! 氷の公爵さまとはご縁があったということにすればよろしいわ。どうして思いつかなかったのかしら」
「覚えやすいです!」
そしてわたしはディディエールさんづきの侍女リゼットになることにした。
細かな点を詰めてから、ふとアニエスさんが言った。
「そういえば、制服はもうできているの?」
「まだです。忘れてました」
「学園の制服は型紙こそ共通だけれど、使用していい素材は身分によって暗黙の了解で決められているわ」
「みたいですね。姉に作らされたときにみっちり言われました……」
シャツにシルク、ボタンにダイヤを使っていいのはマルグリット様みたいな王族だけ。
ディディエール様のアゾット家は由緒ある錬金術師の家柄なので、宝石と金の使用が許される。
アニエスさんのような新興で格式が高くない貴族は半貴石と銀。
そして庶民のわたしはウールと真珠母貝と卑金属。
服の素材も、庶民ほど袖飾りなどは控えめに。
――姉が『おおいやだ、なんて安っぽい発色なの! メッキの色をもっと金に近づけなさい』とか、『ウールでももっと細い原毛を使えば絹みたいな光沢は出るでしょう、やり直しよ』と無茶を言うので、泣きながら作った覚えがある。
……わたしはしょっぱい気持ちで倉庫から魔法学園の制服用のウール糸と靴用の牛皮を持ってきた。競売にかけられたときに根こそぎ売られたのかと思いきや、素材は重くてかさばるからか、ほとんど手つかずで残っていた。
ウールの配合多めで作る場合、魔力が通りにくいので、織物は少し時間がかかる。
【祝福】をフルで回しつつ、手持無沙汰のわたしはずっと気になっていたことを質問してみることにした。
「あの……ディディエールさん、ひとつだけいいですか?」
ディディエールさんがはにかみながらわたしの方を振り返る。アニエスさんたちと打ち解けてきて、少しずつ笑顔が出るようになってきた。
「アゾット家はわたしのようなれーぎさほーの怪しい者をメイドとして使うのでしょうか?」
ディディエールさんは少し考えたあと、
「……いざとなったら、わたくしが、『お前はお黙り!』と申し上げて、扇子ではたきますわぁ」
と、あまり大丈夫そうじゃないことを言った。
「た、叩くのはやめてぇぇぇ……」
トラウマが蘇り、頭をおさえてふるふるしていたら、アニエスさんが後ろから背中に手を置いた。
「特訓しましょう。軽い挨拶ぐらいならすぐよ」
「甘いですねぇ! すぐにできるくらいならもうとっくにできるようになってるんですよぉ……!」
「そんなに難しいかしら……?」
姉はわたしに魔道具づくりを押しつけて、ヒィハァ言ってるわたしを尻目に、おばあさまから宮廷ことばを習ってあっという間にマスターし、魔法学園に入学を決めた。
あんなに口の悪かった姉が日に日にお上品になったのもびっくりだったけど、汚い言葉は使わない代わりに、今度は丁寧な言葉を組み合わせて辛辣な罵倒をしてくるようになったので、口の悪さは変わらないんだなぁと思ったのを覚えている。
――高温炉と握手したいのかしら? さっさとなさい!
――今度ふざけたものを作ったら王水でお前の顔を金メッキしてやろうかしらね!
――馬だって鞭をくれたら言う通りにするのにお前ときたら! 養豚場、いえ養鶏場の鶏以下ね!
――水銀を飲ませると死体がいつまでも綺麗なのですって、試してみたい?
「……姉は……なんというか、本もたくさん読んでて、ごいがゆたか? だったんですよねぇ……わたしの悪口をいうときも、すごい色んな言葉で工夫をこらして責めてくるというか……でも、わたしは読み書きって苦手でぇ……」
「アルテミシアさんの口達者も天性の才能だったわよねぇ」
マルグリット様が明るく励ますように、わたしの手を握ってくれる。
「わたくしも実は宮廷ことばって苦手だったの。だって、思っていることを素直にお話しできない感じがするじゃない?」
「ああー……そうなんです。言う前に、一回考えないといけないところが……なんか苦手で。考えてるうちに喋れなくなっちゃうんですよねぇ」
「そうなの! わたくしもそうだったのよ。マエストロの飾らないお話の仕方はとても魅力的でいらっしゃるのに、矯正しないといけないなんて、わたくしも心苦しいわ」
マルグリット様は優しくわたしを労わってくれる。
「少しずつ慣れていけばきっと大丈夫よ」
「はい……」
マルグリット様があんまりお優しいので、わたしはきゅんとしてしまった。
せっかく励ましてもらったことだし、がんばりたいところ。
布が仕上がって、裁断の段になる。
「……ちょっとくらい背が伸びてないですかね?」
そうだったらいいのになぁと思いながら頭に手をかざすと、「はかってみる?」とアニエスさんが持ちかけてくれた。
背丈って自分ひとりだと測りにくいからねえ。
柱に背をつけて立って、まっすぐ姿勢をただす。
めいっぱい伸ばしたのに……背は伸びていなかった。
かなしい。
しょぼくれながら服を仕上げ、完成品を着て披露することに。
「どうでしょうか。目立ちすぎてないですか?」
「素敵よ、リゼ。素敵だけど……」
アニエスさんとマルグリット様はそろって顔をくもらせた。
「布地が上等すぎるわ」
「さすがはマエストロ。職人芸ですことね……」