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116 リゼ、小さいシスターさんと出会う


 ディオールは深く追求しなかった。


 大魔術を魔道具化し、量産可能にする魔道具師が捨て置かれるはずもない。


 彼女はすでに王国内のどの魔術師よりも優先度の高い存在だ。


 多少は諦めるしかないのだろう。


 ディオールはアルベルトと別れたあと、馬車で思考を巡らせる。


 これでテウメッサの狐の件はあらかた片付いた。


 次の仕事は、と考えて、ディオールの疲労は増した。


 ――学園で講師をしろと言われていたのだったか。


 大魔術を教えろと言われても難しい。


 その域まで到達する見込みのある学生がいるのかどうかも分からないのに、何を教えろと言うのか。


 そもそもディオールが卒業したのはキャメリアの魔法学園ではないので、どんな授業をしているのかすら知らないのだ。


 シラバスを確認し、生徒の成績状況を確認し、魔法学園にどの教室で何時間教えればいいのか確認し、国王が満足するような成果を目標にカリキュラムを考えて――


 やることが多すぎるのだ。


 のらりくらりと準備を伸ばしても問題はないだろうが、その場合はリゼが心配だ。


 あれほど魔法学園を嫌がっていた彼女を、ひとりで放り込むわけにもいかないだろう。


 近日中に講義を開催できるようにしなければならない。


 ディオールはいつになったらまともに寝られるだろうかと思わずにはいられなかった。


***


 夜になり、店じまいの時間になって、わたしはハーヴェイさんと一緒にお屋敷へ帰ることにした。


 魔道具の脚力増強込みとはいえ、徒歩十分の距離なのはいいよねぇ。


 わたしがギイギイ鳴る鉄の門をくぐって正面玄関に来ると、お屋敷から、見知らぬ女の子が飛び出してきた。


「お帰りなさいませ!」


 喜色満面のかわいい女の子は、なぜか女性聖職者の服を着ていた。


 し、シスターさん?


 面食らっているわたしに気づくと、小さなシスターさんは、みるみるうちに怯えた表情に。


「ど……どなた……!?」


 それはわたしのセリフぅ……


 今にも泣きそうな女の子に既視感。


 あれ、この子、どこかで見た覚えがある。


 思い出そうとするわたしに、シスターさんは大きなおめめからはらはらと涙をこぼし始めた。


「そう、そうなのね……新しい女の子と暮らしていたから、わたくしのことはもう用済みだったと……! ひどいわ……! お兄様がそんな方だったなんて……!」


 え、お兄様?


 わたしは改めてシスターさんの泣き顔を見ていて、納得した。


 そういえばこの子、ディオール様に似てる。


 それに、アゾット家には小さな妹さんがいると、聞いたことがあった。


「ひどいわ、ひどいわ……! わたくしなんて、どうせ誰にも愛されないのだわ……!」


 うわあああん、と子どものように声を張り上げて泣くシスターさん。


 そのとき、急にあたりが湿っぽくなった。


 シスターさんの周囲に淡い青のオーラがあふれ出し、雨雲が雨を呼ぶように、さーっと水が降ってくる。


 なるほど、とわたしはずぶ濡れになりながら思う。


 この子、特異体質なんだなぁ。


 すごい魔術師の中には、シスターさんのように、自分の魔力をコントロールできず、勝手に魔術が発散されてしまう体質の人がたまにいる。


「ディディエール様、こちらにいらしたんですか!?」


 バタバタと玄関先に出てきたのはクルミさん。


「もうまもなくディオール様もお戻りになりますから! 近頃のご主人様は非常にお忙しく、眠る間もなかっただけで、決してディディエール様をお忘れになったわけではございませんので!」

「うそよ……きっとわたくしのことがお嫌いになったのだわ……わ、わたくしが、めそめそして、バンシーみたいだって思っていらっしゃるのだわ~~~」


 ざーっと豪雨に打たれながら、わたしは感心してしまった。


 このあふれんばかりの水の魔力。


 確実にディオール様の血縁だなぁ……


 ついでにわたしは思い出していた。


 ロスピタリエ公爵がときどき、小さな女の子が好みそうなプレゼントをリヴィエール魔道具店に発注していたということを。


 確か、よく注文受けてたのは――あれだ。


「そうでした!」


 わたしは注目を向けさせようと、手をぱちんと打ち合わせた。


「ディオール様から、ディディエールさんにプレゼントするものがあったはずですよ!」


 女の子が目をぱちくりさせて、泣き止む。


「少し待っててください! 取ってきますんで!」


 わたしはそう言って玄関ドアの内側に駆け込み、死角に回った。


【魔糸紡ぎ】をオン。


 作るのは、アリアドネの糸の別バージョン。


 あれから何種類か、部分的に抽出して再現し、やわらかい状態がずっと保てる糸も作ったのだ。


 過去に作ったレースのパターンを呼び出して、【複製】。


 総レースの、大判のショールが出来上がる。


 そして過去に依頼を受けたときと同様に、魔術阻害の魔術式をめいっぱい書き込む。


 これを羽織ることで、不意の魔法の暴走が抑えられるというわけだ。


 従来品でも性能は十分だと思っていた。


 でも、実態を見たらちょっと自信がなくなった。


 あんなに強い特異体質とは思ってなかったんだよね。


 もう少し書き込む量が増やせないかな?


 もっと圧縮を――


 そう念じて改めて魔術式の全体を見渡した時、急に変化が起きた。


 ぎっしりと書かれている魔術式が小さく折りたたまれ、積層構造の『重ね文字』として納まる。


 ありゃ?


 わたしの重ね文字は最大でも五~六層くらいが限界なんだけど、もう一層書けるようになった……?


 予想外の変化に戸惑いつつも、外をちらりと気にする。


 あんまり待たせすぎてもよくない。


 わたしは深く考えずに、空いたスペースをもう一度埋めた。すると、またぐにゃりと魔術式が勝手に折りたたまれる。


 書けば書くほど何回も折りたたまれるので、キリがない。


 わたしは焦って、途中で書き込みを辞めた。


 とりあえず、これでよし!


 きれいに折りたたみ、リボンをつけて、さも奥から慌てて取ってきたふりで、手渡した。


「どうぞ!」


 ショールを受け取ったディディエールさんは――


 うれし泣きなのか、また泣きそうになった。


「羽織ってみませんか! ね!」


 ディディエールさんは泣き笑いの顔でこくこくうなずき、リボンを解いて、肩に乗せた。


「すってきー! 素敵です! ね、クルミさん!」

「まあ本当に……ディオール様はさすがにディディエール様のお好きなものをご存じでいらっしゃいますわね。かわいらしい柄がたくさん入っておりますわ」

「ふふっ、本当――」


 すると、みるみるうちにあたりが晴れた。


「……このショール、なんだかぽかぽかする……」


 魔術阻害の式がうまく作動したみたい。


 しめっぽかったあたりの空気も、すっかり元通りに。


 ディディエールさんはじっとショールを見つめると――


 満開の可愛らしい笑顔を咲かせた。


「このショール、高級品ですわぁ……! 付与された魔法効果も強力ですわね!」

「あー……そうなんでしょうか?」

「きっとそうよ! わたくしも魔道具を作るから分かるんですの! ふふっ……お兄様ったら、わたくしをお忘れではなかったんですのね……!」


 ディディエールさんのご機嫌がすっかり回復した。


 わたしはほっと胸をなでおろしつつ――


 くしゅん、と、冷えた反動で大きなくしゃみをしたのだった。


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