113 王子と王女、ライブ感で学園を薦める
王様は各騎士団の腕章をつけた人たちを集めて何かを話している最中だった。リオネルさんも中にいる。
「王都の民もテウメッサの狐がなかなか狩られないことで不安を感じておりましたからな。王家も魔獣狩りに手を貸してくれるならこれほど心強いこともありません」
お話しているのは、リーダー! って感じのがっしりした騎士さん。
装備品にサントラール騎士団のシンボル、双剣の紋章が入っていた。
全員の足元を見てやっと分かった。
擦り傷の入った(金は柔らかいのですぐ傷だらけになる)金の拍車がついている。
これは、騎士団の団長の証だ。
とすると、今ここにいるのは団長さんたちということになる。
サントラール騎士団の団長は、ウラカ様のお父様だ。そういえば面影がある。
他にも、リオネルさんと、あと三人がそろっていた。
おお、強そうな人たちが並んでてちょっと怖いなぁ。
ところがマルグリット様はまったく頓着せずに、輪の中に入っていって、会話に割り込んだ。
「陛下、わたくしとってもいいご提案がございますの、ぜひお聞きになってくださいまし!」
えっえっ、先にご挨拶とか……あれ? 二回目以降はいらないんだっけ? じゃあ、わたしだけ必要?
パニックになりながら、わたしは慌てて陛下の前にひざまずいた。
隣にスッとディオール様が来て、同じように敬礼しながら、わたしに小声で聞いてくる。
「おい、どういうことだ」
「わ、わたしにも、何がなんだか……?」
王様はマルグリット様に「これこれ」と叱る姿勢を見せながら、マルグリット様の桃色の髪を手で撫でた。
マルグリット様ははしゃいだ子どものように、王様の手にまとわりついて、早口でまくしたてる。
「わたくしの敬愛するマエストロ・リゼ様が、宮廷のしきたりについて見聞をお広めになりたいと仰せですの! 僭越ながらわたくしがお教えしてさしあげようかと存じますが……マエストロはすでに魔道具づくりの技を修めたすばらしい職人さまでいらっしゃるでしょう? そのような方に教えを垂れるなんて、とてもとても……」
マルグリット様は謙虚に見えるしぐさで、両手を胸の前で組み合わせた。
「せっかくですから、交換に、マエストロのすばらしい知識を啓蒙していただきとう存じます! 陛下のお力で、マエストロを、魔法学園の講師として招聘してくださいませんこと?」
マルグリット様の使う単語が、わたしが特訓して覚えてきた範囲を超えているせいで、言っていることの半分も分からない。
な、何? 何の話をしているの?
「……リゼ、君、学校の先生をやれる自信はあるか?」
ディオール様がだしぬけに変なことを聞いてきた。
「せ、せんせいですか!? わたしのような下から数えた方が早い人間が!? せんせい!?」
「だろうと思った」
「ど、どういうことなんですか!?」
つい声を大きくしてしまったわたしに注目が集まる。
「あー、魔道具師リゼよ。ちこう寄れ」
王様に呼ばれて、わたしは騎士団のそうそうたるメンバーの前で、王様の玉座の真横に立たされるという、何の罰ゲームか分からないことをさせられる羽目になった。
「そなた、よくよくわが娘らに気に入られているようじゃのう」
横でマルグリット様がうふふっと可愛らしくはにかんだ。
「リゼ様に教鞭をお取りになっていただく代わりに、礼法の座学が充実した魔法学園のカリキュラムをぜひご体験いただけるようにしとう存じますわ!」
言葉が難しすぎるんだけど、さっきのディオール様の話から推測するに――
もしかして、わたしが魔法学園に入学するって話になってる……?
ディオール様がすごく何か言いたそうにしているけれど、王様が許可してくれないので、一定以上近づけないみたいだ。
あれ、もしかして、今、誰も助けてくれない?
ピンチかな……?
「いい案だね、マルゴ」
「お兄様ならきっとそうおっしゃってくださると思っておりましたわ!」
アルベルト王子まで無責任に賛同し始めた。
「私も魔道具師リゼの招聘には賛成です。彼女の技術をいかにして継承していくかは今後の課題となることでしょうから」
「そうよね、そうよね、お兄様!」
まっずぅい。
こちらのご兄妹、高貴な身分の割にライブ感で生きてるとこある。
ふたり揃ってると『いえーい!』みたいなノリで決定しかねない。
「あ……あの……よろしいでしょうか」
「うん? ああ、まだそなたの意見をきいとらんかったな」
「わ、わたし、仕事がほら……月末までにお約束している分などもありますし、忙しくて、先生なんてしてる暇は、とてもとても……そ、それに、わたしは庶民育ちですので、学もありませんし……あ、そ、そう! 古代魔術文字! わたしには分かりませんので、皆さんに教えるのは難しいかと!」
ふむ、と王様が唸る。
「魔術師が使っている神聖ルーン文字が、わたしには分からないんです。わたしはずっと、祖母の言われたとおりに魔道具を作っていただけですので……ですから、講師というのは無理だと思います!」
「その暗号を教えてくれるところから始めても構わないけれど」
「いえ、これは教えられるようなものでもないんです……例えていうのなら、金箔をすごく薄くする技術のような……うまく言えないんですが……」
「そっか……残念だよ」
よし! ちゃんと断れた!
ほっとしていたら、マルグリット様がにこりとした。
「ではせめて、生徒さんとして授業にいらしてくださらない? それでマエストロがお慈悲にでも、ほんのちょっぴりわたくしのサロンに顔をお出しいただけましたら、マルグリットは感激して泣いてしまいます」
「いいいいええええそれもちょっとぉぉぉぉ……!」
どうやって断ろう?
マルグリット様に情で迫られたら、断りづらい。
「いやーいいんじゃないっすかー?」
とまるで友達のようなノリで割り込んできたのは、リオネルさんだった。
「リゼさん、言葉遣い直したいなら学園に通うのが一番早いよ?」
「で、でもぉ……!」
「ディオールも飛び級でちゃんと学校通えてないって言ってたし、ふたりまとめて礼儀作法教えてもらってきたら?」
「ディオールか」
食いついたのは王様だった。
「彼はきちんとしていますし、必要ないでしょう」
とはアルベルト王子。
「あやつの魔術も学生に教えさせたいものではあるのう……」
「リゼさんを学園に入れてしまえば、『心配だから』といってついてくるんじゃないでしょうか」
リオネルさんの提言に、王様が「なるほど」と唸る。
「妙案じゃのう」
やめてほしくてリオネルさんに一生懸命首を振ってみたけれど、リオネルさんはすごくいい顔でウインクしてくれただけだった。
あれ、絶対善意でやってるよね!
一緒に通ったら楽しいって前言ってたし!