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117 リゼ、複雑な生い立ちの子に複雑なんだなぁと思う


 ガンガンに暖炉が燃える大広間で、わたしとハーヴェイさんは安楽椅子で毛布をひっかぶって震えていた。


 さ、寒ぅい……


「ご、ごめんなさい、わ、わたくしのせいで、ごめんなさい……」


 ディディエールさんが今にも泣きそうな顔をしているので、わたしは笑顔で元気をアピールした。


「全然大丈夫ですよぉ! ね! ハーヴェイさん!」

「はい。お嬢様方がご無事で何よりです」

「おふたりとも、ほんとうにごめんなさい……」


 ディディエールさんも濡れたはずなのに、彼女だけは毛布も羽織らずにピンピンしてる。


 ディディエールさんは遠慮がちにわたしを見上げる。


「あの……ところで、初めてお見かけするお顔ですけど、あなたたちは……?」

「わたしはリゼ! 魔道具師のリゼです!」


 ディディエール様は小さく、びっくりしたときの猫みたいな声を出した。


「あなたが、お兄様のお気に入りの……」

「珍獣枠ですが」

「い、妹枠よりマシですわ……! だ、だって、結婚できるではありませんの……!」

「珍獣と結婚してうれしいでしょうか……?」

「……」


 ディディエールさんは別に嬉しくないと思ったのか、言葉に詰まった。


 シンキングタイムを挟んでから、涙でいっぱいの目を怒らせて、わたしを再度見つめる。


「と、とにかく、お兄様が構ってくださらなくなったのは、あなたのせいですわ……!」


 ぷるぷる震えているディディエールさんは、おめめぱっちりでまつげが長くてほっぺもすべすべで、小動物のようだった。


 か、かわいい……って言ったら失礼かなぁ?


 このくらいの女の子だと、子ども扱いされるのものすごく嫌だったりするよね。わたしも、背が低いせいでずっと子ども扱いされてたから分かる。


 わたしは悪気がなければ大丈夫だけど、怒ってるときに茶化されるのは嫌かも?


 とはいえ、ひとまずわたしのせいというのは否定しておこうと思った。


「今は忙しいだけだと思いますよ。わたしもここ最近食事も別で、会話してませんし」

「嘘よ! そんなの口実よ! わたくしのことがお嫌いになったのですわ、きっとそうですわぁ……!」


 うるりとするディディエールさん。


 しくしく泣きだしたとたん、クルミさんが慌てて近寄った。


「お気を確かに……!」

「ぐす、で、でも……」

「このお屋敷はアゾット家と違い、古い貴族の家を買いつけたものですから、魔術阻害の施工をしておりません! 大変なことになってしまいますよ……!」

「うううっ、で、でもぉ……!」


 肩をなでさするクルミさん、一生懸命涙をひっこめようとしているディディエールさん。でも止まる気配はない。


 雨は、降ってこなかった。


 魔術阻害の布がちゃんと効いているようで、あたりの湿度はちょっと上がったけど、それだけで済んだ。


「ディオール様はいつもディディエールさんのことを気にかけてますよ? ほら、プレゼントだって」


 わたしが両手を広げてショールを指し示すと、ディディエールさんはすんっと泣きやんだ。


「この布、本当に高性能ですのね……今までどんなものを試してもダメだったのに」

「まあ……従来品より何段階か強力になってますね」


 と、先ほどの異変を思い出してわたしは言った。


 あれって何だったんだろう? 急に【重ね文字】の【積層レイヤー】が何層か増えてしまった。


 考え事をしそうになったわたしを現実に引き戻したのは、ディディエールさんだった。


「お兄様、わたくしのこと好きかしら?」

「もちろんですよぉ! いっぱいプレゼントだってくれるんですよね?」

「そ、そうなのですわ……お兄様はいつも珍しい魔道具をくださるんですの」


 ディディエール様は照れ照れしはじめた。


「わたしのこと家に住まわせてるのも、魔道具師が珍しいからだったりしますからね! きっとディディエールさんの体質に合わせたものを作らせたかったんじゃないでしょうか?」

