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11 仮の婚約


「親の名のもとであれば、君はブラック商店で使い潰されても彼らに歯向かうことは許されない。ならば、どうすれば彼らの手を逃れられるか考えてみろ」


 紅茶を優雅に飲み干して、公爵さまは席を立った。


「明日までに思いつかなければ私と婚約だ」

「な……なるほど……?」


 公爵さまがごく当然のことみたいに言うので、わたしはつい納得しそうになってしまった。


「私も決していい夫というガラではないだろうが、さすがに君を使い潰したりはしない」


 公爵さまは言いたいだけ言うと、勝手に帰ってしまった。


 とたんに、フェリルスさんがわたしにのしかかってくる。両の前足をわたしの肩にかけて、ガクガク揺さぶった。


「貴様あああああ! 勘違いするなよ!? ご主人に一番気に入られているペットは俺だ!」

「わ、分かってますぅぅぅぅ!」


 フェリルスさんはぎらついた大きな犬歯の隙間から、地獄のようなうなり声を発した。


「なぜだ! こんな小娘のどこがいいというのだ!? クマ一匹仕留められなさそうじゃないか!」


 激しい嫉妬をぶつけてくるフェリルスさんのプレッシャーに耐えられなくなって、わたしはおそるおそる聞く。


「フェリルスさんは……公爵さまのことが好きなんですか?」

「おうともっ! ご主人はすごいぞ! 強いぞ!」


 自慢しているフェリルスさんがかわいかったので、わたしはフェリルスさんに手を伸ばした。頭を撫でたかったのに、フェリルスさんは一瞬で飛びのいた。


「小娘! 俺の頭を撫でようとは百年早いわ!」


 残念。


 もふっとした、厚手のコートのような毛皮、一度でいいから触ってみたいな。


 わたしはフェリルスさんの『いかに俺がご主人から愛されてるか』なお話をたっぷり聞かされながら、残りのいちごクリームを食べたのだった。


***


 次の日、公爵さまは朝早くからわたしの部屋に来た。


「親から逃げる方法は思いついたか?」

「いえ……」

「では婚約だな。応接間で書類にサインして、宣誓を」


 公爵さまに急かされても、わたしはすぐに動けなかった。

 昨日からずっと考えていた。


「あっ……あの! ひとつだけ聞かせていただけますか?」


 公爵さまが首だけでわたしの方を振り返る。


「わたしが親から避難するにはそれしか方法がないというのは分かりました。でも――」


 ずっとモヤモヤしていたことの正体。


「公爵さまのメリットは? なぜ公爵さまはわたしにしかメリットがないことを無償でしてくださるのですか? わたしは職人の娘なので、一応取引のことは教えられて育ちました。『無償の取引はしてはいけない』と――」

「魔力ヤケで苦しんでいる人間を助けるのに理由がいるのか?」


 公爵さまはサラリと言った。


 わたしは首を振る。


 公爵さまにはとってもお世話になったけど、それでも――


「公爵さまが、わたしの両親よりもっとひどい悪人ではないという保証はどこにもありません」


 公爵さまは、はぁ、とため息をついて、わたしの方に向き直った。


「君の疑いは正しい。それなりに物事を考えられるようじゃないか。そこは評価する」


 公爵さまは不機嫌な教師みたいに乱雑な評価を下すと、まるで表情を変えずに続ける。


「お望み通り教えてやろう。私は頭に来ているんだよ。幼い娘にこれほどの重労働を強いた両親も腹立たしいが、君にも腹を立てている」


 わ……わたしにも?


 何をやらかしてしまっただろう。心当たりが多すぎて分からない。だってしょうがないじゃない、わたしは庶民なんだから、お貴族様の気に入るような行動なんてできっこない。


「優れた魔道具師を粗末に扱うやつは許せない。たとえ君自身であろうともだ。リゼ、君はもっと自分を大切にするべきだ」

「は、はぁ……」


 そんなに魔道具が好きなのかなぁと思っていると、公爵さまは氷のような冷たい表情でまた口を開いた。


「私は非常に頭に来ていて、冷静ではない。君が両親に搾取されていた哀れな娘だと一方では理解しているが、その娘に優しい言葉をかけてやれるほどの心の余裕はないのだよ。つまり――」


 公爵さまは若干の苛立ちをにじませて言う。


「つべこべ言わずに私の言うとおりにしろ」

「は、はい!」


 公爵さまが怖すぎて、わたしは間髪入れずにこくこくとうなずいた。


 公爵さまはほんの一瞬だけ満足したように、ふっと表情を緩めた。


「よろしい。では来なさい」


 わたしは言われるままにサインと宣誓をして、公爵さまの婚約者になった。


「これで婚約は成立だ」


 念を押した公爵さまは、これまでで一番、穏やかな顔をしていた。


 まるで、無事にわたしを保護できて、ほっとした――とでもいうように。


 ドキリとして、よく見ようと目をこらしたときには、公爵さまはまた元の怖そうな顔に戻っていた。


 後日、新聞の冠婚葬祭コーナーにもわたしたちの婚約が掲示され、ちょっとした騒ぎが社交界に起こったことは言うまでもない。


***


 婚約者になっても、しばらくわたしの生活は変わらなかった。


 出てくるごはんはおいしいし、ピエールくんは優しいし、フェリルスさんは……すばやい。


「リゼ様、今日は旦那様のご実家からリゼ様づきの私的なメイドがひとりやってきます」


 ピエールくんがニコニコしながら教えてくれた。


「これでリゼ様のお召し替えにもより力を入れることができるようになりますよ! これまではずっと簡素なワンピースばかりで申し訳ありませんでした」

「い、いえそんな! すっごく着心地もよくて可愛くて、ずっと着ていたいくらいでした!」


 そしてわたしは、前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「……そういえば、このワンピースはどなたの持ち物なんですか?」

「もちろんリゼ様のですよ」

「わたし、誰かがお洋服を貸してくれているのだとばかり……」


 ピエールくんは面白そうに笑った。


「この屋敷に若い女性はおりません。リゼ様に喜んでいただこうと、公爵閣下がご用意なさったものです。お気に召したのなら、どうぞご活用くださいませ」

「あ、ありがとうございます……」


 わたしはいま着ているドレスの値段を思って、目まいがした。


 普段から魔法機能つきのドレスやジュエリーを作っているので、見ればだいたいの値段が分かる。


 これは、高い。


 こんな高そうなものをぽんぽんくれるなんて、公爵さまはすごいんだなぁ。


***


 うわさのメイドさんは、その日の午後にやってきた。


 ノックされたので、何の気なしに出たら、知らない女の人がいた。


「失礼いたします。ご挨拶に参りました」


 とても若い女の人で、もしかしたら年はわたしより少し上くらい。でも、慣れた様子で深いお辞儀を披露してくれた。


「新しく配属されましたお嬢様づきの侍女見習いでございます。至らぬ点もあるとは思いますが、よろしくご指導くださいませ」

「リゼです」

「リゼ様、どうぞよろしくお願いします」


 わたしはいつまで経っても彼女が名乗らないので、不思議に思って聞いた。


「あの……お名前は?」

「お好きなようにお呼びください。わたくしども使用人に名前はありません」


 そうなのかぁ……と思い、ふと疑問に思った。


 あれ、ピエールくんって、自分でピエールって名乗ったよね。


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