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118 リゼ、同じ釜の飯を食う


 次の手を考えていたら、クルミさんがそっとお話に割り込んできた。


「おふたりとも、お食事になさいませんか? ご主人様がお戻りになるのはおそらく深夜でしょうから、ディディエール様にはお泊まりいただいて、お戻りになり次第お起こしするということで」

「そうですね!」


 おいしいごはんを食べたらまたちょっと気分がよくなるかもしれないもんね。


 食堂に移動すると、煮込み料理のいい匂いがした。


「本日は牛スネ肉とタマネギのシチューだそうでございます」


 クルミさんが教えてくれる。


 真っ赤なビーフシチューに、小さな玉のパスタがついていた。


「辛いやつですか?」


 腰が引けているわたしに、隣のディディエールさんが小さく答えてくれる。


「この赤はパプリカ……だと思います」

「へえ~~~……」


 どんな味なんだろ? と思って食べたら、全然辛くなかった。


 むしろほんのり甘い……?


 スネ肉がすごく煮込んであってほろほろしてる!


 タマネギとパプリカの甘味にほんのり後を引く辛味……!


 甘さと辛さが絶妙!


「んおっ! おいしいですねぇ!」


 がっつくわたしに、ディディエールさんもほんの少しはにかんでくれた。


 口数の少ない子なのか、あまり会話はしなかったけれど、敵意みたいなのは出会いがしらよりずいぶん薄くなった。


 ディナーが終わってもディオール様は戻ってこず、わたしは寝る支度をして、自分の部屋に帰った。


***


 クルミさんがディディエールさんのお部屋を手配して帰ってきたのは、わたしがそろそろ仕事を切り上げて寝ようかなと思っていたころだった。


「ディディエールさん、どうでした?」

「お休みになりました。お疲れだったのか、ぐっすりと」

「ちゃんと寝られてよかったですねぇ」


 枕が変わっちゃうと寝られない子もいるもんねぇ。


 クルミさんはぺこりとした。


「本日はディディエール様の暴走を止められず、申し訳ございませんでした」

「全然暴走じゃなかったですから、大丈夫ですよ!」


 体質なんだったらしょうがない。


「少しディディエール様のお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい」


 すごく訳ありみたいだけど、わたしから聞いてもいいことなのか分からないから、教えてもらえるなら助かる。


 クルミさんは恐縮しながら、ディディエールさんの生い立ちを語った。


「ディディエール様の御髪はアゾット家でも大変稀少なものでございまして……過去に数例しか存在しない幻の体質なのでございます」


 錬金術師って職業柄いろんなことを研究しているはずなんだけど、それでも珍しいものなんだね。


「なんでも御髪にかかっている魔術は非常に強力なものらしく、ご当主様と夫人が日夜研究に明け暮れていても、なかなか解除しきれないものだということでございました」

「なるほどぉ……」


 一流の錬金術師たちにも無理だというのなら、相当だ。


「お嬢様は十三歳……本来であれば、類まれな才能を活かすために、魔法学園へお入りになっているころだったのですが……」


 ああ、確かにそのくらいだったかも。


「自身の御髪を気にして、修道院に入るとおっしゃって、一度もお通いになっていないのでございます」


 わたしはディディエールさんの気持ちが分かるだけに、胸が痛くなってきた。


 ひとりだけ異質な自分が集団に入っていくの、本当に辛いよねえ。わたしも珍獣枠だから分かる。


「ご両親はお気持ちがお変わりになるのをゆっくりお待ちになるとおっしゃっていて……」

「いやぁそれは……変わらないんじゃないでしょうか?」


 と、わたしは思わず言ってしまった。


「わたしも学園、すーっごく行きたくないですもん」


 クルミさんは困ったように頬に手を当てた。


「なぜそう毛嫌いなさるのでしょうか?」

「学園は怖いところなんですよ。隙を見せたら殴られるんです」

「殴られませんよ?」

「いいえ。わたしは詳しいんです。怖いお姉様に目をつけられたら、『お前ごときが人間の食事を取るなんて生意気よ』って言われて没収されるんです」

「……リゼ様はどこでそのような情報を?」

「実姉です」


 クルミさんは不思議なものを見る目でわたしを見ていた。


「お姉様のおっしゃることが正しいとは、わたくしには思えません。……わたくしは、リゼ様にも、ディディエール様にも、ぜひとも学園へ通っていただきとう存じます。友人と一緒に通う学園はとても楽しいもの……といくら申し上げても、今はなかなか難しいのでしょうが……」

「……」


 わたしも本当は、頭では分かってる。


 だって、姉が魔法学園に行くようになって、わたしだけひとりで日曜学校に行くようになったら、天国かと思うぐらい楽しかった。


 もしかしたら、学園も楽しいところなのかもしれない。


 でも、これは、理屈じゃなくて、長い間に刷り込まれた恐怖心のなせるわざなんだよね。


 姉はもういないのに、わたしはいつまでも姉の影に怯えてる。


「……わたしはともかく、ディディエールさんは、髪の毛さえなんとかなったら、学園に行けそうではありますね」

「そうですね。何かよい方法が見つかればいいのですが……」


 クルミさんも心配しているみたいだし、わたしもちょっと興味がわいた。


 髪の毛かぁ。


 皮膚は作ったことあるけど、髪の毛はどうだろう?


 生き物素材は【物質化】で作り上げるのが難しいから、あるものの加工をするとして――


 絹糸などとは違い、髪の毛には魔術が乗る。


 だから、加工も比較的簡単にできるはずなんだけどな。


「ちなみに、ディディエールさんの髪の毛って少しわけてもらえないでしょうか?」

「それはディディエール様にお尋ねしてみないと……でも、なにゆえでございますか?」

「髪の毛も一応魔道具の素材にはなるので、もしかしたら解決策があるかもしれません」

「そうですね。リゼ様ならあるいは――」


 現物を見てみないと分からないけど、おばあさまも髪の毛については書き残していたはずだから、あわせて確認したい。


***


 次の日、わたしは自分のお店で、ディディエールさんに思いを馳せていた。


 ディディエールさん、ちゃんとディオール様に会えたかな?


 わたしはどちらとも会わずに、朝早くからお店に来た。


 確認したいことがあったのだ。


 わたしはおばあさまの遺した研究ノートを取ってきた。


 シルキーの皮膚。

 オーディンの目。

 エコーの声。

 ヘカトンケイルの腕。


 神話の名前を取った、空想の魔道具図鑑。


 人間にはできそうにもない技術や、手に入りそうにもない素材ばかりで作られたこれらの魔道具が、実は作成可能なものだと気が付いたのは、つい最近の話だ。


 あったあった。


【ベレニケの髪】


 本来は美しいカツラの作り方のようだ。


 人工毛の作り方として、人毛に似せた物質の作り方が載っていた。

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