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109 リゼ、護衛を雇う


 冒険者ギルド内、職業斡旋所で。


 ギルド員の女性が、新入りの隻腕の男性に、新たな依頼を紹介していた。


「住み込みの護衛の仕事――ですか?」


 ハーヴェイは困惑したように頭をかいたが、ギルド員の女性は気にした風もなく、淡々と勧めてくる。


「護衛対象はやんごとないお嬢様だそうで、腕っぷしの強い人間ではなく、貴族の使用人の経験がある人を優遇したいそうなんです」

「なるほど――しかし、自分はこの国を離れて、冒険の旅に出ようかと……」

「まだおススメできません。こちらのお仕事であれば、装備一式も貸与してくださるそうですし、かなりの報酬も約束してくださっています」


 見せられた報酬額は、確かに、下級ランクの依頼など霞むような額だ。


 一年も続ければ、ひと財産になるだろう。


「住み込みでとりあえず半年ほど働いて、それからゆっくり旅支度を始めてもよろしいのでは?」


 ギルド員の言うことはいちいちもっともだ。


「しかし、片腕の自分がお役に立てるかどうか……」

「当ギルドからも話を通しておきますので、一度お会いになってみてはいかがでしょうか」


 強い勧めもあり、ハーヴェイは断り切れずに、面会の約束をすることになった。


 ――妙なことになった。


 ハーヴェイとしては、貴族に関わるのはもうごめんだという思いがある。


 まして片腕がないのであれば、護衛としての価値も低いだろう。


 会ってもお断わりされるだけだ。


 考え事をしながら歩いていたため、正面に停まった馬車の存在に、すぐには気づけなかった。


「――いたぞ! ハーヴェイ様だ!」


 馬車から見知った男性が降りてくる。


 ギデオン家の執事と使用人たちだ。


「お探しいたしましたぞ」

「……自分はもう勘当された身でありますが」

「あなたに伯爵家の財産すべてを相続していただく用意がございます」


 ハーヴェイは面食らった。


「……マクシミリアンさまに少々御不幸がございまして」


 それでようやく、晩餐会で王子が魔香を使った人物を根こそぎ捕らえるつもりだと語っていたことを思い出した。


 ――逮捕されたのか。


 ギデオン家の醜聞とならないよう、表向きは『御不幸』として処理されたに違いない。


 ハーヴェイはすがすがしい気持ちで、首を振った。


「必要ありません」

「なんですと!?」

「自分は冒険者として生きると決めたのです」

「し、しかし……! 跡継ぎがいなければギデオン伯爵家はもう……!」

「長い間、お世話になりました」


 ハーヴェイはゆっくりと立ち去った。


 追いすがる彼らに背を見せ、堂々と。


***


 指定された日時に冒険者ギルドの面接室に行くと、見知った小さな少女がいた。


「ハーヴェイさんだー!?」


 立ち上がって叫ぶリゼに、やや大人びた黒髪の少女が戸惑った目を向ける。


「知り合いなの?」

「魔剣買ってくれた人です!」


 ね! と満面の笑みで同意を求められ、ハーヴェイは気圧されつつもうなずいた。


「じゃあ採用で!」

「待ってちょうだい。さすがに質問くらいさせてもらいたいわ。私は社長のアニエス、あなたは?」

「ギデオン伯爵家で十年ほど当主の侍従を務めておりました、ハーヴェイと申します」

「まあ、十年も。お若そうに見えるのに。お年は?」

「今年で二十二であります」

「ずいぶん幼いころからお務めでいらっしゃるのね」

「自分は前当主の私生児でありまして、義理の兄の雑用を引き受けておりました」

「なるほど。結構よ、話しぶりもしっかりしているし、紹介状がなくても信用するわ」


 アニエスは頬に手を当てる。


「でも困ったわね。女性がいいとお願いしてあったのだけれど……」

「ハーヴェイさんならだいじょぶですよ!」

「そうねえ。あなたがそう言うのなら……」


 アニエスはリゼに微笑みかけてから、またハーヴェイに視線を戻した。


 頭のてっぺんから胸元まで観察する彼女の目は、決して笑っていない。


「一応お尋ねしておくけれど、あなた、奥様は?」

「おりません。……生まれのせいか、家庭や、女性への憧れといったものがなく、独り身で気楽な冒険者を選択する予定でおりました」

「そう? でもうちの店主は可愛いでしょう? 振る舞いも可愛らしいのよね」


 アニエスの発言に既視感を感じて、ハーヴェイは少し笑ってしまった。


 ディオールも丸っきり同じことを言っていた。


「尊敬すべき腕前の方だと存じております。神の前に首を垂れるのと同じ気持ちで、作っていただいた魔剣の出来には頭が下がりました」

「そう」


 この少女はディオールと似たところがあるのか、今のでだいぶハーヴェイへの印象がよくなったようだった。


 微笑みも、先ほどまでに比べたらだいぶ柔らかい。


「あともう一つ。失礼ですけど、その左腕は?」

「これは……」


 ハーヴェイが何か言うより早く、リゼが身を乗り出した。


「あの、それ、もしかしたら、なんですけど……治してあげられるかもしれません」

「まあ、そうなの?」

「材料がけっこうレアなので、先のことになっちゃうかもしれませんが……」


 ハーヴェイは何と返事したらいいのか分からなかった。


「しかし、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」

「全然迷惑じゃないですよぉ……ほとんど作る機会ないので、試させてもらえたら、とっても助かるくらいです」


 腕のことは諦めていた。


 しかし、もちろん治せるものなら治したい。


「……材料がレア、というのは?」

「『ヘカトンケイル』っていう魔獣の腕が必要なんですよ。でも、全然手に入りそうになくて」


 冒険者になったときに、主な魔獣のランクは研修で教えられた。


 ヘカトンケイルはAランク――決してひとりで戦ってはならない魔獣として、注意喚起されたので、よく覚えている。


「では、それを自分が手に入れてくればいいということですね?」

「は、はい! 謹んで作らせていただきます!」


 幼げな顔をキリッとさせて、リゼがぴしっと背を伸ばした。


 ヘカトンケイルの腕で腕の治療ができるなど、聞いたこともないが、なぜかこの少女にならできるだろうという確信があった。


「分かりました。必ずやお持ちします」


 ハーヴェイには勝算があった。


 Aランク以上の魔獣は、基本的に六級以上の魔術師をふたり以上パーティに組み込み、彼らの魔術を起点にして倒すのだと教わったからだ。


 そして魔力量の多いハーヴェイならば、必ず六級以上に上がれるだろうともギルド員から太鼓判を押されていた。


 会話の終わりを見極めたらしく、アニエスは、手にしていた紙ばさみから、パチンと金具を開いて、書類を一枚手に取った。


 ハーヴェイの目の前に提示しながら言う。


「大変結構です。店主とも顔見知りのようですし、ぜひよろしくお願いしますわね。ハーヴェイさん」


 ハーヴェイは、雇用契約書にサインをしようと、テーブルの隅に置かれたペンを執った。


「よろしくお願いします!」


 リゼから元気よく挨拶され、ハーヴェイも笑みを返す。


「こちらこそ」


 腕をなくし、住む家も職もなくしてからの再出発。


 それでもハーヴェイはすがすがしい思いでサインを終えた。


 なぜだか、この先すべてがうまくいくような、そんな予感がしていた。

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