110 リゼ、新しい仲間が増える
ハーヴェイさんが護衛に来てくれることになりました!
わーぱちぱちぱち!
ひとまずロスピタリエ公爵邸の使用人棟の余っているお部屋に住み込みで入ってもらって、わたしが朝晩お店に通勤するときに護衛してもらいつつ、店番をしてもらうことに。
移動中でなければ、わたしのお店は割と安全なんだよねぇ。結界システムも復帰させたし。
冒険者ギルドのお仕事も自由に受けてもらって、そのときは王宮から出張の衛兵さんと代わってもらうことにした。
依頼をこなして経験を積んでかないと、ヘカトンケイルの討伐のチャンスが回ってこなくなっちゃうもんね。
――テウメッサの狐のせいで荒れたお店を片づけているときに、祖母の書き残したノートも探し出して、読み返してみたんだよ。
そしたらやっぱりわたしの記憶違いなんかじゃなかった。
ちゃんと『腕を生やす』魔道具についても書いてあったのだ。
作り方は人工皮膚と似ている。
素材を、使用者の魔力紋と波長を合わせながら再構築。
おそらくわたしにも作れる、と思う。
ただしこれは素材が問題だった。
『ヘカトンケイル』
腕が百本生えている魔獣。
その骨が必要だというのだ。
わたしは見たことも聞いたこともない素材だった。
どこかで調べなきゃいけないなぁって思ってた矢先に、ハーヴェイさんが自分で取ってくると言ってくれたので、お願いすることにした。
そして問題があとひとつ。
わたしは行き帰りの馬車をこれまで公爵さまに借りるか、徒歩のときは夕方早く切り上げるかしていたんだけど、そろそろ借りっぱなしもよくないなぁって思うようになった。
そこでわたしは、倉庫でちょっと一仕事。
できたものを、アニエスさんに見せることに。
「――というわけで馬車を用意しました!」
「待ってちょうだい」
アニエスさんが動揺している。
ハーヴェイさんは三歩くらい下がって、『自分、護衛なので』という顔をしていて、会話には交ざらないつもりのようだった。
「ど……どうして? 私が三日前に来た時は影も形もなかったわよね?」
「はい! 倉庫に壊れかけの荷馬車をずっと置いてたので、修理しました!」
大型の幌馬車で、後ろにいっぱい荷物が詰める。
「ダメなパーツを入れ替えて幌を張り直しただけだから、そんなに大変じゃなかったです」
「嘘よ……馬車がそんなに簡単に直せるわけがないわ。どれだけパーツがあると思っているの……?」
「わたしもやり始めてから、あ、買った方がよかったかも、ってちょっと思ったんですけど、意外と雰囲気でいけました!」
アニエスさんは笑ってくれた。
「すごいわ。すごすぎて言葉も出ないくらいよ」
「でも、問題がありまして。馬車って、馬と馭者がいないと動かないじゃないですか? でも、お馬さんはお世話が大変だってことに気づいてしまいまして。飼うのやめとこっかなって」
「馬車から馬を抜いたらただの箱じゃないの」
「三日間無駄に過ごしちゃいました」
アニエスさんはふと考え込んだ。
「……あなた、それだけできるのなら、いっそ馬車も魔道具で動かせるようにならないのかしら?」
「魔石から動力源を取って、ってことですよね。もちろんできるんですが……」
「できるの!?」
アニエスさんに頷き返しつつ、説明。
「そうすると毎日魔石の生成に一時間くらいかかる計算になりまして……で、お屋敷からお店まで、脚力増強のブーツを履いて、徒歩で飛んだらだいたい十分くらいなんですよね……」
「なるほど……割に合わないのね」
「安めの魔石をよそから買ってもいいんですけど、重いしかさばるし仕入れが大変だしで、それにも専用の馬車が必要なんですよね」
「馬車を動かすための馬車がないのね」
「なのでこれは、動かない箱です!」
「残念ね……」
そこでわたしは、新品のブーツをさっと取り出した。
「ところでアニエスさん、このブーツ、使ってみません?」
アニエスさんがちょっと後ずさる。
「私、運動ってあまり得意じゃなくて……」
「絶対便利だと思うんです! 魔獣が来ても逃げられますよ! ハーヴェイさんにも使ってもらうことにしたので、今日は皆で歩行訓練しましょう!」
ね!! と、強めに押したら、アニエスさんは不承不承うなずいてくれた。
軽装に着替えてもらって、王都の外にあるフィールドへ。
短めの草が生い茂っている草原だ。
あちらこちらに、草原で採取をしている冒険者や、休憩がてら馬に草を食ませている人の姿が見える。
「テウメッサの狐が消えたって、本当だったのね」
アニエスさんが言ったことで、わたしとハーヴェイさんは思わず目配せしてしまった。
狐がいなくなったことは、秘密になっている。
でも、噂が出回るのは早くて、狐がぱったりと姿を見せなくなってから、王都は活気を取り戻しつつあった。
「お葬式の鐘も、毎日聞こえていたのに、最近は全然ね」
「はい!」
なんだか色々あったけど、魔獣は討伐できてよかったと思う。
「でもアニエスさん、油断は禁物ですよ! 第二第三の魔獣が攻めてきたときのために、アニエスさんもしっかりブーツの使い方マスターしましょう!」
「待って、これ、難しくて――」
「足の裏です、足の裏にまんべんなく重心を置く感じです!」
「わ……分からないわ……!」
アニエスさんはいっせーので飛んで、ずべっと地面に落ちた。
「大丈夫ですか?」
「あ……ありがとう」
ハーヴェイさんはすでに使いこなしていて、アニエスさんの真横にちょうど着地すると、助け起こしてあげた。
アニエスさんはちょっとだけ眉を下げた。
「……私、スケートとかも苦手なのよね」
「諦めちゃダメです! 筋肉は裏切りませんから!」
「筋肉……?」
「かしこかわいいわんちゃんの教えです! 人間は裏切りますし、馬もときには裏切りますけど、鍛えた体は裏切らないのです!」
アニエスさんは盛大に苦笑したあと。
「分かったわ。私、自分の筋肉を信じてみる」
「その意気です!」
こうしてアニエスさんは、日が暮れるまでに、なんとか数メートルくらいは飛べるようになったのだった。
「すごいすごい! です!」
汗だくのアニエスさんがあははっと笑う。
「案外楽しいのね」
「はい!」
あたりは夕暮れになって、ぼちぼち引き上げる人も出てきた。
のんびりとした足取りで、魔獣の心配なんて何にもないみたいに、ゆっくり家路につく人たち。
夕焼けにそまった街の人たちと、背景に広がる堅牢な王都の市街壁はとてもきれいで。
――わたしはこの街を守れたんだって、ちょっとだけ得意になったのだった。
三章・終
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◆四章予告◆
ギネヴィアの櫛編
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