「そ、そうなの……? わたくしのためだったの……?」


 ご機嫌がよくなってきた。


「それに家に住まわせてるのはわたしだけじゃないですよ? ハーヴェイさんも最近来た人です!」


 ずっと近くにいたハーヴェイさんに話を振ると、彼はぺこりとした。


「自分はリゼさんの護衛のハーヴェイと申します」

「……お兄様が御懇意にしている魔道具師さんと、その護衛さんということですの……?」

「そでっす!」


 ディディエールさんははにかんだように微笑んだ。


「お兄様、魔道具がお好きですものね」

「そうみたいですね!」

「アゾット家にもたくさんコレクションをお持ちなんですの。がらくたばっかりなんてお母様たちはおっしゃいますが、わたくしも大好きなのですわぁ。それでお兄様と――お兄様が――」


 とめどなく続くお兄様トーク。


 あいづちを打ちながら聞いているうちに、わたしもつられてにこにこしてしまった。


 ディディエールさん、本当にディオール様が好きなんだなぁ。


「それでね、わたくしも新しく魔道具を作りましたので、お兄様に見ていただきたくてお呼びしたんですの。でも、最近ちっともお見えにならないのですわぁ……」


 うるりとした瞳から大粒の涙がまたこぼれる。


 ところでディディエールさん、かぶってるヴェール取らないのかなぁ?


 びしょ濡れなんだけど。


 あのままだったら風邪ひいちゃうよ。


「ところで、ディディエールさんは髪の毛乾かさなくて大丈夫ですか?」


 話題転換がてらそう聞くと、クルミさんがハッとした顔でわたしを見た。


 ……なんだろ?


「そのままだと風邪ひいちゃいますよ。ぱぱっと乾かしちゃいましょうよ」

「リゼ様、ディディエール様は……」


 何か言いたそうなクルミさんを制して、ディディエールさんが手を横に挙げた。


 重大な秘密を打ち明けるように、両手をぎゅっと膝の上で組み合わせる。


「わたくしの髪は、乾くことがないのですわ」

「……? どういう……」

「生まれつき、水の魔力が引き寄せられてぐっしょり濡れる、特異体質らしいのですわぁ……」


 わたしはちょっとなんて言ったらいいのか分からなかった。


 髪の毛は魔力を帯びやすい。強い魔術師の髪に色がつくのもそれだったりする。


 でも、周囲の魔力を引き寄せて【物質化マテリアライズ】が勝手に起こるほどの強力な魔術師というのはまだ見たことがなかった。


「だから、ヴェールが外せなくて……」


 ディディエールさんは喋りながらまた涙腺がゆるんできたみたいだった。


「ひ、人に、注目されるから、お外、歩けなくて……」


 あー……


 それは辛かっただろうなぁ。


「だ、だから、お茶会も、苦手で……誰とも遊べなくて……」


 いきなり室内に雨を降らせる特異体質の子は、自分ちに呼べない。わたしも、お店が濡れたらすごく困る。


「で、でも、大丈夫なのですわ。わたくし、誰にも迷惑かけないように、将来はシスターになろうと思ってて……シスターなら、ヴェールをかぶってれば、目立たないから……」


 彼女はほろほろと泣きだした。


 本当はシスターになりたいなんて思ってないんだろうなっていうのが、辛そうな様子から伝わってきた。


「ヴェール取ろう、なんて言ってごめんなさい。ディディエールさんが嫌なら取らなくても大丈夫ですよ! でも、せめてヴェールだけでも乾燥させましょう。お手伝いしますよぉ!」


 生活魔法はわたしの特技。


 ほどよい温風で髪の毛を乾かす生活魔法をヴェールの上からかけてあげ、ほこほこの布が完成した。


「ありがとうございます……」


 身体が温まった効果なのか、ディディエールさんは気持ちも落ち着いたみたいだった。


「……どうせすぐびしょびしょになってしまうのですけれど……」


 そうでもなかったか。


 なんとか元気づけてあげたいけど、どうしよう?

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